おっさんととラピードを残してケーブ・モッグを探索したがデュークはどこにも見つからなかった。だいたい、なんで俺がデュークなんか探さなければならないんだ。・・・依頼を受けたからっつったら、そのとおりだけど。ケーブ・モッグでは魔物と戦っている最中に剣が手からすっぽ抜けるわ、敵と勘違いして木の葉斬りつけるわ。浮き足立って、自分らしくないと思う。おまけに戻ってきてみればおっさんがに手をだそうとしてラピードに食いつかれていた。イライラする。
「結局ケーブ・モッグにはいなかったね。立ち寄っただけなのかなあ」
「そうさねえ。やっこさんどっかの青年に似てフラフラしてるところあるから」
「それじゃあ一旦ダングレストに戻って、明日はユウマンジュだね」
「ありがとうございます、皆さん」
古い記憶の中では一度も見たことのないお上品なお辞儀。イライラする。
最後のあの日、下町へ続く坂道で唱えた暗示をいま繰り返す。
(嫌いだあんなやつ、嫌いだあんなやつ、嫌いだあんなやつ)
全部昔のことだ!よくよく見ればそんなに美人でも・・・美人は、まあ美人なんだろうけど思っていたより大人っぽくないし、むしろ普通に並んで歩いたって色々違和感ねえ。じゃなくて、もっと悪い点を挙げるべきだ。
よし。
まず口調が偉そう。
実際偉いのだとしても、むかしのはもっと普通に話してくれた。
「わたくし」じゃなくて「わたし」って言ってた。
皇妃になると教えてもらってない。
あと、好きな奴が別にいることも教えてくれなかった。(これは昔の俺が気づけ、って話か)
前より小さくなった気がする。
俺に気づかない。
もしくは、俺のことを忘れている。
一度もあの頃の声で、あの頃みたいに「ユーリ」と呼ばない。
ちょっとは剣が使えるがすげえヘタ。
カロルとリタにせがまれて菓子を買い与えてる。
バウルの入れない場所は歩きなのにヒールのある華奢な靴を履いてる。
胸のサイズが平凡。
あとは
他にも
それから
・・・よくわかんねえけど、あいつの悪いところをあげつらえて嫌いになろうとしているこの努力が一番はっきりしている俺の“異常”だ。
あーなんだこれめんどくせえ。色々考えてたら頭痛くなってきた。



「ユーリ、なんか顔赤いけど大丈夫?熱でもあるんじゃない?」

ダングレストの宿屋に戻ってきて夕食を取り、風呂で汗を流し終わったあとのこと。
男部屋に久しぶりにレイヴンも一緒にいることが嬉しそうなカロルが、声をかけてきた。

「まさか、青年に限ってそれはないでしょ」
「どういう意味だおっさん」
「ジョーダンよ。熱いんじゃない?ダングレストのシャワーってやたら温度高いからねえ。鮫肌のむさーい男ばっかだからかな」
「ギルドの男には鋼の肌が多いってことだね!」
「おうともさ!」

レイヴンが上腕二等筋を強調するようなポーズをとって、カロルはベッドの上で転がって笑って楽しそうだ。
鞘の紐を掴んでベッドを離れる。

「あれ、ユーリどこ行くの?」
「ん?ああ・・・ケーブ・モッグでなんか腕なまってたから、身体動かしてくる」
「だいじょぶ?明日も早いのに」
「大丈夫だって」

行って来ますと軽く手をはらい部屋を出る。けど男部屋にちょっと頭を戻して

「先生はちゃんと寝とけよ?あとおっさんも。じゃな」

ひどーいボクを子供扱いしてー!
ひどーいおっさんをおっさん扱いしてー!
という二つのブーイングを閉めたドアごしに聞いた。
リタとジュディとがいるはずの部屋を通り過ぎる。早足で。












「そう、エステリーゼと旅をしていたのはあなた方だったのですね」

一方、女子部屋ではキングサイズのベッドがひとつ、追加簡易ベッドが二つ運び込まれたが、三人ともキングサイズのベッドに寝転がって、修学旅行の様相を呈していた。レイヴンの言うとおり皇妃様であることは本人も認め、エステルのことに話が及んだ。

