KOFは大会五日目をまえに一日間のインターバルにはいった

このインターバルは勝ち進んだファイターにとっては調整にあてる貴重な一日だが、運営側にとっても貴重な一日だった。ファイターたちがド派手に壊した会場を大急ぎで修復し、明日からの試合に備えるのだ。
そしてまた、もうひとりインターバルの恩恵を受ける男がいた。
マキシマである。
龍虎、日本、餓狼。と関りそうな3チームとも試合前の鍛錬や調整にいそしんでいる今日は、は部屋に閉じこもることになる。観客に撮られることも、テレビカメラに映ることも、人混みで男装美女にキスされてカメラ小僧の餌食にされることもない。

「ふぁ」

空調が機能する快適なアジトで、K'は大きなあくびをした。
モニタ室に並ぶ画面にはホテルの複数の部屋の様子が映しだされていた。の滞在するスイートルームだけではない。リョウやロバートの部屋に、テリーたちが泊っている別のホテルの部屋の監視カメラ映像まである。
「なにか動きがあったら知らせてくれ」
と頼んで、マキシマがここを出ていってから数時間経つ。
一応、まじめに観察していた時間もなくはなかった。
トレーニングのためか男たちの部屋は早々にカラになり、動きがあるのはのスイートルームをとらえるカメラ群だけになった。
マキシマには否定したが、K'はこの女になにか引っかかるものを感じていた。
引っかかるということは、記憶を消される前にもしかしたら見たことがあるのかもしれないということだ。会ったことさえあるのかもしれない。
女の顔を凝視してか細い糸をたぐった。
糸の先になにも見つけられないまま、はさきほどから両手の指を上下にひっかけて、左右に引っ張っている。表情は苦しげだ。
「なにやってんだ」
眉を寄せて睨んでいると、今度は椅子に座り、巻くタイプのダンベルを足首に装着し、これもまた苦しみながら上げ下げをしはじめた。
「筋トレ…?」
スカートをはいているし、自分たちがやるものとは強度が違いすぎてしばらくわからなかった。
記憶探しよりも、珍しい生き物を観察する心地が上回って監視を続けていると、カメラの向こうのはピッと姿勢をただし、足は前後にひらき、拳をにぎって構え、片脚を徐々に持ち上げていった。
我知らず、K'の首も傾いていく。
スカートの奥が絶妙に見えないのは、偉大なる王家の加護のためであろう。



午後にさしかかり、が居間のノートパソコンの前で雑誌を読み始めると、K'の退屈は極まった。
ソファにだらしなく寝そべり、顔の上に本を置いてうたた寝してどれくらい経った頃だろうか。
ポーンと電子音がした。
本をずらして目だけモニタに向けてみるが、特にこれといった異常はない。本を戻した。
しばらくすると、また
ポーン
「あん?」
さすがに不審におもって、画面に寄る。
机の上でピコピコ点滅しているコンピュータ類を腕組みして見渡すが、機械方面はマキシマに任せきりで、K'にはどの装置がなんの機能を果たしているのかさっぱりわからない。
開いていたラップトップPCのひとつに目をとめた。
「“こんにちは”?」
立ち上がった黒背景ウィンドウに、蛍光グリーンの文字で[yrhp> Hello.]と表示されていた。
2回。
「なんだこれ」
K'は訝しげにその文字とにらみ合い、そろりとキーボードに人差し指を伸ばした。
[ hi ] とゆっくり入力してEnterしてみる。
すると
「“はじめまして”だァ?」
応答がかえってきて仰天した。
マキシマかと思ったがマキシマならこんなことをやる意味がわからない。モニタ室を見回して、一つの映像に目をとめた。
の顔が大写しになっている。
別の角度の監視映像から大写しがどのカメラの映像なのか確認すると、の目の前にあるラップトップPCに内蔵されたカメラのようだった。
がキーボードを打った直後、蛍光グリーンの文字が増えた。
“聞こえますか“
ただちにマキシマを呼ぶべきところだ。しかしこのときK'は、文字と映像を忙しく見比べてめずらしく取り乱し、おぼつかない指運びでキーボードをつついてしまった。
“なんで”
“映像を加工してくれたのはきっとあなた”
“なんで はなせる”
“苦労をかけます”
“きいてんのか”
“でも”
“おい!”
“裸は見ないでくださいね”

「み、見てねえよっ!」

キーボードをたたき割って映像に怒鳴ると、けたたましいビープ音がした。
背後で扉が開き、マキシマが跳び込んで来た。
「なにしてんだ、いったい」
いくつかの映像が途絶えたモニタの前で、K'は口をひらき、むすび、ちょっととがらせてそっぽを向いた。
「なんもしてねえけど壊れた」
「おまえねえ」
あきれた様子で奥からいくつかのケーブルを引っ張り出し、マキシマは自分の手首のジャックに差し込んだ。よっこらせと床に座り込む。
「…あー、こりゃいかんかもなあ」
「俺は壊してねえ」
「知ってるよ。壊したのはあのお嬢さんだ」
「あ?」
「油断した。ったく、いまどきの大学の通信工学ってのはなに教えてんだか」
K'には詳しくはわからないが、監視していることを監視対象に気づかれてブロックされたということらしい。
数分のあいだ電子の世界で格闘したすえ、マキシマはケーブルをとりはずしてひと言、
「だめだ」
映像の一部は戻らない。
「どうすんだよ、前金だけでトンズラすんのか」
「いや、問題ない。会場のカメラの映像をいじくるための経路は生きてる。お嬢さんの部屋の監視はおまけみたいなもんだ。自動改ざんのプログラムを走らせるために、いろんなパターンのお嬢さんの画像をデータとして食わせておきたかっただけでな。もうだいぶ集まった」
「…」
「さすがに裸は撮ってないぞ?」
「ってめ!聞いてっ」



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