ランボが飛びついたのを受け止めたらしいさんは、驚きと喜びとわずかの動揺をもって俺たちを
迎えた。俺と獄寺が部屋に転がり込んだ格好のままぽかんとしていると、ふんわり笑って

「こんにちは」と言った。

「「こ、こんにちは」」

ぼうっと見てしまった。だって綺麗だったから。

「おまえ、ランボさん知ってるぞ」
「ランボくん、こんにちは」
「・・・」

ランボは効果音をつけるなら 「きゃるん☆」 という態度になった。目がうるうるで指をしゃぶって、
あどけなく振舞う。

「おおおおぅてめェアホ牛!俺にはガブ!でなんできゃるん☆としてやがるんだ!」
「ランボくん、お兄さんが迎えにきてくれましたよ」

もっさもさの髪を撫でながら言う。この人白いなあ思った途端、いやらしい目で見そうになって俺は
ランボに視線をずらす。

「お兄さんじゃないもんね!ランボさん行かない」
「あの、すみません。すぐ連れて帰ります」

いつまでも転んでいるのは恥ずかしかったので、まっすぐに立って野球部の気をつけの姿勢で言う。
同い年くらいに見えたけどしゃべり方や雰囲気が大人っぽくて、しゃべるのに緊張した俺も獄寺も
敬語になっていた。
さんは俺と獄寺の顔を確かめてから、またふんわり微笑んだ。

「雲雀のお友達、ですよね」
「そうですけど」「ちがいますけど」

俺と獄寺の言うことが食い違ったのは小さく笑って受け流した。

「はじめまして。私は雲雀の・・・」
さんが次の言葉に悩んでしまったので、俺と獄寺は自分の生唾を飲む音を聞いた。
「雲雀の・・・知り合いです。といいます」

「彼女じゃないんですか!?」

とストレートに聞けた獄寺は、無神経とよく言われる俺が言うのもなんだけど結構すごいと思う。
さんは困った顔をして笑ってはっきりこたえた。

「彼女ではないです」

「チューしてないんスか!?」

と無神経なことを言った俺だから、みんなからよく無神経と言われるのもうなずける。
ところがさんは怒りもせず、彼女ではないですと言ったのと同じの困った顔ではっきりこたえた

「チューしてません」
「え!?じゃあやっぱりヒバリのおねえさんですか」
「ランボさんの彼女だぞ」
「おめえは黙ってろィ!!」







ランボがあまりにもさんから放れず、俺たちがあんまりさんとヒバリの関係とさんの容姿に
興味をもって質問を繰り返したので、さんは俺たちに椅子を勧めた。椅子は一つしかなかったから、
俺はベッドに座ることを勧められた。

「えっと・・・。あ、あざっす」

俺は語尾をもごもごやった。女の子のベッドゲット。
獄寺がすごい形相でこっちを見たけど無視した。
ところでさんがベッドから降りるとき、その危うさに驚いた。スリッパに足を通し、歩けてはいるけれど
体のほとんどは壁についた手で支えているという感じだ。

「ランボ、こっち来てな」

さんの腹にくっついたままだったランボを取り上げる。すると重心が変わってよろけたさんは
一旦ベッドに座ってしまって、また立ち上がった。

「ありがとうございます・・・あの、」
「山本ッス」
「山本さん」

涼やかな声が呼んで、獄寺にも視線をやると

「ご、獄寺隼人です。10代目の右腕っす!」

さんが一瞬「?」と思うことを付け加えた。

「山本さん、獄寺さん。お茶とコーヒーと紅茶とどれがお好きですか。お茶はジャスミンと緑茶と紅茶は
ニルギリ、ダージリン、カモミールがあります」

俺は最初のジャスミンと緑茶以外聞き取れなかった。ジャスミンなんて飲んだことなかったけど彼女の
雰囲気に呑まれて

「じゃあジャスミンで」

と言ってしまった。

「俺はダージリンで」
「ランボくんはなにが飲めるのかしら」
「ランボさんはおっぱいだけー」
「嘘つけこのガキ!」
「水で大丈夫っす」

はい、という声ののほほん具合とあったかさ。冬が近いのになのに春みたいだ(空調のせいか?)
テレビ横の小さな棚までたった5歩の距離、さんはずっと壁に手を預けて歩いた。
思わずベッドからケツが離れる。

「やっぱ俺やります」

ランボを獄寺に預けて、さんの横に並んだ。
並ぶとさんが思ったより小さいと気づく。
睫が長い
髪がきれい
いいにおい

「俺たちが勝手に入ってきたんだし。さん何飲みますか」

見たことないティーバッグがきれいに並んでいて、その横に英語じゃないっぽいアルファベットの書かれた缶が
三種類並んでいる。

「ありがとうございます、お水をいただきます」
「遠慮しないでくださいよ。つーか敬語じゃなくていいですし」

さんはここで心なしかほっぺたを赤くした。
あ、うつむいた。

「ごめんなさい。お医者様と看護師さんと雲雀以外と話すのが久しぶりで話し方をどうしたらいいのか緊張して」

この瞬間の俺の心の効果音を聞かせると



ドギャアアァァアアアアン!



