23時をまわってからをバーに誘えたのはラッキーだった。
怖い顔をしたリョウまでついてきたが、テリー・ボガードはそんな細かいことは気にしない。リョウの肩を組んで大いに歓迎した。
「リョウには俺と同じものを。いいだろ?」
「ああ」
逆側を向き
「あんたはなにが好きなんだ?」
「あまり詳しくないのですが、なにがいただけるのでしょうか」
リョウがメニューを手に取ったのと入れ違いに
「彼女には甘いカクテルを。アルコールは低めに頼む」
「かしこまりました」
出遅れた男は無言でメニューを手放した。
「それにしても、聞いたぜ。あんた本当にお姫様だったんだってな。いいのかい。お姫様がこんな時間に遊んで」
「はじめてです」
「そうか。あんたのはじめてに付き合えるとは光栄だ」
「彼女は今朝早起きをしたから、昼寝したんだ。俺もそう」
「なるほどな。ところで、その服すごくいいな。似合ってる」
「ありがとう。テリー様はいつもそのスタイルなのですね」
あしらわれた龍が面白いように不機嫌になっていく。
「ああ、似合ってるだろ?」
「とても」
「この格好でこんなホテルのバーに来たらたいてい追っ払われるんだが、KOFのときはこういう融通が利くからいい。お姫様への伝言も快く聞いてくれたぜ」
「ちょっとセキュリティに問題があるんじゃないか、このホテルは」
「そうかもな。たまにはパリッとしたシャツを着てみてもいいんだが、あちこちパツパツになって動きにくいんだ」
「リョウ様も同じことを仰っていましたね」
まさにいまパツパツのシャツを着ていたリョウは、不満げだった顔をあわてて取り繕い、おろおろしている。
ちょっかいをかける輩からお姫様をガードするためについてきたんだろうに、テリーがを笑わせ、リョウには酒をぐいぐい勧めると、みるみる冷静さをうしなってリョウは強い酒をアホみたいにあおり、一時間後には完全につぶれた。
一方のは一杯目のカクテルをまだちびちびやっている。
「たくさん飲んでなにかあるとまた迷惑をかけてしまうので」
夜遊びが初めてのお姫様のほうが、よほどガードがしっかりしている。
しっかりしているがゆえにテリーはそれを壊したくなったし、しっかりしているがゆえに、つぶれたリョウに気がついて心配しだした。
「リョウ様、リョウ様」
からになったグラスをつかんだまま、カウンターテーブルに突っ伏して返事がない。
「急性アルコール中毒かもしれません。お医者様を呼ばなくては、もし、そこの方」
「寝ているだけだ。ぐうぐう言ってるだろ」
「そうなのですか…、そうでしたら、よかった。けれどこんなところで眠っては風邪をひいてしまいますから、頼んで人に来てもらいましょう。ロバートなら」
が取り出した端末の画面を手で覆う。
「そういうことなら、ここに力持ちがいるぜ」



大会四日目の今日までに各チームの初戦は一巡したが、シード枠のチーム餓狼だけは明日のインターバル明後日にようやく初戦を迎える。
闘志と体力はありあまり、今日はとことんまで飲みたかったけれど、やはりリョウが付いてきたのがよくなかった。
「おい、リョウ!いい加減、起きて、歩けっ」
荷運びを申し出たはいいが、自分とほぼ同じ身の丈の、脱力した格闘家を運ぶのはテリーをしてもなかなかの重労働だった。
「ぐう」
幸い、リョウの部屋の番号をが覚えていた。
ポケットからカードキーを引っ張り出し、最後はベッドに雑に放り投げてテリーは肩をまわす。
室内は宿泊客がいなかったかのように整っていた。
「アンディみたいなやつだな」
振り返ると、部屋の入口に立ったまま、世にも珍しそうにツインの部屋をきょろきょろ見回している姿がある。はじめて男の部屋に入った処女みたいだ、あるいは、はじめてこんなこじんまりした部屋がホテルに存在すると知ったお姫様みたいだった。
「さ、お嬢さん、ちゃんとお届け物はしましたよ。行った行った」
「毛布をかけなくては」
「大丈夫ダイジョーブ、ファイターは風邪ひかない」
「でも」
「男の部屋に長居するもんじゃないぜ」
初々しい反応をたのしんで、リョウの部屋を出た。
「部屋まで送ろう」
ホテルは全室オートロック。閉じたきり、もう逃げ込むことはできない。



「ワオ…」
高い天井を見上げる。
「このワンフロアまるごとあんたの部屋?デカすぎないか。こんなおチビさんなのに」
「そう思います」
エレベーターホールにあった繊細な裸婦像の噴水に、テリーは顎をひねる。
「ジョーなら3秒で割るな」
こんなところに泊っていたら、リョウの部屋をきょろきょろ見回すわけだ。
杖をつく女の速度に合わせて、えんじ色の絨毯を歩いた。
「舞たちから聞いたぜ、昼間は車椅子だったって。本当に大丈夫なのか」
「ええ、もうだいぶいいです」
両開きの扉の前で立ち止まり、は深々と頭を下げた。
「先日は、転んでいたところを助けてくださってありがとうございました。アンディ様とジョー様にもどうかよろしくお伝えください」
顔があがる前に扉に手をつく。
「リョウにもそう言っているのか」
静かに、うつくしい顔があがった。視線がまっすぐにまじわり、
「わたくしは誇り高き王家の末席に身を置く者。あれ程度のことで穢される精神は持っていない」
微笑んだ。

「「転んでいた」ところを、助けてくださってありがとう」






ジョーなら3秒で割ってしまいそうな噴水の前で待っていると、開いたエレベーターの中からロバートが躍りかかってきた。
「テリー!おのれっ」
「おいおい、どうしたんだ。お姫様の夜這いだったら申し訳ないがぶん殴って止めるぜ」
「どの口が!」
とロバートは拳を振り上げたまま左右を見る。
の姿がない。
うたぐる顔のまま、テリーのシャツを放した。
ここではガルシア家がの世話をしている以上、これ以上の失態は国際問題に発展しかねない。不審者がこのフロアに侵入したらホテル側からロバートに通報が来るようにしてあったのだった。
「てっきり、送り狼をしでかしたと」
「ははっ」
「“ははっ”やない。まぎらわしいことすな」
「彼女、セクシーだな」

王威を以て伝説の狼を退けた女は、無礼者には凛然と臨み、ボーイフレンドの部屋では入口から先に入れない。
アンバランスで端正な魂は、においたつように艶めかしくテリーの眼に映った。



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