中三の雲雀。
中学三年に上がっても相変わらず、授業ノートは遺漏なく301号室へ運ばれた。

変わったことといえば二つ。

一つは近所にTSUTAYAができたこと。
雲雀はがノートを写している間、52型の大画面で映画鑑賞をするようになった。
301号室は特別病室と名前が付くだけあって、本来政治家や金持ちが入院で使うために不自由が
ないようしつらえられているのだ。

二つ目の変化は雲雀が大怪我をして病院に担ぎ込まれたこと。
骸にボコボコにされたときのことだ。

「別に大したことない」

肋骨が折れている雲雀がいつもの調子で言った。
は301号室から6階の雲雀の病室まで来ていた。今にも「バカ!」と泣き声で言いそうな顔をして。
雲雀はの感情の起伏をほとんど見たことがない。医者と看護師と雲雀くらいしかのところを
訪れる人はいないから、体力と一緒に感情の振れ幅が小さくなったのだろうと雲雀は思っていた。

「バカ!」

勘違いだったと思い知る。

「君はもっと冷静な人間だと思ってた」
「思い込みです」
「ぼくは君ほどやわじゃない」
「思い込みっ」
「こんなの怪我のうちに入らない」
「思い込みっ」
「病院では静かに」
「思い込みっ」
「本当だ。全然冷静じゃないね君」

は顔を真っ赤にして怒った。
これも初めて見た。
たまには入院してみるのも愉快だ。
ところが、急には胸のあたりをおさえ、背を丸めて苦しげにうずくまった。

「なに」

浅い息の音

「なにしてるの」

肋骨の痛みも骨折の腕も忘れてベッドから身を乗り出す。
思えば当然。
トイレまで歩いていくのに苦労する人間が大慌てで病室を飛び出し廊下を走って(君走れるの?)、
エレベーターの「▲」ボタンを連打、飛び乗って6階を連打、6階の廊下を走ってここまで来た。

「ちょっと」
「だい・・・じょぶ」

声はほぼ息だった。ナースコールを押そうとしたらに奪い取られた。

「なにするの。バカじゃないのっ」

ぶるぶる震えている。
震えて
笑ってる。

「うそだよ」

は笑い声をあげないように笑っていた。

「むかつく・・・」

思わずトンファーを掴みかけて、






「ごめんね、ひばり」

ベッドにコテンと頭をあずけて微笑んだ。はたして自分の容姿が人より良いことを知っていながら
そういう仕草をしているのか。

「ごめんね」

笑い声半分に

「もうしないからね」

慰めるように

「もうしないでね」

かすれた声

「ね」

熱っぽい

「・・・帰りなよ」
「・・・」
「帰って」
「足が震えて歩けな・・・い、です」
「バカすぎる」

来たはいいが帰れなくなった病人をケガ人が引き摺って帰った。
変わらぬ日常、におい、景色、世界。
に第二次性徴に関する変化がないことは、引き摺って帰ったときの背中の感覚で察知した。






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