二年目

重い気分で明るい顔を貼り付け、病室へ足を踏み込んだ。
パァン!
とクラッカーから紙テープが飛び出してジェイドに引っかかった。
パァン!をした本人は「いらっしゃいませ、軍人さん」とベッドの上から全開の笑顔だった。眼鏡と頭に引っかかった紙テープを笑顔で解いて
「またお会いしましたね」
と言いながらジェイドはこぶしの中で紙テープを握り潰した。

握りつぶしながら驚いた。
伸びっぱなしだった髪はきれいに切り揃えられ、背も伸び、ツルペタだった身体にはわずかな凹凸。
パジャマではない。ふっくらとしたワンピーススタイルのルームウェアを着ている。服のサイズはちょっと大きすぎるように見えた。
子供が一年で明らかに「少女」になった。
満面の笑みは相変わらずだが。

といいます」
「知っています。ジェイド・カーティス大佐です」
「・・・たいさ」
「六ヶ月ほど前に大佐になったんですよ」
「大佐って少佐の上?」
「上ですね」
「わぁ!すごいねえ、おじ・・・おにいさんまだ32歳なのに」
「おや〜言っていることと言い間違えたことが違っていますねえ」

言いながら背もたれのない粗末な椅子に腰掛ける。
は自分の腰から下にかかる毛布の柄を見ながら、ひとりで「ふふ」と嬉しそうだ。

「もう来ないと思っていました」
「毎年恒例なので仕方ありません。一昨年までは市街の清掃だったんですがねえ」
「わたしは嬉しいです。一年の成果を見せたかったんです」
「成果」

繰り返して尋ねると、はもみじだったはずの、いまやきれいな爪の形をした手をぎゅっと握り締めた。
同時に大きく息を吸い込み、止める。
ぐりんと勢いよくこっちを振り向いた。

「かわいくなりましたか!?」

「・・・」

ジェイド・カーティスともあろう男が勢いに気圧された。
沈黙は否定と受けとり、はうなだれる。

「た、確かにカーティス大佐レベルには、まだ届かないですけれど・・・」

ジェイドは何も言っていないが、の中ではジェイドが「まだまだ私には及びませんね」というようなことを言った事になっているらしい。

「何が足りないのかしら、何が」

は一人でぶつぶつ言って考え込んでいる。ベッドの下からなにかまさぐりだして、それは雑誌のようだがジェイドの目の前でめくりだした。

「やっぱり求められているおっぱいはCカップ以上・・・」

雑誌のページ内の円グラフを見つめている。
『大調査!!男のホンネ☆』と大きく書かれているのが視界に入った。
そしてはこちらをちらっと見る。

「・・・おっぱいはC以上が好きでしょうか」

「なんの話ですか」

ぴしゃりと言い返す。



聞くところよれば、は去年散々呟いていた「はやく大人になりたいなあ」を叶えるために努力したのだという。
嫌いなグリーンピースを食べ、美肌マッサージ、美容体操にいそしみ、骨折で入院していた美容師に髪の切り方を習った。
さらには内面から美しく成長するために勉強もしたのだそうだ。
そうこうしている間に成長は促され、背が伸び体つきが丸みを帯びて、着れなくなったパジャマは捨てて新たにカワイイ室内着をしつらえた。

「本当はお化粧したかったんです。でも化粧品ってすごく高くて、これ、このリキッドファンデは8000ガルドもするの」

ジェイドに女性ファッション誌を見せた。

「雑誌を見せられましても、残念ながらあなたへのプレゼントはマルクト君ノートセットと花束です」
「わあ、かわいい花束。ありがとう」

手ごろなサイズのピンクを基調としたブーケは、今のサイズのに良く似合った。
16歳未満は絵本、16歳以上は花束と決まっているらしい。10歳以上は花束にしたほうが無難な気もするが誰も指摘していない。

「おじ・・・おにいさんのチョイスですか」
「いいえ、軍でまとめ買いした徳用ブーケです。それから私のことは“おじ・・・おにいさん”以外の呼び方をしていただけますか」

マルクト君ノートセットを受け取りながら、ははにかんで笑った。

「それじゃあ・・・ジェイド」
「おやおや、慣れ慣れしいですねえ」
「カーティス大佐って呼ぶと、きっと来年には別の名前になっているもの」

言いながらはやっぱり笑っていて、去年と同じくジェイドのささいな嫌味を気にしていない(理解していないということはなかろう)様子だ。

「さすがに来年はまだ大佐だと思いますが、よろしいでしょう」

は花束を持ったまま「仲良くなったみたい」と嬉しそうだ。
ジェイドは病室内に視線をめぐらせて花瓶を探す。
無い。

「花瓶はどこかにありますか?」

この部屋にあるのは粗末な椅子、ベッド、ベッドの横に二段の低い棚、ベッドの下に雑誌が三冊重なっている。白いカーテン、窓。
改めて見回せば、殺風景にも程がある。
16歳の女性の部屋に入ったことは無いが、投獄された囚人だっていま少し私物を持っているものだ。

