夜23時13分、ケータイにメールが入り、高校二年の雲雀は病院へ侵入した。
いつもの黒革の椅子にかける。長い長い「考え事」の結果が出たのだそうだ。

「私・・・、学校へ行こうと思って」

の肩は緊張していた。

「明日検査の最終結果が出て、そこで許可が貰えたら他の項目は全部クリアしてるの」

手には『合格通知』の判の押された封筒があった。

「・・・何年生にはいるの」
「一年生」
「中学?」

揶揄するように雲雀が言うと、ふふ、と笑った。

「高校生」

同伴登校
廊下でばったり
「雲雀せんぱい」
同じ委員会
教室に居残り
誰もいない体育倉庫
社会科準備室
「スカート、汚さないでっ」

「・・・よかったんじゃないの」
「うん。もう制服もあるの」

じゃーんといいながらは、雲雀の学校の制服、ではないセーラー服をひろげた。
見覚えのある校章、これ、山本武の学校・・・。
めくるめく妄想が瓦解する。
妄想という妄想がすべて山本武に置き換わる。

「ぜんぜん・・・」
「え」
「ぜんっぜん似合わない」

飛び出した病室。
翌日、最終検査結果に『不可』の判が押されることを知らない雲雀は、
通学路で山本武の背中を蹴った。





夜を背に意気消沈した翌日のは、それでも雲雀がじっと見るから

「着れないのはもったいないけど、仕方ないね」

と苦笑した。
制服はひとそろい、しわひとつなくハンガーに綺麗にかけてある。

「うん、仕方ない」

言い聞かせるように二度目

「しかたない」

唇からこぼれたように三度目

四度目は繰り返さず、顔を赤くして下を向いた。
雲雀は赤くなった耳をじっと見ていた。
じっと。



そしておもむろに肩にかけていた腕章つきの学ランを脱いだ。

「熱い?」

がエアコンのリモコンに手を伸ばしたとき、さらに布ずれの音がした。
雲雀が学校指定のセーターを脱いだ。エンブレム付のワイシャツのボタンをはずしていく。
次いでベルトをはずし始めたあたりでは思い出したように慌てた。

「ひ、ひばり今日はそういう気分じゃ」

けれど雲雀は止まらず、は目を覆った。
ズボンを下ろした音がして、肩に手が掛かるのを恐れ身体を小さくしていた。

が、いつまでたっても手が伸びてこない。
恐る恐る目を開ける。


雲雀が制服を着ていた。の。


女子の制服を着て腰に手をあて、仁王立ちする雲雀の背後に「勇」「者」の二文字を見た。
セーラー服の上は長さと肩が足りず痩せすぎともいえる腹とへそが出ている。スカートから伸びる足は
女子の丸みはないにせよ、しゅっと伸びていて妙に似合う。紺のソックスまで。
似合う。
あまりにも似合っている。
恥ずかしがる様子も悪びれる様子もなく、いつもの雲雀がそこにいては吹き出した。
今度は苦笑ではない。
おなかをかかえて笑っていると雲雀は腕を組んでぷいっと横を向いた。

は笑いすぎて震えがとまらない背を丸め、雲雀を手招きした。
不機嫌そうな雲雀がスカートを揺らして寄ってくると、は雲雀の指先に指先をひっかけた。
笑い続けて伏せていた顔をようやく上げると泣いていた。
雲雀はがあまりにも雲雀の姿を笑うので怒ろうとしていたのに、泣いていたので怒るのと焦るのが
混じって

「なにそれっ」

と言い放つ。

「泣くほど笑ってるのか泣いてるのかはっきりしなよ」

動揺していたところをぐいっと引っ張られて前のめりに倒れ込んだ。
ポスン
と顔がやわらかい胸におさまって、頭と背中を抱きしめられていた。
かすかに泣く声がする



「ひばり ひばり 私のかわいい ひばり」


ほそい腕に力がこもる。
心地よい。
は一度も学校へ通えることはなかったけれど、たった一度もそれを不幸と思うことはないままでいられた。






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