「よかったよかった。今後は雨でびしょ濡れになるようなことはしちゃならんとわかったかね」

体温計の数字を読み取る。がすっかり元気になって一安心だ。
今日は天を射る矢の召集がかかっている。

「はい。ご迷惑をおかけしました」
「よろしい。それじゃおっさん行くね。帰りは夜中になるだろうからキッチンに作っといたご飯食べて」
「レイヴン」

ベルトに小刀を差し込んでドアを開けたところで声がかかった。

「あなたはどんな食べ物が好きだろうか」

食べ物?

「さばみそ、かなあ」
「さばみそ・・・。いってらっしゃい、レイヴン」
「ん?ああ、えっと、いってきまーす」



怪訝に思いながらもレイヴンは玄関を後にした。
朝のダングレストをひょこひょこ歩きながら(もしかして作ってくれたりするんだろうか)と想像してみた。
帰ったらエプロン着たが(おかえりなさい。今日はレイヴンのためにさばみそを作ってみたのです)なんつって。なんつって。

「同棲かっつの☆」
「なに嬉しそうに独り言言ってんだおっさん」

「うぉおお青年!?」

「驚きすぎだろ。悪性の性病にでもかかったか?」
「のっけからすげえ偏見だなあ。アスピオの復興手伝ってるんじゃなかったの?いつダングレストに戻ってきたんよ」
「昨日の夜。カロルも宿屋にいるぜ?」
「ジュディスちゃんとバウルは?」
「あいつらはまだアスピオで資材運び手伝ってる。俺達は建築ギルドの応援頼みに来たんだ。連れて行く建築ギルドの護衛も兼任」
「若者は元気だ」
「おっさんこそ何してんだ?」
「いやあその、こう、極秘任務とかコンフィデンシャルな案件とか密命とか」

「同棲とか?」

「どどどど同棲じゃない!手ェだしてないし!・・・あ、やべ、言った」

恐る恐るユーリを見ると、「別にいいんじゃね」と興味なさそうだった。
帝都で保護すべき満月の子を一人お預かりしていると知られたら、いま少し違った反応を返されたのかもしれない。
ほっとした。
ああ、ちがう。ほっとしちゃだめだ。言わなきゃ。
これまでだって帝都に帰すために体力つけさせて、帝都でもやっていけるように文字を教えていたのだ。
「ジュディスちゃんに会ったらダングレストにバウルと一緒に来てほしい」って伝えなきゃ。

「・・・あのさ、青年」
「ん?」

言え。

「ジュディスちゃんにさ、会ったらさ」

言え。言えったら。

「会ったら?」



「・・・愛してるぜーって、伝えて」
「自分で言え。俺こっちだからじゃあな、おっさん」

「今度一杯飲もうや」とユーリの背に手を振り、広場の十字路で別れた。
持ち上げた腕をゆるゆると下ろしていって、ある一点だらんと落ちた。
なにやってんだ、俺。

陰鬱な気持ちを引き摺ってユニオンの会合に出たら
「おい、なんか今日のレイヴンさん暗くねえ?」
「俺もそう思う。性病でもうつされたのかな」
とひそひそ話されたことにも落ち込んだ。












やはり帰りは夜中になった。
目の前は自分の部屋の扉。
陰鬱な気持ちを(次ユーリに会ったら今度こそ絶対のことを言おう)という決心で塗り替える。
よし、とこぶしを握り締めてから扉を開く。

「おかえりなさい。今日はレイヴンのためにさばみそを作ってみたのです」

と朝の妄想のが迎えてくれた。
決心して握ったはずのこぶしがダブルピースに一変する。

「ホントにィ!へぇもう料理できるようなったんだ。さばみそなんて難しかったでしょ」

手を洗って、食卓はないから書き物をする木卓に促された。
ナイフとフォークが用意さていた。普通用意すべきは箸だと思うけどこういう勘違いはかわいらしい。
がキッチンから料理を運んできた。
おうおう、もうお盆も持てるようになったんだね。おっさんは成長に感動してしまうよ。

「お待たせしました」
「うひょー!・・・お?」

さばとみそ

さば、ビチビチ動いてる。

「・・・活きがいいね」
「魚屋さんに一番良いサバをくださいと言ってみたら、これを勧めてくださったのです」
「・・・あのさ、は料理とか向こうでしてなかったの。オーマに食べさせたりとか」
「食事はオーマが与えてくれていました。これくらいの大きさの固形食糧を食べれば一日分の栄養素はぴったりまかなえるのです」
「そ、そっか」

の期待の視線が突き刺さる。ここは食べるのが男のあるべき道なんだろうか。

「あの、えっと・・・」
「めしあがれ、でしょうか」
「いや足りないのは定型文じゃなくて、加熱というか調理というか」

は自分のさばみそには何かが不足していることに気づいたらしく、不安げな表情を見せた。
一番活きのいいさばを探して、こんな真夜中まで帰りを待っていてくれて、好物を作ってくれようとした心遣いだけありがたく頂戴しよう。
さばとミソののったお盆を持ち上げる。

「んじゃ、おっさんと真夜中のお料理教室でもやる?」

チョコレートをあげる以外ではじめて笑顔が見られた。






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