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2:金曜夜


気付いたら、目の前にお兄ちゃんの顔があった。
家に、帰ってたんだ。 その間のことなにも憶えてないけど。

「おいどうした? 今日は泊まりじゃなかったのか?」
「……。」

「わかった、ケンカしたんだろ。」
「……。」

「……、

 まあ風呂にでも入れよ。 まだお湯残ってるから。」

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温かい湯の中で少し体と頭を休める。

…………

美香と、お兄さんが……  セックス、してた……

そんな、そんなこと…… 兄と妹で……

セックス、近親相姦、してるなんて……


しかもそれを見て…興奮してた… それは、自分と重ねて……?

そんな訳ない!!

あの時濡れてたのは…… そう、きっと、初めてセックスというものを見たから。
演技や、資料や、知識ではない…本当に目の前で起こっていたこと……


普段は元気で、ちょっと抜けたところもある美香が……

あんな顔で…… あんな声で…… 『女』であることを強調していた……

しかも相手は…… 自分の実の兄……

いくら本気で好きだからって…… そんなの……


……私だって…… 思ったことは、ある……

お兄ちゃんと、しちゃうこと……

でも体だけが興奮した後で、心ではちゃんとわかってる。
そんなことはあり得ない。
好きでもないし、そんな対象にもなり得ない。

いままで、そうだった。 これからも、そう……

もう、何も考えたくない…… お湯の温度を上げよう……


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「……! ……!!」
誰かが怒鳴ってる。
なんだろう… うるさいなぁ…



「博美…… 起きろ! 博美!!」



「お兄、ちゃん…?」

「よかった…! 気が付いた…!!」
なんだろ… あれ…
「う…」
「まだあんまり動かない方がいいよ……」


なぜか風呂場のタイルの上に寝かされている。
「お兄ちゃん… 私、どうして…?」
「お前がさ、二時間も風呂に入ったままで…呼びかけても返事がなかったから…

 悪いとは思ったけど入ってみたら…

 お前が… お湯の中に頭まで浸かってて…」

……溺れてたんだ。
「急いで引き上げて… 息、してなくて…
 なんとか、胸叩いたりしてたら……」
「そう… お兄ちゃん、ありが……」


「よかった… ホントによかった……」
痛いくらいに抱きしめられた。

……泣いてる?
本気で、心配してたんだ……


「あのさ……」
「えぅ…?」
泣きべそで裏返った声で返事をされる。

「どいてくれない? 重い。」

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「ふ〜〜……」
体を冷やしながら水を飲むと、ため息のように一息ついた。

「お前ホントに大丈夫か? 病院に行った方がいいんじゃないか?」
「たぶん、大丈夫。
 呼吸が止まってたって言っても、一時間も二時間も止まってた訳じゃないだろうし。
 きっと一、二分ぐらいのもんよ。」
「ホントにホントに大丈夫なのか〜?」
また泣き顔で心配している。

「ん〜… まだちょっと頭痛があるけど……」
「うわ〜〜〜……!」
また泣き出している。 まったく、さっきと違って頼りないお兄ちゃんだねぇ……
「大丈夫だって。
 二、三日しても頭痛があるようなら病院で診てもらうよ。」


「ところで……二人は?」
「え、あ… 今日も、やっぱり帰れないって…」
「そう。 連絡した?」
「いやまだ…」
「じゃ、しなくていいから。 余計な心配掛けるだけだし。」
「ん、わかった…」
両親はいない… 二人きり。 まるでそう、美香の家みたいに… な〜んて…



