ダンスの間、それ以上の会話はなかった。
表情からは初陣で異常に見事な用兵をした少尉の頭の中をうかがい知る事はできなかった。

「ありがとうございました、大佐」
「こちらこそ」

暴く前に二曲目の円舞が終わり、お辞儀で別れるとゼロ距離にマクガヴァン元帥があり、少尉の手を奪い取っていった。

「ジェイド坊や、陛下がお呼びじゃよ」
「了解いたしました元帥閣下」
「はよ行け。そして少尉はわしとダンス」

少尉の腰辺りまでしかない元帥とどうやって踊るのかは興味をそそられたが、皇帝陛下の呼び出しとあらば。













ジェイドが二階席に入ってくるとゼーゼマン参謀が「あとは頼んだ」と行って、ホールへ下りていった。
皇帝は椅子に座ったまま、貧乏ゆすりと、舌打ちと、指を高速でトントンしながらジェイドを迎えた。
優雅な宮廷音楽とは正反対のご機嫌らしい。

「おまえ、減俸」
「謹厳実直な軍人を捕まえて無体をおっしゃる」
「おまえが俺に何をしたか、胸に手をあてて考えてみろ」

ジェイドはとぼけた顔をして左胸に手をあてた。
皇帝勲章やらなんとか勲章やらかんとか勲章やらがぶら下がっている。

「うーん、皇帝勲章に見合う働きをしたくらいしか思い当たりませんが」
「こんのやろう」
「ああ、もうひとつありました。陛下には大変申し訳ないことをしたと反省しております」
「そう、それだ!」
少尉の胸部の感触」
「うぉ、おま、ちょ、おまっ」
「彼女、意外と着やせするタイプみたいですよ」
にっこり

「お、おま・・・それ、テメ・・・この・・・もう皇帝ヤダやめる」

「はいはい」
「・・・ちぇ。絵になるお二人ですこと。死霊使いといにしえの王、なんて。演劇かおまえら」
「畏れ入ります、陛下」
「おまえについては貶してんだよ」
「おやー、そうだったんですか。陛下の御意を汲み取れず申し訳ございません」

ピオニーは嫌味合戦ではジェイドにかなわないと知っているから、椅子に深く腰掛けなおした。少々だらしない格好になっているが、皆ダンスに夢中で誰も二階席を見ていない。ホールではゼーゼマンもアスランもノルドハイム将軍も若い女性と踊っている。マクガヴァン元帥にいたっては少尉と両手をつないで左右に振り回しているだけに見える。

「なあ、ジェイド」
「はい」
「あの子はどんな子だ」
「温厚な人物かと存じます、陛下」
「誰に似ていると思う」

またその話か。
どうもピオニーは亡国の王を彼自身に重ねては同じ場所はないかと探しているふしがある。
それが、同じ立場の者同士痛みを分かち合いたいのか、舐めあいたいのか、あるいは本当に国を滅ぼした王から滅びぬための政を習おうとしているのか。似ているところなどほとんど無いと何度言っても、彼の少尉・・・いや、“陛下”に対する興味は尽きない。

「陛下ほど異性に絶大な興味をいだいてはいない様子です」
「そうじゃない。その、なんつーか。美少女を悪く言いたくはないが」
「はい」
「よくない」
「本人も、勲章ものの働きをしておいて陛下にそう言われては驚くでしょうね」
「ヤン大尉、あ、いや。今は中佐か。彼が言っていた。少尉はぼんやりしていたと」
「まあ多少、ぼんやりしていますが」

ピオニーは見た感じ“ぼんくら”ではあるが“ぼんやり”はしていない。彼の言葉を待った。
流麗で華やかなワルツの音楽が遠い。

「国境線で指揮官がほとんど全員死のうが、砲撃を受けて真横の壁が吹っ飛ぼうが、輪姦されそうになろうが、ただぼんやりと立って、歩いていたそうだ」
「・・・」
「何も誰も思考にも視界に入れずに走っているように見える」
「・・・」
「ああいうの見ていると、誰かさんみたいで一発ぶん殴ってやりたくなるんだよ」
「・・・」

こちらが黙っていると、ピオニーは幼馴染の顔をしてきゅっと唇の端を上げた。

「痛くてびっくりしたろ?」
「・・・ええ、とても」

指先でメガネを持ち上げて表情の7割以上を隠した。



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