天を射る矢の幹部のものにしてはかなり小さい、生活感の無い部屋。
普通を知らないは、あまりにも家具の少ない部屋になんの疑問も持っていない様子だ。
男の部屋に連れ込まれて襲われる、という危機感も持ち合わせていないんだろう。
この調子だと目の前で着替えて心臓魔導器見られても「男の身体はそういうものなのだ」くらいに思ってくれるかもしれない。
一応隠すけど。

「シャワーとトイレはそこ、キッチンはここ。シャワーは水しかでないしキッチンあるけど調味料しか置いてない。シャワールーム石鹸しかないんだけどシャンプーとか使う?なんか食べ物買ってくるから使うなら歯磨きとかと一緒に雑貨屋で買ってくるよ。あと食べたい物ある?」

矢継ぎ早に言われて聞き取れなかったんだろうか。は最後の問いにだけ答えた。

「食べるものは、四角い固形食糧を食べます」

指でマッチ箱くらいのサイズを示している。

「それカロリーメイトみたいなもん?」
「カロリー・・・?」
「まあいいや、適当に買ってくる。好きに使っていいよ、滅多に帰らないから使ってないんだわ」

返事を待たずに扉を閉めた。






食料と各種生活必需品を買って戻ると、はすでに寝ていた。床で。
「ベッド使えばいいのに」
まさかベッドまで知らないということはあるまい。俺に遠慮した、とか。それこそまさかだ。
一瞬死んでるのかと思ったが、うずくまる格好の肩がゆっくりと上下しているのを確かめてほっとした。
彼女に貸した羽織が大きめなのがまだよかった。毛布がわりになっている。
ホントにカロルかリタを相手にしているような気分になるなあ。
よいしょと持ち上げベッドに寝かせた。












「最初は、腹筋30回3セットから。イーチ」

しばらくしたら他の満月の子らと同様には帝都で保護してもらうことなるだろう。
帝都に戻るために、あるいは帝都に戻った後もこの筋力の低さはあらゆる面で支障をきたす。
よっての筋トレをすることからはじめた。床に寝転がってレイヴンが最初にお手本の腹筋をやってみせる。

、イーチ」
「・・・っ・・・っ」
「イーチ」

レイヴンの掛け声だけがむなしく響く。
顔は頑張っているが腹筋一回もできない。新米騎士の練兵と思えばいいと思っていたレイヴンはそうもいかないと知る。
腹筋30回3セットは10回1セットへの切り替えを余儀なくされた。

「じゃあ次、腕立て・・・なんだけど平気?」

30分かけて腹筋10回がよやく終わり、次のメニューに行きたいところだがが息切れで死にそうだ。

「腕立てってこうやって、手を床についてなるべく頭から足まで直線にしたままこうするんだけど」

でき、ないよなこれは。
ところが息切れするは手を床についてレイヴンの真似をしはじめた。

「そうそうそんな感じ。んで、腕まげて床に近づ」

ゴン!

曲げた腕が耐え切れずデコから床にぶつかった。

「だめだこりゃ」






「まずはウォーキングからにすればよかったね」

床にぶつけて切れてしまった額を手当てしながら話す。

「ウォーキングとはなんでしょうか」
「お散歩」

「散歩はしたことがあります。昇降魔方陣で色々な場所へ」とは頷いた。
昇降魔方陣で色々な場所へ行くのは運動にならんだろと思ったが黙っておいた。

「消毒液で血ふくからちょっと動かないで。目の上だから目しみるかも、閉じて」
「お願いします」

は言われたとおり目をとじる。無防備だなあ。チューしちゃうよ?
思いながらも手は真面目に動く。傷口に脱脂綿をあてるとがビクと震えた。
白い肌に傷口が痛々しくてこっちまで痛いような気がした。

「痛いの初めて?なんか大切にされてたみたいだから」
「痛い思いをしたことはほとんどありません。オーマは私がケガをせぬように細心の注意を払って居住環境を整えてくれていました」
「そっか。はい、終わったよ」

ペタと絆創膏を貼って、おしまい。
はじっとまばたきせずにレイヴンを見た。
なに、と首を傾げるとまばたきして、なんでもないと首を横にふった。
なんだろうかと思ったけれどはすでにおでこの絆創膏の感触の方に興味を移していた。指で触っている。

「痛くても触らないようにね。もう痛いのは嫌でしょ」
「・・・痛いのは好きではありません」
「みんなそうさ。たまに痛いの好きって人もいるけどそれは人生の上級者だ。初心者のは痛いの嫌いで正解さね」

はまだ意味がわからない様子だった。
お子様にマゾヒズムの解説はちと早い。

「それじゃ、ウォーキングをかねた社会化見学に行きますか」






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