御堂筋とユキちゃんの春夏秋冬



御堂筋とユキちゃんの御堂筋の誕生日



1月31日金曜日、きょうは御堂筋翔の誕生日である。

御堂筋翔は祝われるのが嫌いだ。
欲しくないものを渡されるのが嫌だ。
自転車用具は一番速くはしれるものを使いたいのに、もらったものを使う/使えという義務が生じる。
極力電気代を使わないようテレビも求めず、設置してくれたエアコンもつけず、それでも生きるのに毎日お金が必要で迷惑をかけている御堂筋が、
自転車でも金がかかる分学校では良い成績をキープし奨学金をもらう御堂筋が、さらに金を使わせる。
決して裕福ではないあの家で。
御堂筋のロードではどうにもできないあの家で、御堂筋は気に入らないプレゼントをこれからきっともらうのだ。
練習で散々先輩ビビらし走って走って走って、道が見えなくなり、部室で自主練してとどまるも用務員が来て鍵をするから帰りなさいと言われ、御堂筋は帰り路のペダルをぐっとゆっくり踏み込んだ。重い。

きょうは金曜日だった。
母屋には立ち寄らず離れに帰ると、やがてユキちゃんがご飯だよと呼びに来た。
居間の壁に輪飾りがぶらさがっている。久屋の家族が隠し玉があるぞとわかる顔でうれしそうに笑って食卓を囲んでいる。ぞっと背が寒くなり、肩を小さくして御堂筋は夕飯の席についた。好物であるお豆腐づくしの、ささやかな誕生パーティーである。
「…」
食事の途中で冷蔵庫で幅をとっていたケーキが登場する。
「…」
ユキちゃんが歌う。
「…」
電気を消してろうそくの火を消して
「…」
プレゼントが贈られた。

「いりません」

この食卓ではじめてカパと開いた口がそう言った。
水を打ったようにしずかになった居間でひとり席を立ち、離れに消えた。
暗がりで暖房もつけずうずくまり想像する。
おばさんは泣いていた。
喜んでもらえなかったと申し訳なさそうに泣いていた。
お兄ちゃんもユキちゃんも泣いていた。
母さんも

 ◎ ◎

そこで目が覚めた。
ひどく汗をかいていた。
布団から体を起こすと、雨戸のない窓から明るい朝の陽ざしが差し込んでいた。
1月31日金曜日の朝だ。
汗が目に入り、両手で顔を押しつぶすように強く長くぬぐった。

練習を長引かせ、用務員に追い払われて重いペダルを踏んで、ここまですべて今朝見た夢と同じ行動をしていた。離れの床で明かりもつけず膝を抱えていると、ユキちゃんが呼びに来た。
「翔兄ちゃん!16歳、おめでとう会するよ!!」

夕食はひつまぶしと豆腐づくしで夢よりグレードアップしていた。あの惨劇もグレードアップするだろう。御堂筋は肩をできるかぎり小さくして視線を泳がせ、歯を食いしばってこれから来るだろう恐ろしいものに耐えた。
手作りのケーキが出てきた。
ユキちゃんが歌う。
電気が消える。
ろうそくを吹き消す息が震え
「ドコドコドコドコドコドコドコドコ」
ユキちゃんがドラムロールを口で言う。御堂筋の心臓も同じ音で鳴っている。
「プレゼントはー、これや!」
身震いした。
ドン、と隣の部屋からお兄ちゃんの手で持ち込まれたそれは夢よりはるかに大きな包みだ。
開けて開けてと急かされ、ぶるぶる震える指で包みを開けた。
「ぬっくぬくの毛布やで!」
ユキちゃんがめいっぱいに笑った。
「翔兄ちゃん寒がりやから、みんなで買ったんよ。触ってみて、めっちゃさらさらしてん、でもポカポカの、めっちゃいい毛布なんやて」
「…」
大きな包みの中から出てきた毛布をひと撫でしてみると、確かにさらっとしたちょっと驚くほどのいい触り心地だった。あたたかいだろう。
「あとうちとお兄ぃからこれもな」
「…」
おしゃれな包みから、御堂筋の手のひらと同じ大きさくらいのプラスチック製のゆたんぽが出てきた。
湯たんぽをくるむ袋は
「おまえ、黄色好きやろ?」
大学生になって最近ずいぶん落ち着いたお兄ちゃんが言った。
「…好きや」
目を見ず、口の端からこぼすように御堂筋はこたえた。

「ぁりがとぅ」

いえた。

亀のように首をひっこめ、下を向くと取り分けられたケーキがある。おばさんのお手製だ。
ひとかけをすくって口に入れた。
「…おいしい、です」
ユキちゃんがまたハッピバースデートゥユーを歌った。



離れで眠りにつくと、きょうだけ夢は淡く黄色い。





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