その日は砦近くの小屋を借り、翌日にプルアとの再会を果たした。

「ほら、ウツシエ係!ぼーっとしてないで撮る!」
「はい」

さきほどから
「ブレてる!」
「角度が悪い!!」
「タイミングが悪い!!!」
「次は天井に張り付いて撮って!!!!」
などプルアの厳しい喝が飛んでくる。

「いくわよ姫様、チェッキー!」
「チ、チェッキー」

ゼルダは百年前よりもずいぶん若いプルアに驚いていたが、陽気なポーズでツーショットを要求され、しっぽり感動している時間もゆっくり驚いている時間も与えられない。
しかしウツシエに映る表情はどれも嬉しそうだから、よしとしてリンクはウツシエ係に専念した。
助手のシモンについては、冷めたお茶の乗ったお盆を持ったまま伝説の姫君を穴があくほど見ていたので、不埒な考えを起こさぬよう二人が次のポーズの相談をしている間に凄んでおいた。殺気にあてられコログが床にぽとりと落ちたが、シーカー族の二人には見えず、ゼルダは指示された正しいポーズの再現に集中していてそれどころではなかった。



ハテノ村へ続く丘をくだりながらゼルダの声は弾む。

「プルアが思ったよりもずっと元気そうで安心しました。インパにももっと頻繁に会えるといいのですが。ロベリーにもはやく会いたいものです」
「シーカーストーンでの移動がお体の負担にならないか、少しずつみていきましょう」
「そうですね。もっと体を丈夫にするためにも、その本を持たせてくれませんか」

首を横に振る。

「焦りは禁物です」

プルアのところで借りたぶ厚い本はリンクが背負っていた。古代語の表題で何の本かわからないものと、表題は読めるがリンクには何の本かわからないものを十冊ほど。
何か言いたげなゼルダに「失礼します」と言い置いてフードをかぶせる。

「なんです?」
「村の子供がいます」と小声で告げる。
「…見当たりませんが」
「…」

しばらく歩くと木の影からこちらを観察する子供の姿をゼルダも見つけた。

「あんなに遠くから、よくわかりましたね。…それにしても」

ゼルダは自分のフード付きのローブの肩をちょんと引っ張った。

「この色は余計に目立つのではないでしょうか」

ゼルダのローブは、王家と王家の認めた者にだけ許されたロイヤルブルーだ。インパが復活の日を信じて100年前からこまめに手入れをしてとっておいたものだった。
ハイラル王家の威光がすみずみまで知れ渡る百年前であれば気づかぬ者はないだろうが、今となってはその色の意味を知る者はほとんどない。とはいえ、光沢のある上質な生地はこのような田舎で目立つのは事実だろう。
その足で閉店間際の服屋にすべりこんだ。
ゼルダはきのうのハテノ砦での冷静さが嘘のように、たくさんの服を前に落ち着かない。
王城にいたころも自分で着る服を選ぶ方ではあったが、選べるのは式典用の衣装とドレス、寝間着くらいで、選べる色も白と、青と、金だけ。町娘の平服など見たこともなかったのである。
魅力的な赤い服を見つけたけれどハンガーに触っていいのかもわからない。
店のすみっこにいた店員のソフォラを見つけ、声をかけた。

「ごきげんよう」
「い、いらっしゃいませでぇーす」

たたずまいの違うハイラル人にソフォラがひるむ。
すかさず二人の間にリンクが割って入った。

「久しぶり」

見知ったハイラル人にソフォラはほっとした表情をのぞかせた。

「いらっしゃいませでぇーす。今日はどういった防具をお探しですかぁー?」
「今日は防具じゃないんだ。いとこが遊びに来たから記念にここの服をと思って」
「それなら、いま村で一番流行っているのは、これでぇーす。これさえ着れば注目の的でぇーす」

すその広がった白地のロングスカートに赤いリボンがビロビロついている服を見せられ、リンクは眉間に深いしわを作ってあごをひねる。

「お召しになれば可愛らしいだろうけれど」

うしろでゼルダの耳がぴっと跳ねたことには気づかず、リンクはむずかしい顔で首をかしげ、服を見て回る。
女性の服など選んだことはなかったが、人里における迷彩服という観点で選定すればよいと気付くとやりやすくなった。

