「スパルトス。ちょっと」

謝肉宴より数日後のこと。
白羊塔の柱のひとつに、朝議を終えたスパルトスへ向け不気味に手招きをする文官の姿があった。
「折り入って話があります」と尋常でない雰囲気のジャーファルにもちかけられ、誰も使っていない小会議場へと連れこまれた。
スパルトスはごくりと生唾を飲み込み、どのような極秘事項が語られるのか、肩を強張らせて待った。

「・・・ふ」
「ふ?」

不正取引、不信任決議、腐敗政治、負債総額
婦女暴行、不倫疑惑、不平等条約、不眠不休

一瞬のうちに「ふ」で始まる不幸な言葉がスパルトスの脳裏を駆け巡った。

「服をコーディネートしていただけませんか」
「なんということだ・・・!」

服をコーディネートだなんて、そんなまさか・・・!

「・・・え?」

服をコーディネート?

ジャーファルの雰囲気から邪推して不幸なリアクションしか用意していなかった。
そのため思わず嘆いてしまったが、正直意味が理解できなかった。

「服を・・・?」
「ええ」
「どういう意味でしょうか」

ジャーファルはお葬式のような顔で、かくかくしかじかでと明日デートをすることになったとスパルトスに事情を話した。
そのうえで、デートに着ていけるような服がない、いまから選ぼうにも慣れない服選びに失敗してに恥をかかせてしまったらと思うとどうのこうの。しかしかといってシャルやピスティに言ったら絶対後をつけられるからうんたらかんたら。

「なるほど」
「協力してもらえないでしょうか」
「私はピスティやシャルルカンほどセンスがよいというわけではありませんが」
「普通でいいのです」
「そうですか。でしたら」

突然、ジャーファルが「!」という顔をした。
顎に手をあて、ぶつぶつと思考をそのまま口にする。

「いや待てよ・・・様の横に並ぶのに”普通”では失礼にあたるかもしれない、あのひと私服結構おしゃれだし。ああ、そうか、そう、では、あの、できる限り”おしゃれ”に!」
「・・・努力します」

八人将のうちでも平時冷静なことで定評のある彼らが、片や興奮、片や動揺のために気づかなかった。
締め切ったはずの小会議場の扉がほんのわずか開いていたことに。












***



そして迎えたデート当日。
一睡もできないまま始まり、服装のせいかジャーファルの顔が地味なせいか誰にも気付かれることなくデートは進行し

・・・終了した。







汗と海風でベタついた体を洗うと、自室のベッドにダイブした。
それきり体が動かなくなった。
ベッドからはみ出した足から、つっかけただけの室内履きが落っこちた。



・・・たのしかった。



一日中、様と一緒にいた。
中央市の王宮側のはじで待ち合わせをして、食事をした。
中央市を見てまわって様に似合う靴を買った。その靴でデートを続けた。靴は様によく似合っていた。
足首のうしろがとくに綺麗だった。
自分は頭巾と官服を身に着けていないと中央市を闊歩しても誰にも正体を気づかれない、ということはじめて知った。
ややショックであり、好都合でもあった。
国営商館で流行の演劇を見た。悲愛劇だったらしい。様はうるっときていた。
泣いてしまいそうでハラハラしていたばかりで、演劇の内容はあまり覚えていない。
くるみの入ったパンを食べながら歩いた。「ジャーファルはこれが好きでしたね」と言われた。
覚えていたことがこそばゆく、嬉しかった。
夕暮れの浜辺で散歩をしていたら強い海風が吹いて様のスカートがめくれあがってしまって私が必死に押さえた。

ふたり並んで歩いていた。
恋人みたいに。

足はまだふわふわ歩いているような気がする。
頭がバカみたいに熱くてかるい。
でもどうして、みるみるうちにベッドに体が沈んでいく。
鉛のように重い。
・・・たのしかった。



なのに



どうして
いま
すごく
かなしい

たのしかったのと同じ質量分、それ以上に。



ああ



私は恋で、

あなたは親愛だった



ああ



ああ・・・






「あぁ・・・っ!」

届かないと思い知る。






ほどけないでと祈った指先
シンが本気で手をとるとき、私の指はほどけているだろう。
様の手のひらはひとつしかないのだから。






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