王宮にたどり着くと、美しい女たちから外交の功労者たちへ花の首飾りと祝いのキスが贈られた。
なかでもシンドバッド王にはいっとうスタイルのいい美女からそれが贈られた。
横ではシャルルカンが美女のおへそを目を皿にしてガン見している。
スパルトスは花がかけやすいようにとこうべを垂れて、その動きがちゃんとしすぎているものだからさながら受勲式の騎士の絵だ。
シンドバッドはというと、自然とくびれに手をまわしかけたところで隣からジャーファルの咳払いがあったので、「どうもありがとう」とまっすぐ目を見て笑い、お別れした。

女たちと入れ替わりで今度はちびっ子がわらわらと駆け寄ってきた。
功労者それぞれに手作りのカードを渡していく。
シンドバッドは目の前にきた女児のために膝を折った。

「やあ、お嬢さん。これをもらってもいいのかい」

あたりはざわざわと騒がしく、隣のスパルトスがどんな言葉を交わしているのかも良く聞こえない。
緊張してコクコクうなずくばかりの子供からありがとう、とカードを受け取ると、そこには確かに読める文字で

“おかえりなさい、王様。シンドリアをいつも守ってくれてありがとうございます。”

「驚いた。君は字が書けるのか」

目を見張る。

「それになんてしっかりした文字だろう。文字の美しい女性は魅力的だ」

女児ははにかんで小さな声で「うん」と返した。

「どこかで習ったのかい」
「あのね、先生」

驚かないふりをして、見渡さず、子供を見る。
身なりをみればこの子たちはきっと金持ちではない。

「・・・そうか。素敵なメッセージをありがとう、小さなお嬢さん。これはしばらくのあいだ王宮に飾らせてほしい」

シンドバッドは折った膝に大切にカードを置いて、両手で女児の手を包んだ。
となりからジャーファルのけたたましい咳払いがあったのは無視した。

「これからも先生の言うことをよく聞いて、がんばって。君は私たちの希望だ」

子供たちがまとまりなくもとの場所へ戻っていき、簡単なセレモニーは仕舞いを迎えた。
シンドバッドは笑った。
みなを見渡し、手を振った。
“誰かひとり”は探さない。
王だから。












***



日中は外交の報告と急ぎの用件を片付け、アリババたちの様子を見、夜になって紫獅塔へ戻るとはやる気持ちをもう押さえきれない。
すぐにを招いた。
が扉のむこうに現れた瞬間、ターバンも金属器もとっぱらって飛びつき、ぎゅうっと抱きしめた。
トト、と勢いに負けての足が戻る。
門番がびっくりして目を丸くしているのもはばからず、いとしくて抱きしめた。
気をつかった門番が二人をなかに押し込んで扉を閉めてくれた。

「やあ」
「お、おかえりなさいシンドバッド」

抱きしめて顔をあわあせないまま、へんな挨拶になった。



は初っ端からの俺のテンションにやや引き気味だった。
けれど俺は構わずしゃべってしゃべって、しゃべり倒した。

「ということがあってね。俺がどれだけほかの国に自慢したくなったことか。王族でなくても貴族でなくても、あんなに小さくてもうちの子は字の読み書きができるんだって!、君の努力の一端は確実に実を結んでいる」

伝えるとはまず、思いがけず心の水があふれてしまったような素朴な笑みをこぼした。

「ありがとう、シンドバッド」

頬がほのかに色をおびる。

「とても嬉しい言葉です。ほんとうに、とても・・・!」

は手にしていたグラスをわざわざ置いて、熱いものがこみあげた胸に手をあてた。
ひゅっとシンドバッドの熱が引っ込んだ。
そこまでの反応が返るとは思っていなかった。
彼女が自分の役目に真面目に取り組んでいることは知っていたが、これは真面目をとおりこして“仕事第一人間”の喜び方だ。
身近にもうひとり、そういう政務官が思いうかんだ。

「あれも君の影響だったのか」
「なに?」
「なんでもない」

ともあれ、喜んだことでのテンションがシンドバッドに追いついた。

「さあ、王からの労いのさかずきと、幼馴染からの祝福のさかずきをうけてもらえるだろうか」

今夜はどこまでだって行ける気がした。
その晩、は珍しくそそがれたらそそがれるだけ酒をあおった。






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