研究協議会97.9
日本の建築教育は建築資格国際化にどう対応しうるか
設備技術者の資格・資格の国際化・建築教育の多様化
1.
日本の建築設備の担い手
我が国の建築工事における建築設備の実質的担い手としての建築設備資格者の中に、建築専門出身者は全体の20%未満と言う調査結果がある(図1)1)。
図1
建築設備資格者の専門分野
2.
建築設備資格者としての資格意識
設備設計の法的な唯一の資格として、体面上また有事に備えて取得の必要性に迫られてはいるものの、その活用度は極めて低く有名無実と化しつつあり、法的権限の強化を望む声が極めて強い(図2−図4)。それは規制緩和の流れに反するものであるが、その遠因は建築士の実力、以上の業務独占の不合理さに基づくものであり、それ自体が規制緩和の大きな対象になる。
3.
技術者資格の国際的動向
(1)
英国の建築設備技術者(Building
Services Engineer、
以下BSE)2)
CIBSE(Chartered
Institute of BSE、公認建築設備技術者協会)は一定の資格要件の下に各種技術分野を横断的に統括する技術評議会(The
Engineering Council)に登録すれば公認技術者(Chartered
Engineer、CE)の称号が与えられ名称独占が保護され、正会員となる。BSEには、同じく名称独占する建築家(Architect)同様、業務独占はない。CEに属する各技術者協会は各専門学会との関連が強く、教育カリキュラムへ及ぼす影響力も大きい。
図2
建築設備資格の必要性
図3
資格条件を求められた経験
図4
資格の位置づけへの要求
(2)
北米の専門技術者(Professional
Engineer以下PE)3)
NCEE(National Council of Examiners for Engineering and Surveying,全米技術者試験委員会協議会)がPEの統一試験を行い、各州のPE委員会の規定に従って登録する。登録資格や権利等は州や技術分野により差がある。多くの場合、PEの名称独占と業務独占が保証される。州ごとの登録互換には統一試験が活用される。外国の学歴・業歴に対する解釈も記述されているが、カナダ以外には実質的に開放されていないようである。
(3)
オーストラリアの専門技術者(Chartered
Professional Engineer以下CPE)4)
名称や英米との関係の歴史からも判断されるように、上記の両国の資格の性格を共有する。オーストラリア技術者協会(Institution
of Engineers, Australia、以下IEAust)の正会員は名称独占あり業務独占はない。特筆すべきは地域柄、海外交流が盛んである事、米国・カナダ・ニュージーランド・香港各国の技術者協会との間に相互会員登録協定が締結されている。またAPEC内での相互承認について検討されている事などである。専門分野によっては(土木・電気・機械など)我が国の学会との間に相互協力協定が結ばれている。
(4)
日本の建築設備設計専門技術者資格
1)
一級建築士:名称独占・業務独占。
2)
建築設備資格者(建築士法設備士):特定名称。業務独占無し。建築士に助言したとき設計図に署名する特権あり。
3)
建築設備士(空気調和・衛生工学会設備士):名称独占に類似。技術水準の証明。1)と合体して建築設備技術者協会を組織。
4)
技術士(衛生工学・電気工学等):名称独占のみ。業務独占無し。コンサルティング資格の証明。日本技術士会を組織。
このように日本における上記の各種建築設備専門技術者は、建築設備の技術水準を自発的に高度に保持する原動力ではあったが、一級建築士の資格を併有しなければ実権は無きに等しく、技術者協会の教育・資格問題に対する発言権もまた皆無に等しい。この点、英米豪の何れにも法的立場として肩を並べることは出来ず、資格互換も有り得ない。
4.実態との整合と国際化のための建築技術者資格体系
筆者が図5に示す組み替えの体系を提案してから既に20年が経過する。現在でも基本的のこの構図は正しいと信じているが建築家の定義、その資格付けについては手直しを必要としよう。今回は敢えて原案のまま再掲する。
この間に建築設備士の士法規定が登場したものの、建築士の業務独占の死守、或いは行政における進歩性無き頑なな既存法律遵守の姿勢が資格を有名無実化し、実態から見ると極めてアンフェアな状況を一層進めてしまうとともに、規制緩和ならびに国際化への軟着陸を不可能にした。即ち。
