腕を引っ張られたメンバーは天を射る矢の専用フロアまで連れてこられた。

「なによなによなによアレは!」

いつものおねえ言葉ではあるが、レイヴンはたいそう慌てている。

「なにって、何がだよ」

これまで反応が鈍かったユーリもさすがにレイヴンに問うた。
はたいそう美人ではあるがレイヴンのこの反応は尋常ではない。
のことを知っているのだろうか。いや、帝都の貴族の娘のことをユーリ以外の誰も知るはずがない。
あるいはレイヴンではなくシュヴァーンとして貴族のパーティーなんかで会ったことがあるのだろうか。

「あの人が依頼主のさんだよ。レイヴンの知り合い?」
「おっさんがあんな美人と?まさかー」

カロルとリタが首を傾げる。
そうじゃなくて、とレイヴンは頭痛があったのか眉根を寄せて眉間を押さえた。
深くため息を落としてから、先ほどより小さな声でレイヴンが言う。



「あれ、こうひでんか」
「公費電化?」
「皇妃殿下。先帝クルノス十四世陛下の奥方様だ」



普通の顔をしたまま全員が停止した。
たっぷり間をあけてから、全員同じタイミングで首を傾げた。なに言ってんだおっさんという目でレイヴンを見ている。

「おっさん嘘言ってないからね」
「・・・前の皇帝ってとっくに死んでるわよね?」とリタが怪訝そうに呟く。
「五、六年前に亡くなってるよ」とレイヴンがうなずく。

「だってって人すっごい若いじゃない!」
「そりゃ若いよ。結婚したの8年前だし、お后様は当時十ウン歳だったって話だし」

が皇妃。
ユーリは一瞬では事態を理解しかねて、寝不足でノロマになっていた脳をフル回転させる。












事実だとすればあの日、もう会えないと言われたあの日、は皇帝と結婚するために屋敷からいなくなったのか。時期は符合する。けれどはあの庭で好きな人を待っていると言っていた。あれは皇帝のことだったのか。馬鹿な。城にいる皇帝が庭に来るのを待つなんて大それている。でもは皇妃で、でもはあの日悲しそうに笑って、泣い

「でもなんで前の皇帝の奥さんがデュークを探してるんだろう?」
「おっさんに聞かないでよ」

そうだ。デュークだ。
の好きな奴がデュークだったならぴたりとピースが埋まる。
少なくともが悲しそうに笑って泣いた理由だけ、埋まる。

・・・ん?俺が蚊帳の外なことには変わりない。なんで俺がぐるぐるしてるんだっけか。












ケーブ・モッグ大森林、ユウマンジュ、エフミドの丘。三箇所での目撃情報をに伝え、さらに凛々の明星の同行を申し出、合意した。
ケーブ・モッグへの出発は明朝だ。

酒場を出、一人で宿泊先へ帰ろうとしたを全員で宿まで送ることになった。

「何から何まで、ありがとうございます」

送迎までしてくれるギルド凛々の明星のサービス精神に感動したらしい。はフードをとって深々と頭を下げるので、レイヴンがあわあわしていた。何をやっているのかと道行く人々や酒場の酔っ払い達がこちらを見ている。
カロルがガチガチに固まりながら言う。

「あ、あの!ぼぼぼ帽子をかぶったほうが、い、いいんじゃない、かな!」
「お世話になる皆様に顔を見せぬまま頭を下げては礼を失します」
「そ!そういう意味じゃなくて!」

リタもガチガチだ。エステルが相手だとすっかり友達同士の会話をするのに。
確かに、エステリーゼ姫がポヤヤ〜ンふわわ〜ん(レイヴン談)とした春のような少女であるの対し、は折り目正しく、キチ!カチ!(レイヴン談)とした冬のような女性である。貫禄、とでもいうのだろうか。

「あなたみたいな綺麗な人なかなかいないもの、あまり肌を見せていると危ないわ」
「あんたがそれ言うか」

リタのツッコミが冴え渡る。
はまだ意味がわからないようで不思議な態度の面々を不思議そうに見つめている。

「いいから、かぶっとけよ」
「あ」

有無を言わせず、ユーリはの頭にフードを被らせ、視線が合う前に歩き出した。

「変態のおっさんに襲われても知らねえぞ」
「・・・はい、申し訳ありません」






無事を宿まで送り届け、一同も自分たちの宿へ帰ることになった。

「あのさ、おっさん一応さっきの宿に泊まるわ」

夜空のした、レイヴンが立ち止まる。
そしていつもより少し低い声、シュヴァーンを思い出させるような声音で苦笑した。

「ヨーデル殿下が帝位に立つとはいえ、あの方が先帝の正妃であることには変わりないからさ。ギルドの巣窟で万一のことがあると平和協定破棄の理由にされかねないでしょ」
「あ、そっか。危ないね」

本人が皇妃であると宣言したわけではないが、騎士団隊長首席が間違いないと言い張るし、言われてみれば立ち居振る舞いや無防備さが明らかに”エステルっぽい”。いまや誰も疑う余地はなかった。

「つーわけで、おやすみ若人たち」

とレイヴンがウィンクした頃には、すでに若人たちはレイヴンの後ろ、の泊まっている宿屋の扉をくぐっていた。

「すみませーん。5人と1匹一晩泊まれますかー?」

レイヴンがぽかーんとしていると、リタが怖い顔をして睨んできた。

「変態のおっさんに襲われるといけないから、あたし達も泊まるに決まってんでしょ」
「あ、はい、ごもっともです」



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