さっさと行って来いとピオニーに追い出され、王宮に隣接する研究所に案内した。

研究しかしないわりにここの来賓室は妙にアンティークな作りをしているのがいつ見ても奇妙だ。
鍵を開ける。

オブジェとしての暖炉、暖炉の上には絵画、部屋の中央には二人掛けのソファー、そして猫足のテーブルがある。
テーブルの奥にはまたソファー。

「少尉はここで待っていてください」

言いながら遮音・遮光効果のある重いカーテンを開けると、明るい午後の日差しが満ちた。
壁は四面のうち一面がすべてガラス張りになっていて、研究用植物園を上から覗けるようになっている。
「私は手続きをしてきます」
少尉はいつものように悪意も好意もなく「はい、大佐」と答えた。
「それと」
部屋を出る前に言っておかねばならない。
「あなたの解凍作業では人命を優先しましたので服の繊維は一部壊れています。とても着れる状態ではないと思いますがよろしいですか」
「はい、大佐」
さっきまで皇帝の私室にいた”動揺する少尉”が嘘のように、いつものまま。






長方形のガラスケースに入った衣装。血塗れた痕がはっきりとわかる。
手のひらを広げたよりも大きな血痕がいくつも連なっている。白い衣装だったろうが見る影もない。
こんなものでいいのだろうか。
汚したのは我々ではないが。

「お待たせしました」

少尉がソファーから立ちあがる。
火のない暖炉の上にガラスケースを置き、長い四角に折りたたまれた服の下に両手を入れ、すくいあげる。
「やはりかなり汚れています。これは洗っても落ちないでしょう。本当にこれでいいんですか?」
持ち上げた服の下にもうひとつ長い布が幾重にも折りたたまれているのに気づいた。それに気をとられる。
確か発見当時、彼女の腰に巻かれていたものだったと記憶している。
少尉は両手で戴いた。
声もなく受け取って眺めた。

「もうひとつありますね。少尉こちら、は・・・」






落涙を見た。



表情のない顔から、ほた

目を動かしてもないのに、ほた、ほた

少しずつ息を吸い込む
息と一緒に細い肩が持ち上がる
引き結ばれていた唇がわななく
頬が
まぶだが
まなじりが
やわらかな額がこわばりほころび吸ったきり外へ溢れなかった空気がさいごに



「もう いないの?」



すがるように私に問うた。

その言葉で、という子供がひとりになってから今まで生き続けていた理由を知る。
タルタロスで私に「あなたの都は滅びた」と言われたあとの瞬間のまま

息をのんでびっくりしたまま、あの子供は今まで息を吐くのもわすれていた。

私の声はただ真実だけを言う。



「もういません」



子供が声をあげて泣いた。

私の喉は千切れるといい。



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