ユウマンジュ
「やっぱりいなかったね、デューク」
ガラララと横にずらして開ける不思議なドアを開く。
秘湯ユウマンジュの番頭さんが「あらー、みなさんいらっしゃいませー」とすっかり顔なじみの挨拶をする。
「またひとっ風呂借りるぜ。あと一晩泊まりたいんだけど部屋あるか」
「毎度ありがとうございますー。今日はご予約客もいないのでお風呂もお部屋も貸し切りですよー」
来るたび貸し切りにしている気がする。ここは経営が成り立っているのだろうか。
さておき、目撃情報のあったユウマンジュ周辺でもデュークの姿は見つけられなかった。
途中ギガントモンスターに遭遇したりしている間に日が暮れてしまったので、諦めてここに一晩泊まることになったのである。
明日はここから直接エフミドの丘へ向かう。
「それじゃこちらにご記帳くださいねー」
ユーリの前に宿泊台帳が広げられた。
横にはクシャナ。ユウマンジュの建物構造を珍しそうに眺めていた。
紐綴じの台帳も初めて見るものらしく、何を書くのかとじっと見ている。
「・・・おっさん、書いといてくれよ」
「あいよ」
大人代表としてレイヴンが記帳を済ませた。
レイヴンは結構書き文字が丁寧で上手い。ユーリは字も絵も子供の頃から進歩していなかった。
「はい6名様と1匹様でご一泊ですねー。毎度どうもー。明日もどこか遠くへ行かれるんですかー」
「おうともさ。俺たちゃ放浪の旅ガラス、明日はエフミドの丘までひとッ飛びさね」
「エフミドの丘といえばー、昨日来たお金持ちの方がぁー、あの辺に追いはぎが出没してどうのこうのーっておっしゃってましたよー。お気をつけてー」
「追いはぎねえ。その追いはぎって白っぽい髪の奴だとか言ってなかった?」
「さあそこまではー」
デュークが金に困って追いはぎをしている姿など誰も想像できない。
レイヴンも冗談として言ってみただけろうが、クシャナはそれを聞いてわずかに睫を伏せたように見えた。
「別にいないって決まったわけじゃないだろ。姿見たって情報はあんだから」
咄嗟に声をかけてしまい、クシャナはびっくりして顔をあげる。誰にも見られていないと思っていたのだろうか。
「大丈夫」とばかりに逆に小さく微笑まれてしまった。
ユーリに弱みを見せることを拒まれた気がした。
「人里離れた場所とか秘境にいると思ったんだけど。あたしの推理がはずれるなんてムカツク」
風呂の暖簾の前にきても、リタはまだぶつくさ言っている。
「ここ秘境っていうか秘湯だからねえ」
「いつもどおり入れ替わりで、先ジュディス達からでいいよね。ボクたちガチャゴロしてるから」
「ガチャゴロはカロル先生しかしねえけど、先に入って来いよ」
それじゃ、お言葉に甘えてと色っぽいしぐさをしてジュディス達が暖簾の奥に入って行った。
初めての空旅、ギガントモンスターとの遭遇に少々お疲れ気味の皇妃殿下ももちろん一緒だ。
ところがリタだけ戻ってきて
「犬っころ、おっさんが変な真似したらザックリいっちゃいなさい」
「ワン!」
「よし」
と言い終わると再び暖簾の奥に消えた。
定位置の畳の上に寝転がっていたレイヴンは「天才魔法少女は相変わらず怖いのぅ」と力なく呟いた。
その横で「グルル」とラピードが唸る。
「わんこも怖い。おっさんこの前のトラウマあるので余計怖いです」
カロルは素早くマッサージチェアの奥にあるガチャゴロの前に行って「すごいよユーリ!ミニチュア武器、ソウルザスミスシリーズのガチャゴロがあるよ!」とテンション上がりっぱなしである。
ユーリは畳みの上に座って、特に何も言わない。
のんびりしたユウマンジュにはのんびりしたBGM。
3分ほど時間が流れた頃、レイヴンが畳みの上でゴロゴロ動き回ってもがきだす。
「うぉおおおお、覗きたい。覗きたいが俺の中のシュヴァーンが皇妃殿下のお風呂は守りきれと叫んでいるぅうう。ううむ・・・今日の自制心レベルならおっさんは紳士でいられるかも」
「おっさん、ちょっと静かにしてくれ。集中力途切れる」
「なによー、いいじゃない別に!」
こと、エロいことに関して自制心の固まりといっても過言ではないユーリだ。
