ジャブ、ジャブ、ストレート
ジャブ、ジャブ、ストレート

「ジャブ、ジャブと見せかけてフック、そしてジャブ」

バウルでユウマンジュに向かう途中、昨日よりも仲良くなったらしい女性陣の異変に気づいた。

「なにやってんだ、アレ」

異変を遠巻きに見るユーリは、同じく遠巻きに見ているカロルに問いかける。

「ボクシングの練習、じゃないかな」
「なんで皇妃サマがボクシングの練習する必要があるんだよ」
「ボクに聞かれても・・・」
「ダイエットじゃないの?」

そういうレイヴンも遠巻きだ。
リタ監修のもと、なぜか皇妃、がジュディスの持つミットにパンチを繰り出している。
近寄れない気迫が満ちていた。

「ジャブ、フック・・・って、全然だめ!もっとえぐるようにやらなきゃ」

声かけと手拍子でリズムを取っていたリタが厳しくダメ出しをした。

「は、はい」
「それに、もしユウマンジュにあいつがいるなら本番まで時間が無いわ。実戦に近くないと」
「ユーリ、おじさま、ちょっと来てもらえるかしら」

ミットをはずしたジュディに手招きされて、ユーリとレイヴンは「俺?」と自分に指をさして首を傾げる。
とりあえず行ってみると

「おじさまはここに立って」
「なんだかわからないけど、ジュディスちゃんのお願いならお安いご用よ」
「ユーリはその手についてるナックルをに渡して」

ユーリはリタに促され、そこでレイヴンが何か気づいた。

「アレ・・・あの、もしかしておっさんって・・・サンドバッグ?」
「そうだけど」
「そうだけどってリタっち!おっさんのこと何だと思ってんの!」
「サンドバッグ」
「いやいやいやいや!おっさん絶対いやだって!」

逃げるレイヴンをリタとジュディスが微笑みながら追いつめていく。

「ったく、おいリタ、あんまおっさんいじめてや・・・」

リタに釘を刺そうと口を開いたが、ふととの距離が近いことに気づいて言葉をとめてしまった。
絶体絶命のレイヴンの方を目で追っていたは、不自然に声をとめたユーリに視線を移す。ユーリは船の甲板に視線を避けた。

「・・・“ユーリ“」

依頼を受けてから始めての声がユーリの名を呼ぶのを聞いた。そんなふうな呼び方だったろうか。なにか違う。
名乗らなかったとはいえ、カロルやリタが「ユーリユーリ」と呼ぶのだ。名前はとっくにバレていた。覚えていて名前を呼んだんだろうか。忘れていてはじめて名前を呼んだんだろうか。落ち着かない。
無視するのは変だから

「なんだよ」

小さく返す。それが思ったよりぶっきらぼうな言い方になった。ような気がした。

「おっさんサンドバッグにしてナックル貸せとかは、あいつらの冗談だから本気にすんなよ」

は目をぱちくりしている。
ユーリは動揺を打ち消そうとして聞かれてもいないことを口走ったことに気づく。
本気で自分を殴りたくなってきた。

「あの、具合が悪いのではありませんか」

予想外のことを言われた。

「別にどうもしねえけど」
「でも顔色が」

また赤くなってんのか!
動揺が顔にでないタイプと自負していたが、もろくも崩れ去る。

「俺は人より動くから血行がいいんだ。ほっといていい。・・・おまえら、あんまやってるとおっさんが足腰立たなくなるからそのへんでやめとけって」

逃げるようにその場を離れ、リタとジュディスに追われて、樽を背に万事休す状態になっていたレイヴンを助けに入る。すると

「ボクもまぜてー!」と後ろからカロルがつっこんできて、

「うわ!」

という自分の声を残してレイヴンを下敷きに頭から樽に突っ込んだ。
空っぽの樽がバラバラになって船内に転がり、みんながワッと笑う。
ユーリはカロルにつぶされながら、こっちが普通だ、と心底思った。



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