無事、煌帝国での外交を終えた。
帰途にあるシンドリア船団は補給のためとある都に停泊した。
ホテルの窓から海に浮かぶ月を眺め酒をたしなんだ。贅沢な夜だ。
というのに、シンドバッドは思春期の乙女のようにため息をつくのだった。

「どうしたんです王様。女でも呼びましょうか?」
「ああ・・・うん。いや、いい」

シャルルカンの問いかけにあいまいに答えた。

「煌帝国との会談が済むまでは緊張が続いたからではありませんか。今日はもうおやすみになられては」
「ふむ」

シンドバッドはため息の正体を探す。

「緊張がとけたうえに、腹いっぱい食って酒がうまい。飛び込んでくる公務もない。そうなると忘れていたことを思い出す。暇なんだろうな」
「忘れていたことって?」

やや遠慮に欠けるシャルルカンをたしなめようとスパルトスが口を開

と微妙なんだ」
「いつもじゃないですか」

ツルっと胸のうちを吐露した王と、それに完全に遠慮の無いツッコミをかぶせたシャルルカン、双方にびっくりしたスパルトスは言葉を失う。

「いつもだけどさあ!」

王は突っ伏してビッタンビッタンとテーブルをたたいて嘆いた。
スパルトスは文化の違いを受け入れようと必死に心の中を整理する。

「微妙って、エッチ断られたりとかですか?」

た、たとえそうであったとしてもなぜ王に対して君は一切言葉をやわらげずに指摘するんだシャルルカン!という言葉を、スパルトスは持てる力のすべてをもって口の中に押しとどめる。

「いや違うんだ。微妙なんだよ、絶妙というか。わりとうまくいっている気がする。むしろ今までで一番うまくいっている気がする。エッチなんて、させてくれたというかむしろしてくれたんだ。ああ、そう、まずそれがらしくないというかだな。らしくなかった理由を聞けずじまいで来てしまった。おまえたちは何か知らないか?俺がバルバッドへ行っていた間になにかなかったろうか」
「なにか、というと?」
「目の下にくまができてるとか」
「うーん、毎日お見かけしていたわけじゃないんで」
「ミントが伐採されているとか」
「ミント?」
「お、おと、おと、っ・・・男がでぎだどが」
「ああ、浮気してるから罪悪感で優しいっていうパターンですか。あるある」

シンドバッドは顔をゆがめ歯を食いしばり、手にしている陶器のグラスにはピシリとヒビがはいった。

シャルルカンはう〜んと上を向いて考える。
黒秤塔の連中と集会場のチビたちから人気があるのはあえてシャルルカンから言わなくても衆知のことだろう。
では他にどんな姿を見かけただろうか。接点がないだけにたまに王宮で見かけるくらいのものだが、そういえばヤムライハの愚痴を聞いている姿を見たことがある。
あとはえっと・・・考えていくうち、あっと思い出した。

「おまえ様と一緒に歩いてたの二、三回見た」

シャルルカンの指がくるっとスパルトスへ向けられると、覇王の首がぐりん!と同じほうへ向いた。

「ご、誤解ですっ」
「だ、だよなあ。スパルトスに限ってなあ」

シンドバッドは自分に言い聞かせるようにつぶやき、汗をぬぐった。

「確かに毎日お会いしていたのは事実ですが」

バリン!

シンドバッドの手の中でグラスが粉々に砕け散った。あと急にげっそり痩せた。

「いえそうではなくて!様がお祈りをしたいとおっしゃられて」
「おい、のり?」

怪訝なシンドバッドはくびをかしげる。



お祈りを、ですか?

はい。・・・私には信仰する神がありません。
もし、あなたの神が都合のいい祈りをお許しくださるなら、どうか
どうか




シンドバッドはポカンとした。
まったく知らなかった。

はなにを祈っていたんだ?」
「存じません。祈りは口にしないから祈りなのです」
「ふむ・・・謎が深まるばかりだ」

シンドバッドの胸のもやは晴れるどころか色を増す。
スパルトスはくすりと笑い、穏やかな表情で続けた。

「ですが、あの方が私に頼んできたのは王がバルバッドで負傷なされたと聞いた次の日のことですよ。王のために何もできない、なにかしたいと、そうして心配で心が張り裂けんばかりだったのでしょう」


まず、きょとんとした。
それから普通の顔になり、重苦しい顔になり、シンドバッドはテーブルに肘をつき、顔の前で指を組み、沈思の姿勢をした。
しばらくの静寂ののち、落ち着き払った声で「シャルルカン、スパルトス」と呼んだ。



「「はい、王よ」」





















「☆★☆ まくら投げしようぜーっ!!! ☆★☆」







もうひとつ

彼らの知らない話を付け加えよう。
あるレストランに、あるひとが「3番、いや5番」のカギをかりて、地下へ降りていった。
青ざめた顔だったから気になってオーナーが樽の向こうの洞窟まであとをつけると、奥に青い灯りがともる場所があった。
耳を澄ますと、こんな声を聞いた。

「カストル様、ポルックス様、どうか私の幼馴染にご加護をお与えください」

「いにしえより語り継がれるあなた方のともし火で、シンドバッドの帰り路をシンドリアへお導きください」

「生贄が必要ならば私を食べてください。・・・おいしくなかったら、ごめんなさい」

精霊たちは洞窟の壁面に文字の影を描いた。
それはトラン語と呼ばれる古い言語で、レストランのオーナーには何が書いてあるのかさっぱりわからなかったが、そのひとにはわかるらしかった。
しばらくすると細い体は崩れ落ち、息を殺して泣いた。

“われらは人を救う力をもたない”

右の影が描いた。

“われらは生贄を欲しない”

左の影が描いた。

“でもシンドバッドは好きだ”
“われらはルフにシンドバッドと、シンドバッドの愛する者たちの命をたのもう”
“必ずたのもう”
“だから泣くな 泣くな     泣かないで”
“炎は水に弱いのだ”






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