ハテノ村のはずれでの療養をはじめてから10日が過ぎようとしていたが、いまだゼルダの命を狙う輩は現れず、村人との接触もない。いまのところ不愛想で無口な騎士よりもかわいいコログのほうがゼルダの役に立っているといえる。
はじめのうちは階段を上るのにも苦労していたゼルダだったが、今は室内を歩くだけなら支障がないほどに回復してきていた。
問題はない。
やっかいなのはサクラダ工務店くらいだ。

「あんた、あの子といとこ同士なんていってたけど」

設備の増設を依頼しようと呼んだサクラダの眼がぎらりと光る。

「同棲ね」

リンクが眉一つ動かさないで黙っていると、サクラダは「んもう!あんた、ちょっと見ないうちにつまんなくなったわね!」と不満そうに腕を組んだ。

「で、なんだったかしら。そう、お風呂ね。どういうお風呂にしたいか、ご希望はある?二人一緒に入れるとか」

にんまり上がった口角をめんどうに思う。

「一人用でいい。使いやすくて」

どういうものを頼むべきか。王家の人が使う浴室の要件などとんとわからない。

「きれいなものを。任せる」
「合点承知よ。今夜にも雪が降るかもしれないんだから、今日中にしあげてあげちゃう。いくわよ、カツラダ!」



サクラダの言葉のとおり、夜は凍てつく寒さだった。

「楽しい方ですね」

夕飯のシチューを食べ終わったころ、ゼルダが笑っていう。
誰と言われなくてもサクラダのことだとわかるのは、ゼルダがこの時代に会った人間は、まだリンクとインパとサクラダ工務店の者だけしかいないからだ。
筋力を取り戻していくためには、外を歩いてもらうほうがいいのだろうが、姿を見られる機会が増えれば増えるほど、危険は増す。外を出歩くことはリンクが許さなかった。

「あまり言葉をかわされませんよう」

これに「なぜ」とゼルダは返さなくなった。
すまなそうに小さく笑ったゼルダの頬をコログがつつく。
使命と申し訳なさが戦いはじめ、使命を勝たせるためにリンクは「鍛錬に行ってまいります」ときょうも外へ逃げる
扉を開けると冷たい風が吹きこんだ。

「…今夜は冷えますので、どうかあたたかくしてお休みください」

罪悪感から、取ってつけたようなやさしい言葉がでた。

「ええ。リンクも今日は早めに鍛錬をきりあげて休んでくださいね」
「承知いたしました。おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」



外から鍵をかける。
夜、リンクは近くで鍛錬をした後にハテノ村の宿屋で休み、朝になるとこの家に戻って来ているのだとゼルダは思っている。
家の横で鍛錬をしていることは間違いないが、まさかそのあと家の横の犬小屋で寝ているとはゼルダは想像もしていないだろう。
巨石砕きの素振りが1000回を超えたころ指先に雪が触れ、すぐに溶けた。
夜空を見上げると頬に二つ目の雪がおち、吐いた息が真っ白にけぶってきえた。






さすがに雪の夜に犬小屋は寒い。
リト族が作った服にくるまると凍死せずに眠れる程度になったが、それでも小屋からはみ出した足は寒い。
まあ、壊死はすまい。

空の向こうが紫がかり、夜明けがもうまもなくやってこようという頃、間近に雪を踏む足音を聞いた。
両目がかっとひらく。
気づくのがおくれた。
寒さがリンクを常よりも深い眠りに落としていたのである。
小屋の板を打ち破ってでも動こうとしたが足に違和感があった。
膝から下が夜の間に降った湿雪に埋もれている。
しまった!
足に積もる雪の上に何者かの影が落ちた。

「リンク?!」

ゼルダが顔をのぞかせるや否や、犬小屋の天井は吹き飛んだ。



犬小屋の屋根に頭を強打したリンクは、模範の騎士たる表情をとりつくろえずにぼうっとして、屋根をうしなった犬小屋のなかひざまずいている。その顔のまわりをコログが不思議そうに飛び回った。