「……、……。」
もじもじしながら、こちらを心配そうに見てる… 変な顔…
「聞かないの…? 美香の家で何があったか…」

「……何かあったのか?」
「うん……」
やっぱり話すべき、か…

「……。」
「……。



 最初はね、普通に…勉強して、おしゃべりとかしてて…」


「部屋に、美香のお兄さんが入ってきたの。

 それで、美香が……赤い顔してたから……

 私、『好きなんでしょ? 告白しなさい。』って……


 その後、美香が告白したら…

 二人が……セ、セックス、し始めて……」
「……。」


「目の前で…本当にしてるんだよ…… 兄と妹なのに……

 愛し合ってるからって……

 しかも、ずっと前からそんな事をしてるって……」

私が…濡れていた事は言わなかった。
否定したかったから。 私も、そんな変態だなんて…


「……。」
「私、どうしたらいいと思う?
 もう美香と友達じゃいられない。
 美香が…あんな事してる変態だったなんて……」

静まりかえった室内。
答えのでない思案に、二人黙ったまま。

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トゥルルルルル  トゥルルルルル 



突如沈黙を切り裂いた電話の音。
私を制してお兄ちゃんが電話に出た。

「はい…… はい……


 博美、美香ちゃんから。」
「……今無理。」

「……話したくないって。

 はい。 え? あ……」

もう切れたみたい。


「……なんだって?」
「伝言。


 ……本当に違うのかって。」

……本当に違うのか? それって……

『違う! 私は、変態なんかじゃない!!』
 
私が言った言葉に対する、美香の答えなのだろうか……



本当に違う、のか…? 私が、変態?
お兄ちゃんとセックスしたら、感じてしまう変態…?

「私は違う… 私は違う…  私は……」
「博美…?」
……少し頭を振って嫌な考えを追い払う。

「……もう寝るから。」
「あ、ああ…」

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……何度も寝返りを打ち、眠ろうとしてみるけれど……
「ああ、ダメだ。 頭痛い。」
元々頭痛持ちなんだけど、今日のは特に酷い。

「博美、寝るんじゃなかったのか?」
「……寝られないのよ。
 お兄ちゃん、何飲んでるの? ビール?」
「いや日本酒。」
「……ちょっと頂戴。」


「お前、結構飲むのな。 俺より飲んでるんじゃないか?」
「ふぇ? そ〜お〜?」
体中の血管が拡がり、脳に血流が増して、アルコールで何も考えられなくなる。
こりゃ〜いい気分だ……


千鳥足になっていたので、お兄ちゃんに補助してもらいながら部屋に戻った。
まだ自分の温もりのあるベッドに横たわって、扇風機の風を浴びる。
「ふへ〜〜……」
「じゃあおやすみな。」

「……ねえ〜、添い寝してくんない〜?」
「……なに冗談言ってるんだよ。」
「……うん、冗談。 でも……」
「……じゃあ戸締まりしてくるから。」


ぐらぐらして、時間の感覚が曖昧になってる。
いつの間にか、お兄ちゃんが私の横にいた。
床に膝を付いて頭をベッドに乗せて…
「……ベッドで、寝ていいよ。」
聞いてないだろうけど、呼びかけてから体を布団の中に引き込ませる。

もぞもぞと動いている体…私よりは大きくて、温かい…が潜り込むように入ってきた。
「うん。 おやすみ、お兄ちゃん…」
胸の中に、トキメキは…感じなかった気はする。 自信はない。


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3:土曜の朝

朝の光が部屋を照らしている。けど今日は休みだから、ゆっくり惰眠を貪る。
お兄ちゃんは、横に居なかった。 多分先に起きて逃げたんだろう。

……頭痛はない。
さっき起きかけた時は重い感覚があったけど、今は薄れている。
2日酔いとかもないみたい。 私、以外にお酒に強かったのね。

起きてから探してみたけど、家の中にお兄ちゃんは居なかった。
今日は私は泊まりの予定だったし、遊びに行ったんだろう。

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何もしないまま、時間だけが過ぎるのを待つ。

ただ、喉の渇いたら水を飲み、小腹が空いたら何かを食べる。

何もしない、何もしない一日……


電話が鳴っても応対は合成音声がしてくれる。

相手は大抵用件を言わずに切ってしまう。

そんなに大事な用件でもないのに何故電話してくるんだか。


気怠い熱さの中で、うとうとと眠気を感じる。
でもこれは眠気ではなくて… でも眠い。
脳裏に、まとまらない考えのイメージが湧いた。

美香、美香のお兄さん。  私、私のお兄ちゃん。

セックスをしている。   セックスなんかしない。

好き合ってる。      ……好きなんか……じゃ、ない。

どうなんだろ。      なんなんだろ。

自然、普通、       異常、変態……

私は……         どれ……?