@
総合教育の名の下に専門分化した教育が施され(この点は後述)、辛うじて得た建築士資格を死守して建築設計全般の設計業独占による利益を享受する。
A
設備技術を実質的に支える80%を超える非建築系技術者(図1)、とくに最もその道に最も適すると考えられる環境・設備系専攻の専門技術者にすら、一級建築士の名の下にしか設計者として名乗ることが出来ない。
B
総合教育を標榜するにも拘らず、省エネルギー・地球環境に配慮した設計をみずから創案為し得る、いわゆる建築家の如何に多からざることよ。
C
同じく、コスト・エネルギー・排出ガス等のライフサイクル視点、ファシリティーマネージの観点に配慮した総合デザインの如何に少なき事よ。
D
それが建築主の無理解を生み、その上に立ってさらに愚作を生み出す、この悪循環(彼等にとっては善循環?)の加速。建築プロフェッションと何のと言う以前に、基本的にコンサルティングの何たるかの理解が不足している。
E
その体質を温存させるものが現建築士法体系であり、公平な競争社会の実現に竿を差していると言わざるを得ない。
F
ここに、国際化のために成すべき事のベクトルは明らかである。
5.総合建築教育への柔軟対応、建築教育システムの多様化
(1)
復興体制システムの役割の限界
日本システムのすべてに言い得ることは、戦後復興から経済成長へ向けての法体系、社会システム、教育体系そして建築資格体系に至るまで、偉大なる社会の建て直し、経済成長の推進効果を発揮して役割を終えた時点での見極めを為し得なかったことである。それがまさに第一次オイルショックの時点であり、また本題に関しては図5の提案時期で、官学産界を通じて実際に真剣な論議が行われたと記憶している。
芸術・学術・技術一体の総合建築教育は実はさらに建築に関する社会システム全体を牛耳る総合教育でもあった。それは確かにバランスの良い建築家・技術者、そして行政家を生み出したかに見えるが、暗黙の内に社会的地位の差別認識を生じ、設備志向者はおだてられ酷使されながら建築家としては認められず一段低い位置に置かれる。
(2)
建築総合教育の結末と統括型設計
建築芸術を高唱する多くの建築家はこのバランス教育の外にあり、これをやはり技術家としてバランス外にある、建築系外の設備技術者の献身的助力によって辛うじて建築性能・機能を保ってきた。このスタイルは建築家主導型である。
一方では、組織の中に意匠・構造・設備のエンジニアをバランス良く抱え、それを総括するバランス感覚に優れた建築士が統括する設計チームのスタイルがある。設備担当者が建築系か否かによってそのチームの性格が若干異なるが、少なくともここに建築総合教育の成果を見ることが出来る。この場合の統括者(管理建築士と言う意味ではなく、プロジェクトごとの統括者、勿論その背景には組織の管理建築士の性格が反映していよう)の資質は、プロフェッションとしてはコンサルティング業務に対する理解度の高さであり、意思決定における判断基準は、建築の内に在ってはその居住性能・エネルギー・環境のライフサイクル性能、外に在っては資源エネルギー・地域地球環境保全に関する深い理念と洞察力とである。
このような従来の総合建築教育の結末と業務遂行の実態あるいは在り方を見渡すとき、少なくとも上記二様のチームの性格は何れか一方に帰一するものではなく、建築種別、注文主の嗜好、建築や環境システムのデザイン性或いは機能性、建築物のライフの長さ、等々により競合性と選択可能性を保持することが今後の低成長持続社会と国際化の時代を迎える建築教育の在り方を考える基礎となる。
(3)
環境設備教育の多様性、性能発注的性格
すでに建築設備関連教育分野では時代の要求に沿って30年も前から多様化が始まってきたのであり、環境、設備、衛生と名のつく工学部諸学科が多く設立され、社会の要求に応えてきた。にも関らずその学部内の地位、社会的地位が必ずしも高まらなかったのは、いつに設備設計に対してにフェアな形で建築士に対抗し得る権限を付与されなかったこと、その根幹に総合建築教育への期待の過大評価、時代と実態に即して建築教育・技術者資格制度を柔軟に変形していくことが出来なかった我が国社会の硬直性・利己性が在る。
一方、建築設備の設計は初期の建築基準法に規定されたごく一部を除き多分に性能設計的であった。数少ない規定項目であった採光・換気に関する細かい数値規定も環境設備技術の発展の前にはむしろ創造性の阻害要因となっている。これも戦後復興時に取り得た可能な手段と本質的目的との対応を固着させたものを、時代の変遷に合わせて法文を変質化していく努力を怠ったためである。
