ケセドニアの国境近く、最前線では作戦会議中の第八師団のキャンプが夜襲を受け、指揮官階級を根こそぎ殺害されるという事件が起きた。これにより、数で勝っていたはずのマルクト軍がセシル将軍率いるキムラスカ軍に劣勢を強いられる恰好になった。
第三師団のジェイド・カーティス(このときはまだ少佐である)は後詰艦隊として、ほぼ勝敗が決した頃に登場するはずが、この報告を受け、そうもいかなくなったことに沈黙した。
死霊使いの沈黙を怒りと受け取った情報部の兵士はあぶら汗をかいていた。彼に落ち度はないだろうに。
「生き残ったなかで指揮官訓練を修了しているのはヤン大尉のみ、ですか。優秀な人物とは聞いてますが一人で御すには前線の兵士の数が多すぎますね」
数で勝ることが仇となるとは。
本隊が到着する頃には兵は減り、国境線は押し下げられていることは覚悟しなければならない。
結論から言えば、ケセドニア北部戦争はマルクト軍の大勝に終わった。
ジェイド率いる第三師団艦隊が到着した時、国境線は1センチメートルも後退しておらず、兵士たちの多くが生き残っていて、士気も充分に本隊の到着を待ち望んでいた。
「よくもちこたえてくれました。勲章に価する見事な用兵です」
戦場で握手を交わした時、ヤン大尉は折り目正しくジェイドに敬礼し、こう言った
「恐れ入ります。しかしながら勲章を賜るべきは私ではありません。仔細は勝利の後に」
ケセドニア北部戦争での功績により、新皇帝ピオニー九世から皇帝勲章が贈られたのは2名。
マクガヴァンから元帥勲章が贈られたのは1名。
まず皇帝勲章の一人はジェイド・カーティス少佐だ。
この度大佐へ昇進した。
謁見の間で行われた叙勲式では、ピオニーがしごく真面目な顔をしながらジェイドの胸に皇帝勲章をかけた。肩にはビロードのような柔らかな光沢をもつ式典用のマントがかけられる。
諸将の拍手の中、ピオニーはこうべを垂れるジェイドにそっと囁いた。
「今度あの子と合コンをセッティングしてくれ」
「勲章のメダルでぶん殴りますよ、陛下」
笑顔で握手が交わされて、はたから見ていれば「よくやってくれた」「もったいないお言葉です、陛下」と会話をかわしているように見えるが、実際にはお互い力いっぱい相手の手を握り、手の甲の骨をゴリゴリ締め付けている。
「あの子」とは元帥勲章を受ける凛二等兵のことだ。
彼女は、軍の養成学校で三年課程の座学科目を一年で修了したが、実技系科目でことごとく「不可」の判を押され落第、一年生をもう一度やって二年で養成学校を卒業してきたばかりの若者だった。座学課程を飛び級する学生はそれほど珍しくはないが、実技の全科目で不可をとる学生は稀である。
並ぶ諸将は「あれは誰だ」と心の中で思っていた。
彼女が軍情報部作成の偽身上書で養成入学したことはごく一部の人間しか知らないことであるし、二年も経てば情報部でさえも忘れかけていたくらいだった。
「つうかなんで男二人が皇帝勲章であの子だけ元帥勲章なんだよ。なんて俺がかけちゃダメなんだよ。あれってマクガヴァンのじーさんが若い子のおっぱいに触りたいだけじゃないのか。おまえかわいくないしヤン大尉はスキンヘッドのおっさんだし超怖ぇよ」
「彼女は准尉への昇進ですので、規則どおりかと思いますよ陛下ざまーみろ」
「こんのやろう勲章引っぺがしてそのメガネの枠にはめ込んでやろうか」
にこにこ、にっこり
ジェイドへの勲章授与が終わり列に戻る。
続いて二人目、ヤン・フォン・ライデン大尉の胸に皇帝勲章がかけられた。
将軍、佐官の全滅により急遽二個連隊の指揮官となったヤン大尉は、その作戦と用兵は凛二等兵からの助言によるものであったことを戦争終結後に報告した。指揮官の不在に混乱する最中、「階級は最下級、爵位もなく、女で、年齢も低い自分が言っても効果はない」として、ヤンに執り行ってもらうことを頼んできたという。
「続いて、元帥勲章の授与を行う」
皇帝の横に控えていた元帥が、ピオニーに一礼してから前にでる。
ゼーゼマン参謀総長が式次第の次項を読み上げた。
「村雨・凛二等兵、前に出よ」
呼ばれ、セーラー服と機関銃ならセーラー服のほうが似合うであろう、軍服の少女が敬礼の格好で1歩前にでた。
定められた序列に従って絨毯の両脇に並び立つ諸将の最後尾であった。
ジェイドは左列を成すひとりとして、彼女が絨毯の真ん中を養成学校で教わったとおりに進んでくるのを見ていた。
かつて白かった頬や額、鼻の頭は赤みを帯びている。強い日差しに長時間さらされると褐色にならず赤く腫れる体質はジェイドも同じだ。
いにしえの王は、マルクト帝国の今上帝の御前で笑うことも照れることもなく、窓の外を眺めていたのと同じ顔で、ただぼんやりと小さな胸に元帥勲章を戴いた。
その日を以って凛二等兵は凛准尉となった。
凛准尉は翌月、第八師団で空席の多かった少尉へと昇進した。
発見した時から数えれば、三年と2ヶ月。
19歳。最年少はジェイドが更新したが、女性では最年少かつ最短での少尉就任であった。
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