「タタタタタタタメ語でだだだだいじょうぶッス」

「ためご」

首をコテンと傾げた。
これを見た瞬間の俺の心の効果音を聞かせると



クルックー クルックー



鳩とんだ、鳩。
世界平和だ。



「てめえ山本ぉおお!なにアホ牛投げて寄越してんだ!イデデデデ噛むなっ」

背後から獄寺にケツの穴を蹴られて正気に戻った。サンキュ、獄寺。

さん戻ってて大丈夫ッスよ。ポットとか借ります」

さんはありがとうございますと言いそうになったけれど「ありがとう」で止めた。
かっわいーなー。うぉっし。張り切ってお茶作るぜ。さん水がいいって言ったけど、このあと検査とか
あるのかな。学校の健康診断も朝食べるなって言うし、そんな感じ?
色々考えながら見たことのないお茶を作っていてふと気付いた。

さん、どっかにカップありますか?」

棚にはネイビーとピンクのマグカップが二個あるだけだ。

「私と雲雀ので申し訳ないのですが、よろしければそこのカップを使ってください」

ランボくんは一緒にこれ飲みましょうね、と冷蔵庫から500ミリのボトルを取った。
そこからの俺は速かった。
一瞬にしてピンクのマグカップにジャスミンティーを注いでやった。

「あ!テメ山本ッ、なんでピンク使うんだよ」
「え?なに?」
「すっとぼけてんじゃねえ」
「ほら獄寺、うまそーなダーウィンだぜ」

問答無用でネイビーのカップにダーウィンだかエドウィンだかを注ぐ。

「ダージリンだし緑だし、ってこれ緑茶じゃねえか!」
「気にすんな」

トンと軽快に肩を叩いて椅子とベッドにそれぞれ戻る。先にベッドに戻っていたさんは俺と獄寺の
やりとりを楽しそうに見ていた。
ごくごくジャスミンとやらをピンクのカップで飲む俺(花のにおいがしてうまい)に対し、ネイビーのカップを
両手で抱えたまま獄寺はぶつぶつ言っている。

「なんで俺が雲雀のカップなんかで・・・」
「雲雀はピンクの方ですよ」



え?



そこからの獄寺は早かった。

「ごちになります」

ぐいっと飲んだ。

「ぷはー!うまいな山本!」

獄寺は軽快に俺の肩を叩いた。






プリント係のこと、授業ノートのこと、黒革の椅子で寝て、映画見て、おしまい。

聞けば聞くほど色っぽいことが出てこない。
さんは学校はじめ、並盛での雲雀の変人っぷりやツナのことや自分たちのこと、部活、授業、
休みの日、野球、ポイズンクッキング、話の盛り上がりに任せて適当に話したのに、どの話にも
笑ったり驚いたり。

「そしたら女子が次から次に“校則違反のお菓子持って来たので没収してください”って雲雀にチョコ渡して」
「あんな鬼畜のどこがいいんだかですよ、まったく」
「雲雀ちっとも意味わかってねーの。そーいうとこかわいいよな」
「かわいくねえよ。さん、こいつちょっと頭がこれなんで」
「俺頭フツーだぜ」
「フツーのやつは雲雀をかわいい呼ばわりしたり毎回赤点とったりしねえ」
「わ!赤点とか言うな。それ言ったらツナだって」
「ツナ?綱吉さん」

さっきまでツナのことを話していたから、さんも思い当たったようだった。
ちなみに「パンツ一丁ですごいことをするマフィアの十代目」という説明をしてある。

「俺たちすぐ近くに住んでるんで風邪治ったらさんに改めて十代目を紹介しますよ」
「そうそう。いまこの病院で点滴うけて・・・あれ?」
「じゅ、じゅうだいめー!」

俺も獄寺もほぼ同時に誰のために病院に来たのか思い出した。そしてリボーンが入院手続きして
いる間だけランボのお守りをするために散歩していたのだと思い出す。

「ご、ごめんさん!俺たちツナんとこ戻らないと。また明日ツナ迎えにここ来るから」
「じゅうだいめー!」





猛ダッシュで同じ階のツナの病室に飛び込むと小僧に思いっきり蹴られた。
超痛かった。
言い訳ついでにさんのことを話したら、小僧は黙って聞いていた。

「そしたら病院の人とヒバリ以外とは話すことがないからどうしたらいいかわからないって照れてさ」
「・・・」
「すげーかわいかった。明日は小僧も挨拶してみろよ」
「・・・」
「でもヒバリがいたら会えないかもなあ。前すげえ怒ったし」
「あのガキ、まだこんなとこにいたのか」
「ん?なんか言ったか」
「いや」






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