バルバッドへ貿易交渉に出向いたシンドバッド王が、内乱に巻き込まれているとの急報が飛び込んだ。
細かな足音は王宮にいる誰の心をもざわつかせる。
そこにあって黒秤塔のは学ぶ形をした石像のように卓にとどまっていた。
自分の役目は政務や外交ではない。ましてや武官でもない。

「よろしいのか」

まもなく応援の船が出ると、ドラコーンはわざわざそれを報せに来てくれた。
乗ったら乗ったで、また密航者扱いになるのだろう。それでも声をかけてくれたのは殴ったことの後ろめたさをまだ抱えておいでだったからなのかもしれない。もう四年も前のことなのに。

「気を遣ってくださってありがとうございます、将軍」

片方の袖を胸までもちあげ不恰好な拱手をする。こうべをたれた。

「どうかお気をつけて」












***



「よう。よく入国させてもらえたな。煌帝国がうようよしてたろ」

シンドバッドは寝台から手を上げ、はるばる海を越えて応援に駆けつけたドラコーンを迎えた。
ドラコーンの後ろに誰もいないかちょいと首を伸ばして覗き込む。

「今回は来てないだろうな」

開口二番で女のはなし。手や肩は包帯でグルグル巻きだが案外に元気そうだ。
来ていないことを伝えると「じゃ、いい」と仰向けに寝転がって痛がった。
ドラコーンは腕組みして言葉をくずす。

「期待していたか」
「してねーよ。こんな姿見せてたまるか」
「ふん」

そのわりには、ぶつくさと言う。

「俺はいつもカッコイイんだよ。がすごいって言う、助手にしてって言うくらいの」

ドラコーンはひとまず怪我の具合は大丈夫そうだと安心したが、別の心配ごとが見えてきてため息した。

「おぬし、いくつだ」
「おまえと同い年だよ」







煌帝国介入の件もあって、バルバッドからの帰還はさすがに中央市でのパレードとはいかなかった。
しかし王宮では武官、文官をはじめ王宮仕えの者たちが総出で紫獅塔までの廊下に並んでいた。

「おかえりなさいませ、王よ」
「おかえりなさいませ」
「ご無事のご帰還、なによりでございます」
「我らが王よ」

立礼とともにおかえりを繰り返す列に、シンドバッドはいちいち声をかえした。
出迎えの官吏のなかに隻腕の官服を一瞬のうちに見つけ出した。しばらくは、顔をあげてくれないかと目を向けていたのに、それは目を伏せ片手の拱手したまま、右後方へ流れていった。
何事もなかったかのように、シンドバッドは廊下の反対側へ王の笑顔を向けた。












***



夜、ベッドに倒れこんで落ち着いた。
横になってようやくバルバッドでの騒動と船旅でひどく体が疲れていたのだと知る。
にアリババくんや、アラジンたちの話をしてやりたいけれど、ちょっと眠すぎて呂律が回る気がしない。
認めたくはないが、歳のせいかなあ。



王の寝室の扉がひらいた音がした。



誰か入ってきた。
必要になるまで体は動かさず、音と気配を頼りに正体をさぐる。
殺気はない。
門番がとおしたのだから知り合いだろう。
仕事かな。
仕事だったら寝たふりをしてしまおうか。
ギシ・・・と、ベッドに腰かけた振動が伝わってきた。
頬にかかった髪を耳にかけられた、手の感触で正体がわかる。
繊手をとらえる。

「やあ」

月明かりが青白くの輪郭を縁取った。
髪が月光と同じ色に輝いて魅入られる。

「こんばんは、シンドバッド」
「よかった」
「・・・」
「昼は目もあわせてくれなかったから、怒っているのかとおもったよ」
「なにに」
「なんだろう。君は時折まつげといっしょに心まで伏せてしま・・・ん・・・」

冷たくてやわらかい唇があてられた。
むこうからだ。
珍しい出来事に驚く。
が、貴重なだけにすぐに目をとじ、頭をまっさらにして唇を堪能する。
じわとうずく。
これは俺がいない間“さみしい”と思っていてくれたということだろうか。
なのに、何でこんな時に限っておれは眠いんだ。

「うー」

悩ましい。

「ねむたい?」

俺の眠気をさまたげないようなささやき声がいった。声もいい。
横たわる俺の耳にかかる髪を優しく後ろへ撫でつける。女神みたいだ。
女神の指は俺の首からあごへ、触れるか触れないかのすれすれを逆撫でした。くすぐったくて顔をそむけると、さらされた首筋に吐息がかかる。

「ケガをしたと」
「もう治ったよ。葉で切ったようなかすり傷だから」
「どこ」
「大丈夫だって。それよりさ、向こうで出会っ」
「ここ?」

爪がちくりと鎖骨のあいだを刺した。ぞくりとする。
指は、服をかきわけ、つうっと胸元へと落ちてきた。
腹筋のあたりまで夜着の前をひらくと、とまる。
そこから指はゆっくりとさかのぼり、俺の服の内側へすべりこんだ。
ぎょっとして思わず上半身をおこし遠ざけると、俺は処女のように肌蹴た前をかき寄せた。

「どこ」
「え・・・」
「おしえて」

少しさがろうとすると背がヘッドボードにぶつかった。
虚ろな目に心が吸い込まれる。
魔酔を吸わされたようにくらくらしてきた。

するとはしなやかな猫みたいに距離をつめた。
内側にすべりこんだ手はあっという間に俺の左肩をあらわにし、擦れあう肌が傷痕をさぐりあてると、そこに接吻をおとされた。
熱い舌、が

「ちょっ」

眠気も怖気づく。
まだ皮膚の薄い傷痕は熱くぬめる舌先で丁寧になぞられた。

「あの、ちょっと、さん・・・?」

変な汗がでてきた。
俺はバルバッドでの一件と船旅でいま猛烈に眠いわけだし、こんな前代未聞の幸福はもっと精力が旺盛な時にぜひとも仕切りなおしをしたい。男の威厳もかかわる。と頭がカラカラ音をたててフル回転した。
後ろへさがれない体は無意識に下へ逃れようとして、ベッドに横たわる姿勢に逆戻りしてしまった。

「ごめん、今日はその、お互い疲れているみたいだし」

そうでなければがこんなことをしてくれるはずがない。
あるいはドッキリ大成功!というプラカードを持ったピスティあたりが近くに潜んでいるのかもしれない。
仕掛け人を探してから目をはなした瞬間、のりあがってきたのふとももが股間にこすれた。

「・・・っは」

先に変な息を漏らしたのは俺のほうだった。
気づき、は指と口をつかって俺の腰の結び目を器用にほどいた。
疲れているのに、いや疲れているからこそ自制はしびれ、ゆるみ、ほころび、こぼれる。

「っ・・・」


なんなんだ、これ。
なんでこんな

「はっ・・・」

自分のひらきっぱなしになった口から熱い息がひっきりなしにこぼれていく。
なんで

んっ

これ













「・・・待て」

顔をあげたを引き寄せてひっくり返して覆いかぶさった。

「無理」



それからは獣みたいなセックスをして、三度目の射精をしたあたりでぷつりと記憶が途切れた。






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