「地味で、何の変哲もないものがいい。うん、まったく目立たないものが…」

うしろのゼルダの顔から一瞬で感情が消えうせたことには気づかない。
条件にあった一着を手に取ってゼルダに見せた。

「こちらの茶色のものはいかがでしょうか」
「結構」

家に戻るまで一言も口を聞いてくれなかったが、リンクにはその理由がついにわからなかった。






プルアから借りた本のページをめくり、ノートがわりの便箋に短いメモを書きつけていく。
声をかけるのもはばかられるほど集中していて、リンクはコログを連れて黙って外に出た。
月明りをたよりに巨石砕きの素振りにいそしんでいると、ほどなくしてカカリコの戦士たちが御用聞きにやってきた。

「そ、その、ゾーラの里のシド王子が使者か手紙を寄越したいと言っているそうなのですが…」
「使者は断ります。ではシド本人が、と言ったらさらに断ってください。彼は目立ちすぎる」
「はィ」

カカリコの戦士の声がひっくりかえる

「…手紙は、あなた方が持ってくるのなら構いません」

ゼルダの命を狙うイーガ団と勘違いして飛びかかって以来、すっかり怯えられてしまっている。
悪いことをしたという自覚があり、できるだけ丁寧に接しているが彼らの態度をみるに、緊張をほぐすよう作用しているか疑わしい。

「では、頼みます」
「はっ」

目覚めたあとのちゃらんぽらんの自分ならば普通に話せていた気がするが、姫の近くでは百年前の堅物が色濃く出てそういうことが下手になる。リンクが元気をなくしたと思ったコログが木の枝でつついてきた。

「ほかのひとにもおまえが見えたら少しはなごむかもしれないな」

たいていの人はコログは見えないし、姫の前でちゃらんぽらんでいられるわけもない。
いまは致し方なし。
パンと両頬を叩いて気合を入れてから、室内に戻った。

「…」

音を立てないように扉閉じる。
ひらいたページの上に顔をあずけてゼルダは眠ってしまっていた。
昨日はハテノ砦、きょうはプルアでは疲れるのも当然だ。
起こさないように上のベッドに運ぶべきか、声をかけるべきか迷った。昔ならウルボザを呼んで頼んでいたがいま近くにいるのはこのコログくらいだ。
しばらくコログと見つめ合っていると、コログがウルボザの声で「いいじゃないか、運んでおやりよ」と云った気がした。
もう少し見つめ合っていると今度はリーバルの声で「触ったら呪い殺してやる」と云った気がして椅子の横にひざまずく。

「姫様」

うたた寝からはっと目を覚まし、ゼルダは顔を赤くした。

「すみません。眠っていたようです」
「昨日、今日とお疲れでしょうから、もうおやすみください」
「ええ。歯を磨いてきます。リンク、そこの本をベッドの横に運んでもらえますか」
「はい、どの本でしょうか」
「全部です」
「…」



あらかじめ時間を決めて取り組まねばいつまでもそれをやり続けるというゼルダの性質になつかしさを覚えつつも、従者としては歓迎できない。とりわけ、百年間の闘いからつい26日前に解放された人には、十分な休養と日常生活のための体力作りより重要なものはない。
借りた初日から本の虫になりかけていたゼルダだったが、枕元に一冊しか運ばれなかった本を見てリンクの言わんとすることを理解し、早くも次の日には時間割表を作って提示してきた。

「考えてみたのですが、どうでしょうか」
「…拝見します」

ゼルダの勢いに圧され、両手でうやうやしく受け取る。

「バランスはよいと思うのです」

確かに。休養と体力作りというリンクの求めるところはしっかりと組み込まれていた。
しかし責任感の強いゼルダらしく、家事の分担が均等すぎるほど均等である。

「ここの朝食と夕食作りは私が」
「それではリンクが大変です」
「私は従者です」

もうハイラル王国はないのに?
ゼルダはその言葉を飲み込んだような気がした。



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