程なくして腹筋10回2セットが30回2セットになった。
腕立て伏せだってできるようになった。お盆が持てなかった頃に比べたら大変な進歩である。
一度クビになった酒場のアルバイトもやらせてもらえることになった。残念ながら最初のうちは開店前の掃除係だけで、住み込みにもさせてもらえなかったし、ほかのウェイトレスさんたちより報酬もぐっと低い。
けれどが自発的に申し込みに行ったと聞いた時には思わずお赤飯を炊きたくなってしまった。

「これでレイヴンにかけてしまっている迷惑が少しでも減ると嬉しい」

「迷惑じゃない」
「ありがとう、レイヴンは優しい」

うまく流されてしまった。
時間の経過はさよならの接近と同じことだ。お赤飯なんて、とんでもない。






部屋の真ん中にカーテンを引いた後のこと。
さあ寝るぞという時間、毛布をかぶってうつぶせになり、雑誌のグラビアを眺めていた。
一緒に暮らしてはいるもののはしっかり恥じらいをもっているので素っ裸で歩き回ってくれるとか、目の前で着替えてくれるとか、シャワーを浴びている最中に誤ってが入ってきてしまうようなボーナスイベントは起こらない。
蛇腹式に折りたたまれたグラビアポスターを、雑誌を縦にして真剣に見つめ
「いいねえ」
と思わず呟く。
カタとカーテンの金具が動いた気がして慌てて本を閉じた。
カーテンの端からベッド側の方をこっそり覗き込んでみると、はくうくう眠っている。
気のせいだったことに安心した。

と思ったら翌日、家に帰ったらグラビアポスターと同じポーズで迎えられた。
雑誌と違って服は着ているものの本人はものすごく恥ずかしそうだ。
ならばなぜする。

「はしたない!」

ムラム・・・ワナワナと憤り、正座させて延々お説教した。

「嫌いなポーズだったでしょうか」
「嫌いなポーズとか好きなポーズとかそういう論点で怒ってるんじゃないの!・・・まさかオーマにもそんな格好して見せてたり」
「オーマはそのようなことは求めません」
「おっさんだって求めてないよ!」

喜ばせようとしてやっているのだということはわかった。
しかしなぜ尽くしてくれるようになったのかさっぱりわからない。
求めていないと言ったものの立て続けにこういうことをされると、はたしてうぬぼれてしまっていいのだろうか。












ユニオン本部を出たら雨が降っていた。傘わすれた。
入り口の屋根の下から出られずに灰色雲で覆われた空を見上げる。

「また外でずぶ濡れになったりしてないといいけど」
「よう。また独り言か?」

傘をさしたユーリ、そしてパティが手を振っていた。






「それからあまあまパスタと、あ、パスタは大盛りで。デザートに蜜蜜ザッハトルテ3つ追加ね」
「おねえさん、訂正。ザッハトルテは1つね」
「かしこまりました。少々お待ちください」

「3つでもいいだろ」
「払うのおっさんでしょ」
「当たり前だ。あんた天を射る矢の幹部だろ」
「そうですけどデザート3つ頼まれる筋合いはありませんー!」
「そこの21歳と35歳、まあ落ち着いておでん食え。本当にユーリは甘いものとうちには目がないのぅ」
「いや、パティに目がなくはないと思う」

左からユーリ、レイヴン、パティでカウンター席に横一列だ。

「で、つまりおっさんはのことが好きになってしまったわけじゃな」

おでんをもぐもぐしながらパティが言う。その話題が再開されレイヴンはキュッと猫背になった。
バレた。
ザウデ不落宮の地下深くから連れてきたをまだ帝都に送り届けておらず、一緒に住んでいる上、バウルに送ってもらえる機会さえレイヴンが故意に退けたこと。
バレた。
だからいつにもまして猫背なのだ。

「好きと申しますか、なんと申しますか・・・」

薄々感じていた罪状を改めて目の前につきつけられた。
裁判を受ける被告の心地で全然酔えない。

「監禁してるってわけじゃないんだろ」
「はい。そうです」
「普通に一緒に住んでんだろ?」
「はい、検事さんのおっしゃるとおりです」
「本人同士それで良いつってんなら別にいいんじゃねえの」

「ユ、ユゥリィィイ、抱いて!」
「うわ、気持ち悪いから泣くな」

ユーリの寛大なコメントはレイヴンを感動させた。

「でもエッチしてないんじゃろ?」
「う、うん」
「いい年こいてテレんな」
「おっさんは案外純情じゃのう」

ユウマンジュで温泉覗いた時もそうだ。
レイヴンは自分で覗きに行ったくせに鼻血出して卒倒していた。

「ユーリの大雑把なアドバイスはさておきじゃ」

大雑把で悪かったな、とユーリはテーブルに届けられたあまあまパスタ(大盛り)をほおばる。

「おっさんがこのまま一緒に住んで手を出すことに後ろめたさを感じるなら、に聞けばいいだけのことじゃ。お仲間のところに帰れるが、帰りたいかと。それで帰りたいと言われたらはおっさんよりも仲間に会うことを大切と思っている。帰りたくないここにいたいと言ったら手でも足でも下半身でも出すがよかろ。最もやってはならんのは帰りたいというを無理やりおっさんのところに閉じ込めてハアハアすることじゃ」

具を食べ終わったおでんの櫛でピシと指される。

「帰るというなら、ザウデから連れ出したという意味ではうちも片足つっこんでいるからの。カプワ・ノールあたりまでなら船で送ってやらんでもないぞ。ついでにおっさんの失恋パーティーも開いてやる」

「すげえなパティ。まとも」
「ふん、当然じゃ。うちはみなよりちぃとばかし人生経験が長いからの」

「パティちゃん本当は何歳なn「ウェルカムディッシュ!」

言い切る前に、パティは運ばれてきたユーリの蜜蜜ザッハトルテをレイヴンの口に押し込んだ。

「も、もがっ!甘い、甘い、死ぬぅう」

甘いものを食べるとステータスが虚弱状態になると噂のレイヴンは慌てて水を手繰り寄せた。
その背後でゴゴゴゴゴゴと地鳴りのような震えを感じた。

「死にたいなら手伝ってやろうか、おっさん・・・」
「ほんに、ユーリは甘いものとうちには目がないのぅ」






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