「以上、第八師団第一歩兵小隊30名の殊勲章授与を終了する。列に戻りなさい」

ノルドハイム将軍直々の授与式は列席する将校の拍手を以って終わった。
まだそばかすの残る、日焼けした青年小隊が誇らしげに、そして照れくさそうに列の最後尾へ戻っていった。
謁見の間は、首座の背後からさし込む陽光をステンドグラスが受け止めて、皇帝色であるロイヤルブルーの淡い光をあしもとに落としている。
中央には青い絨毯、その先にたった三段の低い階段があり、二つの玉座が並んでいる。
未だ片方が空席であるのを見ると、年老いた重臣の心休まらぬ日々をおもわずにおれない。
かくいう私も陛下の一歳年下なので、多くは言うまい。

「続いて、ピオニー九世陛下より皇帝勲章の授与を賜る」

ゼーゼマン参謀が書簡を開いて読み上げる。

「第八師団第一歩兵小隊所属 少尉」

ワルツのステップよりもよほど慣れた動きで、中央の絨毯まで歩み出た。
私の前を通り過ぎる。
相変わらず美しい人だ。
そしてぼんやりした目は、ただ前を向いている。
似ているだろうか。
あの頃の私はほとんど鏡など見ず、省みることも無くわき目も振らずただ前を
(前だと思っている方向が後ろだということを知っていることを知らないことにしながら)
ただ前を



天井の高い謁見の間に少尉のブーツの音のみが響き、ひざまずく。



「東ルグニカレムデーカン海戦、並びにシルフデーカン海戦における功績に対し、皇帝勲章を授与する。また、本日ただ今を以って、第三師団への配属を命ずると共に、今後の働きに期待し中佐への昇任を申し渡す」

陛下が立ち上がり事務長官の持つケースから、ミスリルメダルを手に取る。メダルの上にはロイヤルブルーのラインが入ったリボンが付いている。
かしずいていた少尉が静かに立ち上がり、皇帝の手によってこれを左胸に戴いた。
音一つない謁見の間に、まず拍手で沈黙を破ったのはマクガヴァン元帥老だった。
さざ波が広がるように将校らから拍手が送られる。
彼女の部下の拍手はいっそう大きな音だ。
私もまた義務として手を打ち鳴らす。
胸を揉まれる事もなく、速やかに済んだ。
陛下から手を差し出されて、彼女はそれに応じた。



「また会ったな」
「…はい、陛下」

続く拍手の中で、会話は二人にしか聞こえない。
ピオニーはいたずらっぽく笑ったが、少尉は悪意も好意もこめられていない表情で彼を見る。

「よくやってくれた。今後の働きに期待する、と言いたいところだがずいぶん顔色が悪い。しばらくはゆっくり休養をとるといい」
「ありがとうございます、陛下」
「無茶はしないこと」
「はい」

淀みなくそう返したが、ピオニーの目には本当に苦しそうに見えた。
今すぐ首の詰襟のホックと下着のホックをはずしてやりたい気持ちになって、やめておいた。

「なにか望みはないか」
「亡くなった兵士たちの家族に、どうか寛大なるご配慮を賜りますようお願い奉ります」
「もちろんだ。あなた自身はないのか」
「はい、陛下」
「そうか。欲しいものがあったらこれから上官になる陰険な眼鏡に言うといい」

返す言葉に困ったかのように立礼をした。






「以上、中佐の皇帝勲章授与を終了する。中佐、列に戻りなさい」

式典は終わる。
陛下が昔の幼馴染を見るような顔を皇帝の顔に直して、玉座に戻った。
さきほど一瞬だけ「陰険な眼鏡」と聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。
少尉、改め中佐が踵を返す。
美しい姿勢で一歩目を踏み出し、二歩目で青い絨毯へ崩れ落ちた。

「少尉!」

少尉は立ち上がろうと右腕を支えにすぐに上体を持ち上げたけれど、再び崩れ、それきり動かなくなった。
玉座を弾いて駆け寄ろうとしたピオニーはノルドハイム将軍によって阻まれる。
ピオニーが寄るまでもなく周りの将校がぐったりした少尉の身体を抱き起こした。
誰も彼もが「少尉少尉」と繰り返す中で

「ジェイド!」

謁見の間にピオニーの怒声が響いた。
未だ拍手をしていたのと同じ位置に立っていた私を、形容しがたい形相で睨みつけている。

「これはおまえだ!」

うるさい






ピオニー九世の一喝で絨毯に歩み出たジェイドは、女の身体を乱暴に揺すぶりながら、「少尉!少尉!」と呼びかける体育会系中将の肩に手を置く。

「あまり不用意に揺らされませんよう」
「そうだ、カーティス大佐なら医療の心得がおありだ」

誰かが丁寧に援護してくれた。

「私は医者ではありませんので早く本職を呼んで下さい。そこの若い人たち、ダッシュ」
「「「は、はい!」」」

小隊の30名は、謁見の間の門番が飛び上がるほどの勢いで飛び出していった。

「それと、畏れ多くも陛下におかれましては急ぎこの場からお離れあそばしますよう。感染る病やもしれません」

この至極君主想いな大佐の発言は、ピオニーの耳で聞き取ると「さっさと引っ込め」と聞こえた。



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