男同士わかりあえないことに怒ったレイヴンは身体を起こし、ユーリをうらめしく見る。
ところが
「・・・しゃべってる余裕あるなら俺の手を床に縫いとめておいてくんねえか」
ユーリは名刀ニバンボシで自分の手を床に縫いとめようとしていた。
「ええ!?そこまで我慢できないレベル!?」
入れ替わりで温泉につかる男性陣。
カロルが温泉の端から端まで泳いでいる間もレイヴンは滅多に見れない「自分らしくない自分に悩むユーリ」のそばについて、慰めの言葉をかけていた。普段ブレない子がブレると本気で慰めにかからないととんでもないことになる。
覗きたい衝動を抑えるために手を刀で貫こうとしたのも“とんでもないこと”の一端だ。
「あのさ青年。青年ちょっと疲れてるんだよきっと。今日は邪魔しないから早めに寝たほうがいいよ」
「寝るのはやばい」
「寝ないほうがやばいって絶対。てか、なんで青年はそんなオモシロクなってるのよ。ああ、いや・・・だいたいはわかるんだけど」
この旅でいつもと違うのはユーリの態度と、エステルの代わりに皇妃殿下がついてきていることだ。
パティ(航海中)もフレン(騎士団任務中)もいないが、恐らくこの場にパティとフレンがいても状況は大きく変わるまい。
そうレイヴンの第六感が告げていた。
「原因はその、なんだ。皇妃殿下でグホォ!」
レイヴンの顔にユーリの裏拳が入った。すごく痛い。
「なんで知ってんだ」
「え、えっと、勘ですごめんなさい。っていうかすげえ痛いんですが」
「どこまで知ってんだ」
ユーリの目がラゴウやキュモールを見ていたのと同じ感じになっている。
「どこまでって、勘だけど、忘れてた初恋の人が目の前に現れて好きな気持ちぶりかえしちゃってどうしよう的なブヘェ!」
今度はボディブローがきました。
「で」
「え?」
「ア・ド・バ・イ・ス。あんたおっさんなんだからそれくらいできるだろ」
こんな高圧的にアドバイスを求められたのは人生で初めてだ。
その後、猟奇的な恋愛相談(いや、恋愛相談自体はピュアだったが)が温泉で繰り広げられた。
相談というかレイヴンは励ますことに徹した。
「どんなユーリだってユーリはユーリだから気にすんな☆」という結論が導きだされた頃にはユーリも少しいつもの調子を取り戻していた。
満天の星空にいっそう強い光を放つ凛々の明星、それを見上げ
「考えても答えがでないもんは仕方ない。さっさと飯くって寝るか!」
そう言ってくれたことにレイヴンもほっと胸をなでおろす。
なでおろしたのに、女子。
なぜ食事のお座敷でユーリと殿下を隣の席にしたし女子!
席順適当すぎるし女子!
ちょっと女子!
大飯食らいのユーリの食事が全っ然進んでないことに気づいて女子!
楽しそうに女子でおしゃべりばっかりしてないで女子!

わわわわわ、今の精神状態の青年に湯上りしっとり殿下は刺激が強すぎるんじゃなかろうか。
チラと見ればユーリの箸が動いていない。
いかんいかんやばいやばい。絶対やばい。
「あ、あの、青年。わんこと席変わ」
言い終わる前にユーリが席を立った。
あ、間に合わなかった。
「あれ?ユーリもういいの?」
カロルが尋ねる。
「なんか腹減ってなかったからちょっと剣振り回してくる。飯、このまま残しといてくれな」
ユーリは風のように出て行ってしまった。
アチャー。
うーん、でもそうだよなあ。ユーリもちゃんと若者なんだもんなあ。一度タガが外れたらブレブレになるわなあ。
「・・・シュヴァーン、彼は大丈夫でしょうか」
「まぁ、ご心配なく。彼はいま経験値を上げようと必死なんです。男ってのは強くなりたがる生き物ですからちょっとほっとけばちょっと強くなって
戻ってくると思いますぜ。それから俺のことはレイヴンで」
「そう。そういうものなのでしょうか」
そういうもんです。モンスターを倒しても手に入らない方の経験値ってのは。
翌日、バウルから見下ろしたユウマンジュを囲む森の一部に森林伐採の形跡があったが、他の誰も気づいていないようだったからレイヴンも気づかないことにした。
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