また紫の羽織を貸して二人で散歩に出た。
今日は大通りに市がたっている。

「あれは何だろう。水のように見えるものです」
「ん、あれは噴水。水が噴き出しているだけだけど見た目華やかだからああしてところどころにあるんだよ」
「丸いものがたくさん。これは何でしょうか。不思議な香りがしています」
「これはタコヤキ。屋台の定番さ。一箱買っ」
「向こうのものは?」

買ってあげようかと言う前に次の質問がきた。
このまま質問攻めが続くなら迷子予防に袖を引かなくてもよさそうだ。

「あれはええと、ああ、金木犀の木だ。いいにおいがする」
「こちらは?」



キルト、厚手の服を作ったりするものだよ。中に綿が入ってる。
とんぼ、虫の一種だ。虫知らない?まあ生きてるという点では人間に似てるかな。
募金箱、心とお財布に余裕のある人がお金を入れる箱さ。
小銭、単位はガルド。
肉、肉は肉だね。肉としか言いようが無い。あえて言うならおっさんは魚派です。
首飾り、これは説明しなくてもわかるか。
リース、ドアに飾る物だよ。うちの部屋のドアにはないって?そりゃあそうさ、これはテンションの高いおうちのドアに飾るものだから。
炭、木を蒸し焼きにするとこうなる。そう、こうなる前はさっき見た金木犀と同じ、地面に生えてる木だ。



「この粉はなんの粉だろうか」
「小麦から作った粉だよ。タコヤキもこの粉で作ってる」
「粉があのように丸くなるのですか、どのようにするのかしら。ではこちらは何に使うものですか」
「コンドーm・・・あ、いや、なんだろうね。知らないや」

さりげなくの背を押してその場から離れさせる。市場の店先で売るなっつの。
はなんだったのだろう、と後ろが気になる様子だ。いかん、気をそらさなければ。

「ああ、君の服を買おう。いつまでもおっさんの羽織じゃヤでしょ?」

は大きすぎる羽織の袖をきゅっと握って、脱ぐのを拒むように羽織の襟に首をうずめた。

「あなたの羽織は好きです。今しばらく着ることを許してもらえると嬉しい」
「うぇ!?」
「袖が大きい。こういった装いをずっとしてきたから、袖が無い装束よりも心が落ち着くように感じます」
「そ、そういう意味か。大人をムラム・・・ハラハラさせないでちょーだい」



ブラウス2枚
膝下丈のスカート1つ
靴下2つ
運動するためのハーフパンツとTシャツ

室内着のワンピース
下着だけはお金を渡して「お店の人に着方も教わっといで」と送り出す。「領収書の名前は”帝国騎士団”って書いてもらってね」とも言っておいた。
買った服の入った紙袋を両手に抱え、店からちょっと離れた木陰で待つ姿勢に入り、ふうと息をついた。

「俺ァ何してんだっけ」

他人をわざわざ地面の底か引っ張り出してきて、アルバイトを斡旋して(クビになったけど)、”レイヴン”の方の部屋に人をあげるなんてはじめてだし。体力づくり手伝って、服まで買ってあげて。(領収書は騎士団できってるけど)

やっぱりこれは同情なんだろうなあ。
オーマが死んで、自分にはもう役目がない、何を得たいとも思わないと言ったにシュヴァーンを重ねてさ。を、生き返っても死んだままだったシュヴァーンに見立てて優しくして励まして、もう一度希望溢れる生きる糧を見つけて欲しいって?アレクセイがしてくれなかったから。
優しいようでどうもエゴエゴしいね。
の方も俺の親切すぎる親切に隠れた暗黒面を疑っているのかもしれない。
俺のことさぐるように見るし、優しくしたって反応とぼしいし、全然笑わないし。
親切の奥を見透かされてたらはずかしいなあ。

もう一度ため息を落とした頃、小さめの紙袋を携えてがお店から出てきた。
よりかかっていた木から背中を離す。

「いいの買えた?」
「中にいた女性が丁寧に教えてくださいました。親切な方でした。良い物だと思います」
「中にいた女性ってそれ店員さんだ。君に下着売るのがお役目の人」
「そうだったのですか」

エステルに似た色の瞳をぱっちり開いて(それで親切だったのか、なるほど)という顔をしている。

「ともあれ、いいの買えてよかったね」

笑いかけたら、はじっとまばたきせずにこちらを見た。
なに、と首を傾げるとまばたきして、なんでもないと首を横にふる。
またこれだ。見透かされていませんように。






市場の散歩の最後は食料を買い込んだ。
「あれは何?」「これは何?」はまだ続いていて逐一答えた。かなり適当なことも言ってしまった気がする。

「3320ガルド頂戴いたします。こちらは3000ガルド以上お買い上げの方に差し上げておりますので、どうぞ」
「ありがとカワイイおねえさん」
「もう一個おまけしますね」
「嬉しいね。はい、3500ガルドでお願いします」

食料の詰め込まれた茶色の紙袋を抱えると、店内の雑貨を見てまわっていたも戻ってきた。

「もういいの?見てまわりたいなら待ってるよ」
「ほとんどすべて知らない物です。覚えきれないほどあります。ゆっくり覚えていきたいと思います。それよりあなたの腕は疲れていないだろうか」

の服の入った紙袋を5つも肘にひっかけて、食品が入った紙袋を右手に抱えている。

「大丈夫よ。おっさんこう見えてムキムキだから」
「むきむき」
「発音ちがうとミカンの皮むいてるみたいな感じになるなぁ・・・。力持ちだから大丈夫、ってこと」
「私もこれを持ちます」
「おや、手伝ってくれるの?」

は食料の入った紙袋を持ってくれた。案外普通の気遣いもできる子なん

ドサ!

