0110 : オルガ





俺は他の二人に比べたらまだマトモで、昔住んでいた街とか俺に名前をつけた奴とか
そういうのを断片的にだが覚えていた。クロトもシャニも覚えてないらしい。
かくいう俺も日に日に忘れていってる。
昔を思い出そうとすると白くなる。
その白はクリーンルームの壁の色と同じで俺はやがてこの研究所の壁の色しか
覚えていられなくなるのだろうと、妙に冷静に思った。いつか壁の色も忘れたら
そのとき俺は死んでるのと同じになってるはずだ。

はじめて0090と会ったのはクリーンルームでの待ち時間だった。

白い壁
白い椅子
白い肌
薄いピンク色の服を着て、俺の向かいに座っていた。
本の持ち込みは禁止されていたから俺は目を瞑っていた。


「オルガ」

初めて聞いた声に俺は顔をあげた。
向かいの椅子で両手を膝の上に揃えて0090が笑っていた。

「なんで知ってんだよ」
「クロトが教えてくれて」

俺はそれ以上返さなかった。こいつの名前はなんて言ったか考えていた。
前にクロトが喚いていた気がする。
確か、たぶん、
そうだ、だ。

「オルガは私のことを知ってる?」
「知らねえよ」
「そう、私は」
「ゼロゼロキューゼロ。名前なんか知りたくねえ、覚えたって無駄だ」
「私もオルガを0110と呼ばないといけない?」
「俺を呼ぶな」

数回瞬きをしては下を向いた。
両手を膝の上に揃えて困ったふうに指先を触っていた。
俺はそれをチラリと見てからスッとそらした。
長くどちらも喋らない時間が続いた。
息をする音も聞こえやないこの白い部屋は窮屈だった。
白い椅子の硬さが痛い。
冷たい。
指先までひどく冷たい。

『0110、中に入れ』

ブザーのあと俺の番号を呼んだ無機質な声にいつも以上に腹が立つ。
開いた白い扉の向こうの白い服のおっさんを殴ってやろうかと思った。
背を向けた白い部屋の白いソファーで白い肌の女が今も俯いているのを想像した。
クロトもシャニも俺のことを名前で呼ぶのだからあいつだって別に呼んだってよかったけれど
どうしてあの場で呼ぶなと俺は言ったのだろうか。
女がとてもきれいな顔で俺を見たからだったら、俺はどんだけガキなんだ。
・・・そういえば俺は何歳だったっけ。
全て忘れていく。
大きな機械の下に仰向けになって、目をあけていられないような強いライトをむけられて
閉じた瞼の上のほうであいつは今も俯いて指先を触っているのだろうかと考えた。





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