0110 : オルガ
ナップザックと間違われてから何日も経った。
俺もクロトもシャニもオードリーとよく会ってよく話した。
よく話した、らしい。
俺たちは必ずオードリーに会うとき一人ずつだった。
そりゃあまあ、俺たちは三人同時に検査をうけることはあんまりないから、
クリーンルームに入るのもたいてい一人ずつだ。
だからそこに偶然オードリーが居たらいつも二人きりになるのは当然のことで
なにもおかしいことはなかった。もちろん毎回オードリーがいたわけではなくて
居ないときもあった。
居なかったときは、俺はその時のことを次の日には思い出せくなっている。
クロトはオードリーに会わなかった日の検査のあとは大荒れだった。
いつも持ち歩いているゲームを床にたたきつけて壊したことさえあった。
シャニもわかりやすい。
あいつの場合、会えなかった日はベッドに軟体動物のように寝そべって
生きてるのか死んでるかわからない顔でヘッドホンをあてる。
会えた日は甲殻類のようにうずくまってぴくりとも動かないまま
ヘッドホンをあてる。うずくまって身体を固めて、それで今日の思い出を
全部身体の中に閉じ込めているつもりなのかもしれない。
俺は眠る前に最近よくオードリーの危なさを考える。
あいつは弱そうだからたぶんクロトみたいなチビにだって勝てやしない。
白いおっさんたちは見るからに貧弱だけど、それでもたぶん殴り合ったらオードリーは負ける。
だから危ない。
もしあのおっさんたちがオードリーを言うことを聞かせようとして殴られたりしたらどうしようか。
俺は目を閉じてベッドに横になったまま、オードリーが痛がるのを想像する。
引っ叩かれたり、髪をつかまれたり、突き飛ばされたり、して。
それでオードリーが痛がる。痛いって言って怖がって身体を小さくして目は泣いてる。
俺は手を伸ばす。
手を伸ばす
伸ばす
どうして俺の動きはこんなに遅いんだ足が重い
いつの間に回りは黒い水にかこまれている
前に進まない
でもオードリーは前のほうで、もっとむこうで痛がってる
白い壁のあの部屋でオードリーが痛がっている
なのになんで俺の脚はこんな重くなって、少しも、少しも
『0110、40ブロック第6クリーンルームへ移動しろ』
部屋に響いたアナウンスに俺はビクンと大きく震えて目を覚ました。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
左に見慣れた壁
上に眩しいライトがあって
右にはクロトとシャニが寝てるベッドがある。
だからここは部屋だ。いつもの部屋だ。オードリーはなにもされてない。
オードリーは痛がってないはずだ。
なにもない。
なにもないはずのに、なんで心臓は壊れたみたいにバタバタ言ってるんだ。
床に足をついてみると身体は夢とうってかわって軽く動いた。
足は動く。
スッと動く。
夢の中でオードリーが痛いと言ったのは白い壁の場所だった。
40ブロック第6クリーンルームへ向かう。
白い壁の場所だ。
走った。
クリーンルームの扉を開けても白い壁にオードリーがいなかった。
なんだこれ
マジ
つぶれる
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