それからというもの、小競り合いはあれども大規模な戦闘に発展することはなく、緊張感の中にも穏やかな日常が続いた。
その穏やかな日々に投じられた第八師団の少尉の傾国ぶりは、第三師団の私のところまで聞こえてきた。
さらには、私の執務室の足元からも聞こえてきていた。

「なあジェイド。少尉を呼び出してくれ」

足元の隠し通路から顔を出した皇帝陛下がそんなことをいうものだから、陛下の御意のままに動く忠実なるマルクト軍大佐は応えなくてはならなかった。

「わかりました。では先日彼女に振られてヤケ酒ならぬヤケコーラを2リットル一気飲みして病院に運ばれた胃の弱いエッジ少尉を呼んでまいります」
「違う!少尉!」

私は忙しく筆を走らせながら、床から出てきた皇帝を無視した。
ブウサギも二匹出てきた。

「おまえが拾ってきたんなら、別の隊だって呼び出すくらいできるんじゃないのか」
「呼び出したいなら陛下が呼び出せばいいじゃないですか。”皇帝勅命”、得意でしょう」
「特技じゃねえよ。それに俺はただ会ってみたいのっ」
「王様同士気が合うかも、ですか?」

陛下は土足のままソファーに寝っ転がり、その上にブウサギが乗りあがる。
皇帝と畜生の無作法にふつと湧き上がった苛立ちをなんとかおさえ、指先でメガネを持ち上げてため息を落とす。

「王様というのはどうして王様らしからぬ人が多いのでしょうねえ」
「生まれながらの王ではないからな」
「彼女は生まれながらの王だったそうですよ。世襲制で、先王であった母親が出産で亡くなったそうです」
「ふうん」

マルクトの皇帝陛下はあおむけで、ブウサギを両手で持ち上げて遊んでいる、ふりをしている。
過去の経験からピオニーが生返事をするときほど、何かをよく考えているときだった。

「滅んだ国の王の心境というのを、ぜひ聞いてみたいね」
「後学のために?」
「後学のために」
「くだらないことを言っていないで公務にお戻りください」
「つまらん奴め」
「実直な軍人ですので」
「あと色々知りたいこともあるし」
「スリーサイズ開示の皇帝勅命を出せばいいではありませんか」
「それも知りたい。だがあのぼんやり顔の奥で何を考えているのかはとても気になる」

よっこいしょ、と言いながらソファーから起き上がった。
そして陛下は部屋の隅っこに流し目をしている。
はたして何を考えているのか。
滅んだ国の王と滅んでいない国の王、片や城に閉じ込められた王、片やケテルブルクに閉じ込められた王。本当に王の孤独でも分かち合いたいのだろうか。

「うー若いかわいい女の子といちゃいちゃしたい。そんなイベントがあればいいのに」
「…」
「なんで黙るんだよ」
「いえ、別に」
「うぉー!合コンしてみたーい!女の子にわんさか会いたぁい!」
「陛下。スケジュール管理は家来に任せても結構ですが、ご自分主催の式典くらい覚えておいてください」
「なんのことだよ。遠まわしに言うな」

うず高く積まれている資料の中から小冊子を取り出す。

「明日ヒトハチマルマルより、大広間にて皇帝主催の満20歳の兵士を対象とした成人式典が執り行われます」

ピオニーがブウサギを押しのけて鼻息荒く小冊子を覗き込んだ。

成人式典のしおり

「ドレスコード有りですので、デコルテをあらわにした華やかな衣装を着た大勢の若い子たちを目の前でご覧になれますよ」

にっこり

「!」

「ちなみに少尉は書類上満20歳です」

にっこり

「!!」

「よかったですね陛下」

ピオニー九世は一旦停止し、それから床穴に下りた。

「俺、帰る」
「お気をつけて」

にっこり

「帰ってさっさと公務済ましてエステでピッカピカにしてもらうぞ!俺はやる!やるぞ!じゃな、ジェイド」
「はい、陛下」

にっこり



ようやく静かになった。

「ちなみに男性7割ですけどね」

今の声はテンション上げ上げで帰って行った皇帝陛下には聞こえていない。
明日は慣例として上官も参加が義務付けられている。上官は軍服参加だ。
運動会で競技に教員が参加すると盛り上がるのと同じで、盛り上げるために上官もダンスに誘うことができる仕組みとなっている。
成人式典は通称「大人ダンパ」と呼ばれており、無礼講という暗黙の了解があるのだ。

「さすがに皇帝陛下は誘われませんし誘うこともできませんけどね」

これもまた皇帝陛下には聞こえていない。



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