レイヴンの足に食料品の入った紙袋が落ち、袋の一番上に乗っていたじゃがいもがごろごろと床に転がる。
忘れてた。この子お盆持てないんだった。







帰り路の石畳に長い影がおちる。もう夕方だ。
歩きながらさっきからが俯いて下の方ばかり見ている。
レイヴンを手伝おうとして荷物を落とした件がよほどショックだったのだろうか。

「卵も瓶モノも入っていなかったから全然問題ないよ」
「・・・」

う、またじっと見られた。
今励ましたのは別にシュヴァーンと重ねちゃって同情して、とかいうのではないんだけど。

「ゆ、床に転がったジャガイモだってどうせ皮は剥いちゃうんだし。大丈夫大丈夫」

じっと見られてる。
プレッシャーを感じる。

「足は痛くないだろうか」
「え?」
「重い物をあなたの足にぶつけてしまいました。血が出たりはしていないだろうか」

さっきから下見てたのはそれを気にしてたのか

「血が出ているのであればこの額のように消毒液をぬって、バンコウソウを貼ったほうがよいのではないでしょうか」
「ばんそうこう」
「バンコウ・・・ばんそうこう」

まったくの杞憂だった。
よかった。
見透かされてなんかなかった。

「はは、痛くないよ。なんだそうかびっくりした。そこまで深く考えてないか。そうだ、チョコ食べる?」
「ちょことはなんでしょうか。食べたことがない物なので教えて欲しい」
「甘いお菓子。おまけで貰ったけどおっさん甘いのダメだから。ホイ」

膝を上げて荷物を大腿で支え、茶色い紙袋から取って差し出す。

「周りのは銀紙だから、上を破って食べてごらん」
「ありがとう」

ペリペリペリ
パク
もぐ
もぐ

板チョコを折らずにそのまま縦に食っとる。

「き、気に入った?」

こくん

「そりゃよかった・・・けど」

そんなラーメン食べるみたいに口に入れたまま絶え間なく最後まで食い続けるものじゃないと思う。
うわ、もう食べきった。
は指の温度で溶けてくっついたチョコまでも、指先をちゅ、ちゅと吸ってとった。
食べ終わってゴクンと飲み込み、それでもコメントしないの頬がはにかむように赤みを帯びた。
やや目が潤んでる。
あれ、なんだろうこれ、前にも見たような気がする。とってもデジャブ。
あ、ユーリだ。
これユーリにスイーツを作ってあげた時の喜び方だ。

「えっと・・・もう一個あるけどいる?」

パッとこちらを向き、チョコを渡したら小さくだけれどはじめてが笑った。
なんだこれカワイイ。おかしい。
噴き出して笑いそうになって我慢した。












小さな部屋を二分するように紐を渡し、カーテンで仕切った。

「いいかい。寝るときははそこのベッド使って、俺は床の布団。このカーテンを越えないんだ。俺も越えないし、君も越えない」
「なぜだろうか」
「そりゃあ、その・・・もうちょっと大人になったら教えるよ」

男女七歳にして同衾せず、というけれど、お子様に同衾してはならない理由をどう伝えればいいんだろうか。
思いつかない。
う、こっちじっと見てる。

「じ、実はおっさん寝ぞう悪いんだわ。だからだよ」

はまだじっとまばたきせずに見てくる
ううっ、やっぱり善意の裏を疑われているんだろうか。

「じゃおやすみなさい」

早口に言って視線を遮断するためにカーテンを引き明かりを消した。
ちょっとあからさまだったが向こうも毛布に入った音がしたので、ほっとする。
ほっとしたのも束の間、

「あなたはなぜ優しくしてくれるのでしょうか」

じっと見る視線はなくとも、声だけしか聞こえないのはむしろ緊張を呼んだ。

「あなたは私のことを愛しているのだろうか。オーマは私のことを愛しているから優しくしてくれました
「ま、まさか!」

ストレートすぎる言い方にこっちが赤面する。

「おっさんは女の子には全員に優しいんだよ」
「そう」
「そうともさ」
「あなたのことをじっと見ていたのはなぜ他人の私に優しく接してくれるのか聞きたかったからです。不快な想いをさせたなら、すまない」
「・・・あ、ああ。ううん」
「それから気を遣わせてしまっているとも思います。あなたの部屋とベッドを使わせてくれてありがとう。食事も。なるべく早く体力をつけ、遠方の帝都とやらに行けるよう努めます。今しばらく迷惑をかけてしまうことをどうか許して欲しい」
「・・・」
「すまないレイヴン。ありがとう」



カーテンの向こう、音が途絶える。
いまさら思い出す
この人はあの醜いオーマの心を知ってなお慈愛を注ぎ続けた人。思考し、人の心を感じ、思いやることのできる人だ。
地上を知らず世界を珍しがるを子供だと決め付けて無意識にあなどった態度をとってはいなかったろうか。あなどられたことに気づかないほど幼くはないだろう。
なんだこりゃ
優しさの裏を見透かされるよりずっと恥ずかしいじゃないか。
カーテンを引いた向こうで、が声を殺して泣いていたりしたら俺はもう自分をぶん殴ってしまいたい。






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