「お帰りなさいませ旦那様。おや、ずいぶんお寒そうな格好で」

いつものように深夜に帰宅(帰らないほう方が多いが)したこの屋敷の主ジェイド・カーティス大佐を、老執事ラーベナルトが丁寧に迎えた。
エントランスの正面にある中央階段から主を見つけたラーベナルト夫人も、一礼してから屋敷のあかりを付け始める。ダイニングと彼の部屋はすでに暖炉の火で温めてある。

「遅くなりました」

ジェイドは雪の降りそうな寒さの中、コートも羽織らず帰ってきた。
「申し訳ありませんが来客用の部屋を用意してもらえますか。・・・少尉、中へ」
彼が外に向かって言うと、ドアの隙間から軍服姿の美しい女性が入ってきた。

「・・・夜分に申し訳ありません」

珍しい出来事ではあったが老執事夫妻はたいそう目のしわを深くして、美しい客人を迎え入れた。






「彼女は少尉です。止むを得ない事情により今晩はここに泊まってもらうことになりました。少尉、こちらは執事のラーベナルト夫妻です」
「これはこれは、嬉しいお客様でございます」
「お世話になります」
「さあ様、お寒いでしょうどうぞ中へ。ああ軍の方は少尉さんとお呼びしたほうがよいのかしら」

もてなしがいのない主の帰宅よりも、もてなしがいのある少尉さんを喜んだ。
少尉は夫人の勢いに気圧されながらも「で結構です」と控えめに苦笑した。苦笑ではあるけれど、あのぼんやり顔の少尉が表情をやわらかくしたことにジェイドは内心驚いていた。
そういえば来賓室での困りっぷりと腹が鳴ったときの態度も新鮮だった。
泣かれるのはもうご免だが。
夫人は少尉の顔を見て何かに気づいて、二歩下がって少尉の身体を上から下まで見た。
そして
「まずはお風呂ですわね、ウフフ」
と喜んだ。
「事の後」と見たらしい。

「少尉の名誉のために言っておきますが、夫人が勘繰っているようなことはありません。私は先にお湯をいただきます」
「旦那様、お食事はどうなさいますか」

中央階段の手すりに手をかけたところで振り返る。

「軽いものを用意してください。ああ少尉」
「はい、大佐」
「あなたは多めがいいですか?」

ジェイドが悪い人のする顔で言うと

「軽めでお願いいたしま・・・」

語尾が恥ずかしさの末に消えた。







客人はラーベナルト夫人に案内され、きれいに掃除された客室へ通される。
この屋敷には執事夫妻とジェイドしか住んでおらず、カーティス大佐邸らしく静かなものだった。
夫人は部屋へ入るなりバスタブに湯を張りに行った。部屋はまだ冷たい。
天蓋の付いたベッドがあるが毛布も枕もシーツもない。

「シャワーが終わる頃にはお湯もきっと溜まっていますわ。着替えもご用意しておきますねえ。いつかこういう日がくるだろうと思っておりましたので下着の替えもありますよ!」

ふくよかな夫人は誇らしげに胸を張った。

「さあさあどうぞ。わたくしどもは旦那様のお帰りに合わせていつも夜から働き始めますので、遠慮なさらずなんでもお申し付けくださいな」

客人は背をぐいぐい押されてバスルームに進まされた。
夫人は軍服と一緒に薄汚れた布を洗うことを申し出てくれたが、着物のほうは丁寧に断った。



<<    >>