シンドバッドは床に落ちたの衣装を無言でひろった。
の胸の位置まで持ち上げ、差しだす仕草をした。
受け取らないの、鎖骨のあたりに服がおしつけられる。。
布越しにふれた彼の指が震えている気がして、は視線を下へやった。
下を向いた瞬間、その視界が暗くなり、世界のはしに水滴が降った。
どこから落ちたか確かめる間もなく抱きしめられた。
たすけて
その抱擁は、少なくともを安心させるための抱擁ではなかった。
背の肌がひきつれるほど強い。
シンドバッドの強張った指がの肌を横滑りするたびに、抱擁を浅くすまいと抱きしめなおしてくる。
しゃっくりのような息遣いが耳のそばできこえる。
シンドバッドの体は火の玉のように熱い。
たすけて、シンドバッド
祈りの声がきこえはじめる。
そのときにはシンドバッドの重さを受け止めきれずに、は床にくずれおちていた。
シンドバッドは決して離れず、同じようにくずれている。



うっ

と息と声の間の音がした。

うう

それはシンドバッドの声に違いなかった。



たすけて、シンドバッド



今更なんだ!と怒るには、は体力が足りなかった。
もう遅い!と突き放すには、は寂しすぎた。
泣きたいのはこっちのほうだ!と叫ぼうにも、真珠のつぶみたいな大きな涙はもうの乾いた頬をぽろぽろ落ちていたから、お互い様だった。





腕を斬られたことよりも
わたしをおいて旅立ったことよりも
だれも帰ってこないことがなによりさびしかった
かなしかった
こわかった
こわかった
こわかったよ、シン
シンドバッド







こわさが緩んででゆく
触れた場所からゆるんでほどけて、こぼれおちる
体から震えが消えた。
そのかわりにシンドバッドが震えているから、きっと彼が吸い取ってしまったのだろう。
体中さむくてしかたなかったのが今はほのあたたかい。
これもシンドバッドが体温をわけてくれているからだろう。
は、すくなくともシンドバッドよりは落ち着きをとりもどした。
視線を斜め右へやる。
がんばってもシンドバッドのはねた後ろ髪と真っ赤な耳しか見えない。
きつく抱きしめられていて身動きもとれない。

「・・・ないているの?」

わかりきっていたが、いつも自信たっぷり、元気いっぱいだったシンドバッドが泣くところをはこれまで一度も見たことがなかったので尋ねてみた。
するとの右肩にフルフルと頬がこすりつけられる。
いいえ、の表現。

「・・・」

はさらに落ち着いてきて(これはおおごと)と思い、かろうじて動く右手のひらでシンドバッドのわき腹あたりをトン・・・トン、とゆっくり叩いてみた。
すると不規則な息遣いの合間をぬって「そっちの役、おれ」とか細く文句を言われた。



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