「え、それじゃああれは娼婦だったのか。そうと知っていたら相手してもらったのに」
「バカ。ご主人様が買ったものに手を出したと知れたらクビになるぞ」
「でも今いないよ」
「あんな鶏ガラみたいな女のどこがいいんだ。一言もしゃべらないし、ぼうっとして、気味悪いったらない」



そんな召使いたちの話し声を聞いてもなにも感じなくなって、六ヶ月が過ぎた。
定期的に医者が来て、途切れた腕や股の間に薬を塗りにくる以外、は他人と言葉はおろか、視線すらかわさなかった。
肉のない尻では椅子に座るのも痛くて、ベッドにうずくまってばかりになった。
髪はショートヘアといえるほどに伸びたものの、不気味なまでにやせ細った体は戻らなかった。

ある夜のこと、屋敷がにわかにあわただしくなった。

窓の外では松明の明るい光が連なって坂道を降りていくのが見えた。
坂道を最後まで下れば港があるばかり。
光は港に集まりゆく。
町と屋敷のざわめきは、かつて暮らした場所で革命が起きた夜に似ていて、は廊下に出た。
は人を避けていたが、こんなときばかりは不安で、人がいる場所に行きたかった。
夕食の後の時間だというのに召使いはみんな起きている。

もう寝ようとターバンを取っていた召使いは改めてターバンを巻きなおしながら、仲間たちと話していた。
みな忙しそうで、一階のエントランスへ続く廊下のはじに幽霊のように立っているのことを気にとめるものはひとりもない。

誰かが叫んだ。



「ご帰還だ!」



別の誰かが叫ぶ。

「シンドバッド様だ!」

明るい声が沸騰した水の泡みたいに次々上がった。

「酒を用意しろ!」
「食事だ」
「かまどに火を!」
「ついにシンドバッド様がお戻りだ!」
「女たちを呼べ!」
「また迷宮を攻略なさったそうだぞ」

はただ黙って、その喧騒を遠くからうつろに見つめていた。
しばらくすると、手に手にまばゆい財宝をかかげた大勢の船乗りと家来たちが屋敷のエントランスにやってきて、歓声と拍手が彼らを迎えた。
は、人々の中心に見覚えのあるおもかげを見た。

「・・・・・・」

心はかたく冷たく凍って動かない。
みなの真ん中で笑う人物には、おもかげがあるだけで、別人のように思われた。
は混み合ってきたその場からはなれ、ベッドに戻った。
漆黒の天蓋を見つめる。
目をとじる。
傷つかなくてよかったと、そう思った。
姿を見ても、喜びも怒りも悲しみもなにもない。
体にも、心にも、なにもない。

(だれもかえってこなかった)

その事実にはもうとっくに傷つき終わっていたからだろう。






眠ろうとしたとき、女の召使いがの部屋をノックした。

「シンドバッド様のお召しでございます」

女の召使いはそう言って、に薄手の衣装を着せた。



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