「花瓶はないです」と言った顔が恥ずかしそうだった。
「そうですか。では受付で借りてきます」

背を向けた向こうで「うん」とうなずく声がした。
声は一年前と変っていないのに、寂しげな声のような気がした。







「ああ、ちゃんのお部屋ですね。花瓶この前返したきりだったから」
「返した?」
「この前まで執事のおじいさんが来てくれていたんですけど、亡くなったそうでもう使わないからって。ほら、あの子、ホド戦争でご両親も亡くなっているでしょう?ご親戚もお見えにならないし。本当はこういうこと話ちゃいけないんですけど」

ジェイド・カーティス大佐の容姿と紳士的な言動にご機嫌になった受付の看護婦さんは、懇切丁寧にの事情を話してくれた。

「でもあの子、“軍人のおにいさん”に会うのを本当に楽しみにしていたから。どうか仲良くしてあげてくださいね。あの子には成長は毒なのだけど心が育つと身体も育ってしまうものなんですよ。ずいぶん痛いでしょうにね」

手ごろな花瓶を受け取り、ジェイドが戻るとはまだブーケを手に持ったままの格好でいた。
ジェイドを見つけると満面の笑み。
軽くてふわふわして見えるその嬉しそうな顔が、ジェイドに対する期待でできているのだと思うと重苦しく感じた。
仲良くするのは好ましい結果を生まないだろう。
そのように思われた。








食事の時間の時間を知らせるチャイムが鳴った。

「時間ですね、行きましょうか」

とりとめのない話を中断し、ジェイドが先に席を立つ。

「それを取ってもらえますか」

はベッドの上から車椅子を指差した。

「足、すこし痛くて」
「そうですか」

ベッドに寄せる。

「手伝いますか」
「平気です。余裕です」

余裕なはかなり頑張って一人で椅子の上に移った。
成長は毒。






 5.レクリエーション

食事の後のレクリエーションは今年も新兵による人形劇。
長期入院している子供からは「またかよー!」と素直な野次が飛んだ。野次を飛ばした坊やはのすぐ横の席にいて、彼女は何食わぬ顔でポカっと坊やを殴った。「イテ!」と声が響く。
パジャマ姿の坊やが恨めしそうにを見上げる。

「いまちゃんぶった?」
「ぶった」

罵声がくるか、泣き声がくるかとジェイドが観察していると、パジャマの生意気坊やはがツンと前だけ向いているのを見、
「・・・怒った?」と恐る恐る尋ねた。食堂には暗幕が引かれ、人形劇の始まりだ。

「テンちゃんが拍手をたくさんしたら怒らない」
「じゃあするよぅ」

“テンちゃん”はややふてくされた様子だったが椅子に正しく座ってパチパチパチパチと小さな手をこれでもかと打ち鳴らした。
まわりも劇の始まりに拍手する。始終を観察していたジェイドは感心して言った。

「さすが11年目のベテランは貫禄が違いますね」

言われては恥ずかしそうに拍手をした。すると彼女の横からひょっこりと坊やが顔を出す。

「おいメガネ!おれのおんなナンパしてんじゃねえ!」

その場にいた全員が振り返る一瞬前にゴツンと16歳の拳が落ちたらしく、「イッテェ・・・!」と”テンちゃん”が呻いた。



お返しは今年も子供達の歌。
バラバラと、子供達がまとまり悪くひな壇に集まっていく中、はジェイドの横で車椅子に座ったままだった。

「今年は歌わないんですか」
「わたしもう子供達から見たらおねえさんだもの。あの中にいたら変です」
「そうですね」

座り心地の悪い食堂の椅子に足を組みなおす。

「ジェイド、本当にそう思います?」

さぐる視線が向けられた。
この視線の意味はなんだろうかとジェイドは考える。
大人っぽく見えますか、と乙女の瞳が尋ねているように見えた。

「さあ、どうでしょう。私の歳から見ればあなたも”テンちゃん”も同じようなものですから」

目を見ずに言うと、は「そうね」と言いながらひな壇の方向に向き直った。
子供達のふぞろいな金切り声の歌。
はそれからずっとおとなしかった。

(不快な空間だ)







 6.おれい

さすがに16歳からは折り紙のペンダントは贈られなかった。
贈られたのは押し花のしおり。

「かっこいい色ですね」
「そうなの、かっこいい花を選んだの」
「ありがたく使わせていただきましょう」
「うん。今日は来てくださってありがとう。また来てね」

ジェイドが「では」と言って背中を向けるまでは満面の笑みを作っていた。
なかなか根性があるなあと思ったけれど、その根性は失恋でへし折れていただき、しばらく成長することを取りやめるほうが彼女のためだ。
一年に一度の慈善活動にふさわしい行いだろう。






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