雪もすっかりやんで日差しが出てきた昼頃、手を貸して、積もった雪の上にゼルダを立たせた。

「歩きにくいですから、お足元に気をつけて」

久しぶりに歩く外が雪の足場というのはいかがなものかと思ったが、ゼルダは「わあ」と子供のように喜んで、ぎゅ、ぎゅと音のする雪を踏んだ。
あまりに喜ぶのでリンクのたがは緩み、転ばせないようよく気をつけながら家の横の斜面を降りて、氷の張った小さな池まで連れていった。
薄氷を爪ではじき、とんでもなく冷たい池の水に指先を浸して遊んだ。ゼルダの真似をして水に落ちたコログは、今はゼルダのローブのなかで暖をとっている。
吐く息が白くけぶるのはゼルダの体温が人並みにあがっている証拠で、いちいちうれしい発見があった。同時に閉じ込めていた反省も苦く口の中に広がる。

「リンク、あれはなんでしょう」
「氷の下の魚です。あれは…マックスサーモンかと」
「マックスサーモン、確か滋養強壮に効く魚ですね」

魚影の形を頼りに、ゼルダはシーカーストーンの図鑑機能をめくって情報を探す。
熱心に魚影と図鑑を往復していた碧い目が、ふと凍った水面に留まった。

「リンク、あれはなんでしょう」

別の魚影のことかと思ったが、見ればやけに影が大きい。
しかもだんだんと大きくなっていく。
とっさに柄に手をかけ天をあおいだ。
ゼルダもつられて上を向く。
リト族の戦士がひとり、力強く翼をはためかせながら降りてくる。
陽光に重なって翼の色が見えにくかったが、いまようやくわかった。

「テバ!」
「リーバル!」

「伝説の姫君に伝説の英傑の名で呼んでもらえるとは、はるばる来た甲斐があった」

大きく鋭いかぎ爪が池のふちの岩を掴んで、テバが地上に降り立った。

「彼はリトの戦士、テバです。テバ、こちらはゼルダ姫」

テバを見て思わずリーバルと叫んだゼルダが気にかかり、紹介しながら表情を伺う。

「リト族の戦士テバ、初めまして。会えてうれしく思います」

リンクの心配をよそにゼルダは微笑をたたえ、背すじのぴんとした堂々たる立ち姿だ。うしろに玉座の間の幻が見えた気さえした。
テバはカカリコ村から報せを受け、挨拶にきたのだという。

「ほかの村にも伝令がいっているのか」
「なに、そう心配するな。お前とともに神獣に立ち向かった、信頼の置ける者にだけ伝えているそうだから、漏れることはあるまい」
「テバとルージュはそうだが、ユン坊とシドが…」

ユン坊はうっかりと、シドは秘密とわかっていても地声が大きすぎて漏れ伝わりかねない。
テバは祝いの品としてリンクにはヘブラ杉から作った上等の矢を、ゼルダにはリト族の冬の羽で作った毛布を贈り、渡し終えるともう翼をはばたかせてしまった。

「テバ、待て。ここからだと遠いだろう、今晩はハテノで休んだらどうだ」

引き留めたがテバは嘴を鳴らして笑い、あっという間に大空高く舞い上がった。

「なに、すぐだろう。中央ハイラルに居座っていたのを誰かさんがついに討ち果たしたから。ありがとう」

ゼルダはリト族の毛布をたいそう気に入ったといって食事中も折り畳んでひざ掛けにした。
リンクの用意したポトフをおおいに褒め、冬の空に翼を広げた勇壮なテバの姿を熱心にたたえ、

「リーバルの誇り高い魂が今も息づいている」

そういって少し泣いた。






さて、三日に一度来るカカリコの戦士によれば、プルアが怒っているという。
プルアがハテノ村をとおってかよってきてはあまりに目立つから来ないでほしいとリンクが頼んでから、かれこれ二週間も音沙汰がなかったからだろう。

「こちらから会いに行きましょう。もう歩けますし、ここからそう遠くないのでしょう」

確かにそうだが、研究所の屋根にからみつくガーディアンの姿はゼルダに見せるべきではないだろう。

「いえ、プルアの住まいは小高い丘の上ですから」
「そうなのですか」
「はい、村の中も通らねばなりませんし」
「そうなのですね」
「はい、まだ雪も残っています」
「ではリンクの手助けが必要ですね」
「はい。…あ、いえ、その」

思い出したように困りはじめた様子のリンクを見て、ゼルダはいたずらの成功に小さく笑い、カップを唇に寄せた。
ひといきをついてから、リンクの方を見ずにいう。

「その前に行きたいところがあるのです」
「どちらへ」
「ハテノ砦へ」












馬でいくと、夕方にはハテノ砦にたどり着けた。
体調が気にかかったがゼルダは大丈夫としか言わなかった。
中央ハイラルとハテール地方を結ぶ道の途中にはクロチェリー平原がひろがり、その平原を小さなハテノ砦が東西に遮っている。
もとは砦でなく関所であった石の壁を境に、その東には木々が生い茂り、西には深くえぐれた大地に破壊されたガーディアンが無数に横たわって黒い影を落としている。
ゼルダは荒涼たる景色を見渡し、何もいわなかった。
リンクもまた黙っていた。
この砦が押し寄せたガーディアンの群れをせき止めたと言い伝えられているが、実際には人を防ぐための石の壁などガーディアンの侵攻を阻むのに何の役にも立たない。
百年前、この場所で女神の力が覚醒し、付近のガーディアンが一斉に停止した。
リンクはその直前についに倒れ、意識を手放しながらまばゆい光を瞼の向こうに見た。
噛んだ泥と血の味がよみがえる。
不意にゼルダが歩き出した。
土に埋まったガーディアンに近づいて行ったのを見て、リンクは総毛立つ。
もう動かないとわかっているが、照準の赤い光線が再びゼルダの額に向けられる恐怖がリンクを走らせた。
ゼルダはガーディアンのひとつ眼に触れ、ついた土をはらった。
そのまわりの土も取りはらっていく。
ゼルダの手が土にまみれる姿もまた百年前を彷彿とさせる。

「…姫様、もう日が暮れます」

なにか声をかけずにはいられなかった。
顔は上がったが手は離れなかった。返事もない。
意志の強い大きな目が日没の前にもう一度あたりを見渡し、最後にリンクを通り越して崩れかけた石の砦を見あげた。



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