(4)
今後の建築教育と環境システム教育の在り方
先ず、これまでの建築総合教育が機能を十分に果し得なかった点を明らかにすれば、
1)
4年間と言う学部教育の短さに反比例する豊富な教育カリキュラム。
2)
時間の短さをカバーし、また誤った自由化によって選択科目が増大して総合化が次第に欠落した。
3)
建築学科にある建築家のイメージの下では、真に環境・システムを志向する学徒を集めにくい。
4)
真にデザイン・構造・設備の専門性を深め、また本来の統括的な建築家((2)の第一の部類)ないし頭括型建築士((2)の第二の部類)を記するものに対して不満足なものである。
5)
社会訓練が欠如し、学部・修士課程の6年間で得られる一級建築士の実質は国際常識にそぐわない。
などである。一方で我が国の建築教育界が追求してきた建築の総合性教育の高邁な理想は正しい手段を通して継続される価値が十分にある。これらを勘案するとき、先ずは教育の多様性の容認、そして教育年限や専門教育システムの多様化、その中で国際社会の資格の相互流通性を確立していくことが必要である。すなわち、
1)
建築家養成専門教育コースと建築専門技術者養成教育コースの併存
2)
建築家コースは学部を6年間とし、イメージとしては従来の建築学科のデザイン系コースを2年間延長することによって、真実の総合建築教育と社会・実務の体験、並びにデザイン専門訓練の増強を図る。修士(または別称)課程はその上にある。ここでは構造・材料、環境・設備の教育もバランス感覚のある建築家養成のために役立てられる。
3)
専門技術コースは教育目的・理念によって学科名称と学部教育年限は多様化させる。例えば、
@
管理建築士コース(6年、建築工学科、環境・建築学科)
A
人間環境システムコース(6年、社会環境学科、人間環境学科、環境システム工学科)
B
環境専門コース(4−5年、建築環境学科、設備工学科、衛生工学科)
C
構造専門コース(4−5年、構造工学科、材料施工学科)
D
住居環境コース、インテリアデザインコース、施工管理コースなど(4年)
4)
建築士制度を改変し、上記の各専門コースを経たもので所定の経験と試験に合格したものを、建築家・管理建築士(統括建築士)・専門建築士(建築計画士・建築構造士・建築設備士)などそれぞれの分野における資格を与え、名称と業務の独占権を与える。現行資格からの移行については例えば図5を参考にする。
5)
国際関係においては、建築家はArchitectと、専門建築士はPE、CEなどの専門技術資格者と対等である。管理建築士は何れに属させるべきか検討を要する。
6)
かかる準備が整えば、国際間の資格相互認定についてはスムーズに対応可能であろう。
(5)
環境システム工学コース
建築学や建築技術そのものがそうであるが、とくに環境・設備工学は諸工学との境界部を共有する、内容・スケールともに広がりの大きなものである。図66)はその学問領域と適用スケールの立体構造を示す。このような地球とエネルギー、人間と建築の周辺の環境を対象とする分野への、強い環境意識に恵まれた若者を引き付け教育を施し、社会へ送り出すにはそれにふさわしい教育環境が必要である。図7は、図6と共に筆者が1994年9月の大会研究協議会「環境設備教育は如何にあるべきか」7)にて提案した環境システム工学のイメージである。これは前項3)のAないしBに該当するものである。
図7
環境システム工学コース
文献
1)
建築設備士業務実態調査、建築設備技術者協会1997)。
2)
英国の建築関係技術者制度、(財)建築技術教育普及センター、H5.3
3)
アメリカ合衆国専門技術者登録制度、建築技術教育普及センター、H4.2
4)
オーストラリア連邦建築資格者制度、建築技術教育普及センター、H9.3
5)
中原信生:建築設備と建築設備技術者像、建築雑誌Vol.93,
No.1144
6)
中原信生:環境設備工学の教育は如何にあるべきか?、1994年度日本建築学会大会(東海)環境工学部門(2)研究協議会資料、1994.9
7)
中原信生:国際的視点からの環境と建築の教育・資格のあり方、所感と提言、日本建築学会東海支部研究報告、1996.2
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