「おまえが」

顔の筋肉がひくと跳ねた。
眼球を押し出す。
男が吠える。ぎゃんぎゃんと窟に反響する。ハイエナだろう。
怒りが末端まで満ちて、ゆるく曲がる指先が重くなっていく。
迅雷、鉄の熊手となって男の首を捻り上げた。

「おまえがの腕を切り落としたのか」

シンドバッドの指先から腕へかけてみるみるうちに鱗が生えた。
鱗は腕を覆い硬質となり、魔装は身を焼く音をともなってまたたくまに全身を侵蝕した。
短い音をたてて無数の閃光がほとばしる。
その光源ゆえに、黄濁した男の目は強烈な殺意を目の当たりにするはめになった。
人間ならざる豪力が脆弱な首を締め上げる。
男はもがくこともできずに龍の腕にかよわくすがった。
意識をやりかけ、しかし突然に異形の手がゆるんで地面に転がり落ちた。
ふしまろび激しく咳き込む。血とも胃液ともわからぬものを吐いた。

シンドバッドはゆらと短刀を抜きはらう。

息もおかず白刃を男の肩へと突き立てた。
炸裂音とともに火花が散った。
肩はひと突きに貫通したかと思えば、男の肩からわずかにそれて短刀は男の背後の石と合していた。
油でぬめる男のこけた頬に鮮血が、ぷつ、ぷつりとふくらむ。こぼれた刃と石が飛び散って細く裂いたのだった。
男が喚く。ぎぃぎぃと反響する。蟲だろう。
あたり一面黒曜石で覆われた深い洞では、蟲の絶叫など地上に届かない。
男はぶるぶる震え、血走った目が短刀を映した。

ガリ、リ、ギギ、ギィ・・・

刃は黒曜石を砕き、奇妙な音をたてながらゆっくりと降りてくる。
男は姿勢を低く低く低くして肩を割り裂かれぬよう逃れる。
刃と石の破片がばらばらと積もりゆく。
シンドバッドの見開かれた目は深く、暗く、とこしえに冷たく、男を射抜き続けている。

ひしゃげた鉄塊と成り果てた短刀が、
ヒタ、と止まった。

おぞましい予感に逃げようとした男の顔面は圧倒的な力に鷲掴まれ、岩に叩きつけられた。

「逃げられないように石碑にくくりつけたのはおまえたちだろう」

歯は抉れ、鼻は割れ、頬骨が砕ける。
跳ね返ることを許さない魔人の手に更に力が加わる。
頭蓋骨がきしむ。
鉄塊がゆっくりと振り上げられた。

「思い知れ」






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