目を覚ますと、夕方の光線がさしこんでいた。
夜が迫る。

「やあ」

ベッドの傍らの椅子に腰掛けるシンドバッドが微笑んだ。
王様のターバンを巻いている。公務中だろうにまた抜け出してきたのだろうか。
シンドバッドから視線をずらすとサイドデスクにグラスがあった。グラスの下には盛大な水溜りができている。一体何時間前から、彼はここにいたのだろうか。

「君の友だちの女官がポワールのジュースを作ってくれたんだよ。もうすっかりぬるくなってしまったけれど」

体を起こしかけると、一人でも起き上がれるのにシンドバッドが手を貸してくれた。

「ありがとう」

今度は机のほうに目がいった。
フルーツや本が山盛りになっている。

「あれは留学生たちから。ついさっき子供たちから手紙も届いたんだ。ごらん、“先生へ”。おお、みんな字が上手だ」

シンドバッドは椅子からベッドに腰掛なおして手紙をひろげ、の肩を抱き寄せた。
髪に触った大きな手が、の頭をシンドバッドの肩へあずけさせた。
ひとつひとつの手紙を落ち着いた声で読み上げながら、やさしくトン、トンと撫ぜてくれる時間があった。
はかわいい手紙を覗きこむふりをしてほほえんだ。作られた静かで平和な時間。カウントダウン。

「わけをはなしてほしい」

手紙はすべて読み終わったのに、は手紙を見つめていた。

「謝肉宴の夜、なにがあった」

は手紙を見つめていた。
知られたくない。

!」

肩を揺すぶられ、顔をあげる。

知られたくない
知られたくない
知られたくない
知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない知られたくない



「わたしたちの同郷の者がこの島にいます。うでを切りおとし、強姦をつづけた男のひとりです。シンドリアのみんなに危害をくわえる前にどうか捕らえてください」

悄然と見張った視界はみるみるうちに鈍った。
表情をつくれないまま涙が流れた
流れつづけた。

「・・・そうだったのか」

シンドバッドの声に、きつく目を閉じ心をふさぐ。

「つらかったろう」

親指の腹がまつげをぬぐった。



「だが、ありがとう!」



弾かれたようにシンドバッドを仰いだ。
わからなかった。
シンドバッドが太陽みたいに笑った。

「よく話してくれた。これで国民を守れる」

はしずかな雷にうたれた。

「ありがとうな」

シンドバッドの両手が背にまわる。
力がこもる。
押し出されるようにまた涙が落ちたけれど、それはさっきと別の涙だった。
打ち震えた。
言葉にならない。

「もう大丈夫だ。必ず捕らえ国民を守ろう」

はシンドバッドの服の背を掻き抱いた。
愛おしかった。



「必ず」



シンドバッドのからだのすべてはいまを慈しむために生きているのに、
黄金の双眸だけは暗く虚空を見据えていた。

じっ、と。






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