「大丈夫ですか」

そんなリンクに、寝間着にローブを羽織った姿のゼルダが眼を丸くしている。

「どうしてこんなところで眠っていたのです?」

相手が敵ならば迷いなく動くはずの身体と頭は、ゼルダと寝起きと頭部強打と犬小屋に座る羞恥が混ざって静止している。

「風邪を引いたらどうするのです」

その声とともにゼルダのローブが肩にかけられた。
いけない。
それではゼルダが寒すぎる。
「あっ」と声を発しようとしたリンクの頬をゼルダが両手で押さえて上向かせた。

「鼻血が出ているではありませんか!」

鼻血を寝間着の白い袖でぬぐおうとしたゼルダにのけぞり、雪にひれ伏して回避する。

「…こぶになっていませんか」

今度は頭に触れようとしたのをさらに下がって回避する。
肩のローブを思い出し、折り畳んでからこうべを垂れつつ両手で差し出した。

「…」

その姿勢でゼルダの沙汰を待ったがゼルダは何も言わない。
ただ、視線を感じる。
リンクと、犬小屋と、その傍らにある剣や弓を見ている。

「リンク」

やがてゼルダが落ち着き払った声でいった。

「中へ」






暖炉の前の椅子に座らされた。

「ホットミルクをいれましょう。体が温まります」

自分がやるべきだ。リンクが慌てて立ち上がろうとするが

「座っていてください」
「しかし」
「座っていなさい」

ぴしゃりと返され、リンクは肩を小さくして椅子に戻った。
こともなげにキッチンに立っててきぱき動くゼルダの後ろ姿から、暖炉の炎に視線をうつした。
姫君に静かに、安全に療養してもらうために自分はここにいるのに、その自分自身が宸襟を騒がせるこの事態。
リンクは自分に腹が立った。顔をのぞきこんでくるコログを手でのけた。
しばらくすると、ミルクの入ったカップをひとつ持ってゼルダが戻って来た。
差し出されたカップを受け取る。
ゼルダは暖炉の前にもう一つ椅子を持ってきて並べて座った。

「あなたはガノンから世界を救いました」

ゼルダの膝に戻ったコログをひと撫でし、穏やかな声で続ける。

「私も救われました。でもどうして、あなたは怒っているの?」

怒ってなどいない、そう思ったが、リンクは我知らず怒っていた肩に気がつき、努めてさげた。
上がっていた眉尻もさがり、かわりに眉間にしわが寄った。
カップを握る手に力がはいる。

「…気を、緩めて、またあなたを守れないことがあるかと思うと、恐ろしいのです」

ひとたび言葉にすると、腹の奥で動かずにいた恐怖が強く波打ちはじめて、言葉が無秩序に湧いて出る。
耳の奥で何かが這いずる低い音が聞こえた。

「もう二度と、この命にかえても」
「私は命をとして守られる苦しさを知ってしまった」
「…」
「あなたもまた、知っているかもしれない」

リンクも知っていた。
ガノンと対峙したとき、弓を引き絞る手が震えた。ガノンを恐れたからではない。
仲間たちが死に絶えたなかで自らをガノンに喰われるゼルダの姿を想像してしまったのである。
リンクがいつか息を吹き返しガノンに立ち向かうと、あまりにもか弱い一縷の望みにすべてをかけたその信念がこわかった。
しかし、震えがとまり、弦が張りつめたのもまた、そのゼルダの信念がリンクの身体に満ちたからだった。
ゼルダは静かにいう。

「これからは、助け合って生きてゆきたい」
「…」
「必ず命を持ったまま」

否といって首を振り跪くための言葉がいま、リンクの身体のどこにも見つけられない。

「はい、ゼルダ様」

手があたたかいのを思い出した。

「…いただきます」

ホットミルクに口をつけるとゼルダは満足げににっこりわらった。



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