「なによ、あんたてっきり知ってるのかと思った」

ガチガチに緊張して皇妃に接する態度をとっていたが、が普通でよいというのであっというまに普通になった。
確かに町中でうやうやしい態度をとったりしたら悪目立ちしてしまう。(うやうやしい態度なんてうまくできないし)

「わたくしは退位した身ですから、空から来た災厄の一件さえ一般の市民と同じだけの情報しか入ってこないのです。この旅にはエステリーゼは連れていかないのですか?」
「連れてきたかったけど」
「ちょっと無理ね」

三角関係が四角形になっていろいろ面倒なことになるから、というのはリタもジュディも口には出さなかった。
普段ぐらつくことのないユーリがぐらついてたりすると、表面化する変化はごくわずかであっても皆気づいてしまう。
二人としては、エステルの想いを知っているだけに、エステルの想いをはぐらかし続けている上に昔のワケアリが現れてぐらつくユーリを一発殴りたい心地だった。
エステルとユーリの成就にはがお邪魔虫と思いつつも、

「答えたくなければ答えなくてもよいのだけれど、はどうしてデュークを探しているのかしら」
「好きだからです」

このようにのベクトルははっきりしていたから、やはりリタとジュディスはユーリを殴るしかないという結論に至るのだった。
リタは直球な表現に赤面する。

「うっ!ま、まあ、予想はしてたけど」
「それはあなたの片思いかしら」
「・・・デュークに聞いてみないとわかりません」
「あいつ、人間すてたーとか言ってるけど大丈夫なわけ?」

リタが胸に抱く枕を乗り越えてを覗き込んだ。
対してはリタの大きな瞳に気圧されたのか、うつぶせの格好のまま視線をシーツに落とす。

「戦争が終わったら必ず来ると言ってくれましたが、それで何年も待ってしまいました。望みが薄いことはわかっているのです」
「それでも会いたいのかしら?」

ジュディスも視線を向け、は一度唇を薄く開いたが、引き結びしばらく黙った。
言葉と気持ちを整理して、シーツに視線を落としたままゆっくり声にする。

「好きでないならそう言われて」

一度言葉が止まってぎゅっと奥歯を噛んだように二人の目に映った。年上のきれいな女の人のまぶたがじわと潤む。

「だったらもっと早く言いなさいと怒ってやりたい」



「怒った後、一発殴ったほうがいいわ」

ジュディスがさらりと言う。

「殴る、ですか」
「そうね。あいつ頑丈だから思いっっっきりやるといいんじゃない?」

リタも当然とばかりに言う。
物騒な表現に困惑し、のまぶたの潤みが引っ込んだ。

「あの、でもわたくしも勅命があったとはいえ先帝と婚姻しておりますので、あまり強い立場では」
「それなら問答無用でまず一発殴って、殴り返されたらいいんじゃないかしら」

ジュディスはまたさらりと言った。

「あんたそれ完全にウチの喧嘩両成敗方法じゃない」
「結構すっきりすると思うのだけど」

ぐうを作って見せ、ジュディスがにっこりと笑う。リタはあきれながらも「まあそれが手っ取り早いわね」などと同意したので、もそういうものらしいと無理やり納得し、「こ、こうでしょうか」とこぶしを作って見せた。流されている。

「ちょっと違うわ。手を握って中指だけ少し高くして、そう」
「あ!どうせならユーリの手のつけてるやつ(※1)借りなさいよ」
「フィートシンボル(※2)もつけましょう」

恋バナから、デュークを一発殴る方法に話題が移行し、その後いかにしてデュークを地面に叩き伏せ再起不能に陥れるかの議論にエスカレートし、ダングレストの夜は穏やかに更けていった。



※1 ユーリの手につけてるやつ
 ガルムファング
  種類:ナックル
  物理攻撃力:120
  スキル:ストレングス4(物攻20%上昇)及びディフェンド3(物防15%上昇)

※2 フィートシンボル
  種類:装飾品
  効果:物理攻撃力が15%上昇



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