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「博美… 博美…?」
「ん… お兄ちゃん、おかえり… 気絶はしてないよ。」
「……してるように見えた。 とにかく起きろよ。」

寝間着のままで、もう日が沈む時間になっていた。
今日も二人は帰ってこない。 留守電に入ってたのを聞いてた。

「……今日は外食にするか。 何がいい?」
「……お肉、かな。」
「じゃあ… ファミレスでいいか?」
「……うん。」

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ファミレスには結構いろんなメニューがある。
直前になって魚とか…あ、蕎麦もいいなとか思ったけど、
やっぱり肉にした。 要するにステーキ。

狂牛病とかなんだかんだ言ってるけど、やっぱり人気商品は無くならないもの。
でも先にセットのサラダとスープが来た。
少し辛みのあるドレッシングのサラダと、あっさり風味のカップスープなんて
あっという間に無くなってしまう。


「そんなにがっつくなって。」
「……今日はろくに食べてなかったし。」
「……なんか、普段食わせてもらってないみたいじゃないか。」

微妙な静寂の後で、メインディッシュのステーキ、お兄ちゃんが頼んだスパゲティー、
そしてグラスに入ったワインが2つ、目の前に置かれた。

「何コレ?」
「……赤ワイン。」
「なんで2つあるの?」
「お前の分。 ホラ、乾杯。」

チン  軽くグラスを合わせて音を立てる。

「いいの? こんなの飲んじゃって。」
「安ワインだから気にしなくていいよ。」
「……。」
「堂々と飲んでればわかんないって。」(小声)

煽るように勢いを付けて口に少しだけ含む。
苦みと、複雑な酸味は料理に合いそうだな、とは思った。



「ね、お兄ちゃん。」
「ん?」
お兄ちゃんは私が「ちょうだい。」と言ったスパゲティーをより分けているところで、
目線はこちらに向いていなかった。

「昨日の夜、添い寝してて… 襲いたいとか思わなかった?」
「……は?」
渡された小皿を受け取りながら、続ける。

「だから… 隣に可愛い妹が寝ててさ、その…
 イタズラしてみようとか… キスしちゃえとか……」
「自分で自分のこと可愛いとか言うか〜?」
「……。」


「……別に、そんな気持ちは無かった。」
その言葉を聞いて少し安心する。 迷う心に目処が……
「と言えば嘘になるのかもな…」
「え…?」

「正直… 気付いたら横で寝てたお前は… 可愛く見えた。

 でもな、そこでそんな事しちゃあ…
 それは、兄としては絶対にいけない事だろう?」
「うん… そう。それが正しい。」

なのに… そう、口では言ってるのに……

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帰り道の暗い道。 私が先頭になって歩く。
ぽつぽつと所々を照らしている街路灯が道しるべ。

ふと立ち止まって振り返る。
まるで、舞台のスポットライトみたいに、私とお兄ちゃんだけが暗闇に浮かんでいた。

二人共が酒で軽く酔っていて、軽くなった気分… つい、言ってしまった。


「ね… 私がお兄ちゃんのこと…好きだって言ったらどうする?

 ……冗談じゃなくて。」
「……。

 どう言って欲しい? 俺もお前が好きだって言い返せばいいのか?」
「……、

 わかんない。 でも……」

お兄ちゃんに駆け寄るように近づく。
「……気持ちがあるのは、確かかもしれないよ……」

唐突に、そして奪うように、お兄ちゃんの唇にキスをして…
そしてまるで逃げるみたいに、一人駆け足で家に戻った。

3に続く