銅鑼の音が轟きわたる。
中央市の入り口、屋根よりはるか高く、巨大な旗が立ち上がった。

「来たぞ!」
「シンドバッド王万歳!シンドリア王国万歳!」
「七つ目の迷宮を攻略なされた!」
「王様!シンドバッド王さま!」

七度目、迷宮を攻略を果たしたシンドバッド王の凱旋パレードが、威風堂々はじまった。
中央市を縁取る諸人が盛大に歌い、楽隊が鼓を打ち鳴らす。
あるいは笛、弦、大鐘、それに負けじと拍手喝采が沸き起こった。

パレードの先頭はシンドリア国旗をかかげるマスルールだ。
大人五人がかりでも持てないであろう大旗をたった一人でしっかと支え、シンドリアの土を踏みしめ進む。珍しく装身具を全身に纏い、旗手にふさわしい勇壮な装いだ。
あとには楽隊、次いで港で王を迎えたドラコーン将軍率いる国軍は一糸乱れぬ見事な行進を披露した。
国軍最後尾の武官の後頭部に水をふりまくのは魔法部隊。沿道の人々へ水魔法を華やかに振り撒いては喜ばせた。最後尾の武官の苛立ちには気づかないふりをしているが、なにかと衝突することの多い武官、魔法部隊である。彼らがケンカしないよう見張ってか、その後ろにはツンとすました文官たちが配置されていた。
文官のあとに近衛軍、ついにシンドバッド王が見えた瞬間、中央市の盛り上がりは最高潮に達した。
シンドバッドは国民に手を振り、目が合った人のひとりひとりになにか言葉を返したりしている。

「やあただいま!」
「ありがとう!」
「ああ、迷宮を攻略したぞ!」
「元気だったかい?」
「髪きった?」
「ただいま!」
「ただいま!」

音楽と喝采でシンドバッドの声はひとつも届かなかったけれど、そんなことは微塵も気にする様子はない。
シンドバッドの前後左右は近衛軍が守護し、シャルルカン、スパルトス、ヒナホホら将とその直属部隊がしんがりとしてパレードを締めくくる。



パレードは中央市を港の側から王宮の側へ進んでくる。
は朝から集会場の講堂で授業をしていたが、王帰還の報がシンドリアを駆けてからは授業どころの騒ぎではなくなってしまった。

「階段から降りてはいけない、人にぶつかりますよ。みんな一歩下がって、一歩、下がる!」

集会場は中央市の王宮側に位置している。
パレードが近づいてくるにつれて、行進に併走してきた大人たちで集会場の前は怪我人が出そうな混雑ぶりになっていた。ははしゃぐ子供たちを集会場の階段に押しとどめのるに必死だ。

「あ、先生見て見て!マスルールさまだ!」

が顔をあげると、ちょうどマスルールの姿が見えた。立派に旗手を果たしている。彼の頭上に家々の窓から花がまかれた。
花弁で細切れになる視界のなかでの目は我知らず馴染みの、いまは畏れの、その姿を探していた。
スカートを引っ張られ足元に視線をうつす。

「見えないぃい!先生、だっこ、だっこ」
「バカ、先生だっこできないんだからガマンしろよ。俺がおぶってやるから」
「おにいちゃんじゃ見ぃいえぇえなぁあいぃぃぃい!」

微笑ましい姿に笑みがこぼれる。だっこできない、と言ったのに邪気はなく、むしろ子供なのに気をつかってくれたのだから心優しい生徒を喜ばしく思う。

「シンドバッド王だ!」
「王様が見えたぞ!」

すべての人が一斉に祝福の声をあげ、両手をのばした。
カゴをひっくりかえしたような量の花弁が青空へまかれた。
さんさんと照りつける南国の陽光をうけて、シンドバッドの白い装いはそれ自体が光を放っているように映った。
光り輝く金銀財宝にかこまれて、大きな笑顔で、堂々と、人々の中心を進んでいく。
人垣のずっと向こうだ。こちらへ気付くはずもない。
シンドバッドが誰かに言葉を返している。
何も聞こえない
まぶしい
とおい






―――――“シンドバッドの身を案じて”密航した?






だいそれたことをした。
きゅうにゾッと冷たくなった。
はずかしい。
みじめになるのさえおこがましい。
あげかけた右手は静かに降りてゆく。
立ち尽くしすがるような心地で、通り過ぎるシンドバッド王の姿を目で追う。
金属器が弾き返した閃光が目に入った。
痛みで目をつむると耳の奥で無数の蟲の声がした。
(見せしめだ)
振り上げられた金属がにぶく光っ

「先生」

はっと白昼夢から覚める。

「だいじょうぶ?」
「ねえ先生、もう王様行っちゃった?」
「・・・そうね。行っちゃったね」

笑うと、つ・・・と汗が落ちた。



石碑の裏で肩を寄せ合ったのはとおいむかし。
“助手にして”
おそれおおいこと






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