第七話 デート?

《後編》



Ami なんで?

「森沢、お前最近いいことでもあったのか?」

近所のコンビニで買出しをしている時、いつになく鋭い質問を男子柔道部の木村哲也(きむらてつや)がぶつけてくる。

「な、何でですか?」

ギクゥッ、この男いつからこんなに鋭くなったんだ? いつものほほんとしているくせに、急に鋭いところを付いてくる。

亜美は、ちょっと顔を引きつった微笑を見せながら哲也を見る。

「いやこれといったのはないんだけれど……最近、森沢いい笑顔を見せるなって思って……」

照れたような表情で目をそらす哲也に、亜美も照れたような顔をする。

「そうですかねぇ? あたしはいつも元気ですよ」

照れるなぁ、わかっちゃうのかな? でも、何で木村先輩がそんな事言うのかしら?

「いや、それはそうなんだけれど、なんていうのかなぁ……」

哲也は困ったような表情を見せながらも、その意味をうまく表現できないようにイラついたような様子を見せながらも、それを押さえ込むように黙々と買い物を再開する。

厳つい男子の揃っている柔道部の中では異彩を放っている哲也は、見てくれとは違って実力もありルックスもあることから女子には人気があり、この買出しについても他の女子から結構ブーイングがあったという事はよく分かっている、しかし、亜美の事を推挙したのは誰でもなくこの哲也だった。

なんだってあたしを連れ添おうと思っていたのかしら……ひょっとして、あたしが一番力ありそうに見えたのかなぁ……それはちょっとショックかも……。

一瞬頬を赤らめるも自分の出した答えに落胆する亜美の事を哲也はわき目でチラリと見てニコッと微笑んでいた。



「森沢はこっちを持てよ、こっちの方が軽いから」

会計を済ませてコンビニを出ると、哲也はペットボトルなどの重いものが入った袋を取り上げ、亜美には比較的軽いお菓子が入っている袋を渡す。

あら先輩も結構紳士なのね? まるでお兄ちゃんみたい。

亜美はそんな心遣いを見せる哲也を陽平とダブらせてみているようだ。

きっとお兄ちゃんも同じようにしてくれるだろうなぁ……それで不意に指かなんか当たっちゃって、お互いに照れたりなんかして……ウフフフ。

「どうしたんだ森沢、ニヤついて……」

 ヤバ……顔に出ちゃった。

少し気味の悪い笑みを浮かべている亜美に憮然とした顔をしている鉄や、そんな二人がちょうど渡ろうとした信号が赤に変わってしまい、何の気なしに顔を上げると、左折しようとしている車が無意識に亜美の視界に入る。その車は雪音と同じ色、形の軽自動車だ。

「あれ?」

その車の運転席には、お兄ちゃん? そして助手席にはお姉ちゃん?

亜美は、我が目を疑うように目をこらす。車は気が付かないように亜美の前を通り過ぎてゆく。その運転手は間違いなく陽平で、助手席は雪音だった。

何で? 何で二人が、それに……お姉ちゃんがあんなに楽しそうに……。

助手席に座る女性は楽しそうに運転席に座る男性の肩を叩きながら笑顔を弾けさせており、心底その空間を楽しんでいるという事が伝わってくる。

「お兄ちゃん? それと……お姉ちゃん」

呆然とした顔で亜美はその車の走り去っていったほうを見つめている。

「森沢? どうしたんだ? 行くぞ、おい、森沢」

どこか遠くから先輩の声がするような気がする。

「……なんで?」

亜美は、目の前の信号が青になったことにも気が付かず、そうつぶやきながらその車の去っていった方角を見つめているだけだった。



Youhei 人生、邂逅し、開眼し、瞑目す

「あぁ……満足、旨かった!」

レストランを出てから陽平は、満足そうにお腹をさする。

「本当に、ボリュームあったわね、噂どおりに本当に美味しかったぁ」

隣で雪音も満足そうな表情を浮かべている。

 口コミで聞いたお店は『赤井川』にある『ケルン』というお店、雪音ちゃんも聞いた事あると言っていたが、噂の通りボリュームは満点だった。

「うん、デミグラスソースも絶妙だし、本当に北海道というのは美味しい店が多くって、しかも安いよね?」

陽平は駐車場で満足げに大きく伸びをする。その正面には駒ケ岳がそびえている。

「ウン、多すぎちゃってご飯残しちゃった、お店の人に申し訳なかったなぁ、でも、こんなに綺麗に駒ケ岳が見えるのは珍しいわね?」

独特の形をしている駒ケ岳が正面に見え、その中心部からは活火山である証の噴煙がうっすらと見えている。

「雪音ちゃんは駒ヶ岳のレパートリーはないの?」

運転席に座り、助手席に乗り込んできた雪音に声をかける。

「ありますよ、駒ケ岳というのは、もともと円錐形の富士山のような成層火山だったの、だから今でも渡島富士なんて呼ばれているけれど、それが、寛永十七年に大噴火を起こして今の形になったの。今は外輪山の剣ケ峯が最高峰になっていて、標高は千百三十一メートル、そのほかに、砂原岳や墨田盛、駒の背や馬の背といった外輪山で形成されているの、ちなみに噴火湾の名前の由来もこの駒ヶ岳なんですよ」

雪音ちゃん、なんだか目が生き生きしているなぁ。

思い出すように顎に指を当てながら解説をする雪音の事を見て陽平はそれに耳を傾ける。

「そもそも噴火湾の由来は、十八世紀末イギリスの探検船プロヴィデンス号の船長のブロートンという人が『ボルガノベイ』と言ったのが由来らしいわね、なぜそういう風に言われたかは、諸説もろもろあるらしいけれど、ちょうどその時、駒ケ岳と有珠山が同時に噴火していたという説が有力らしいわ」

雪音ちゃん力説! 観光ガイドか何かをやったほうが良かったかもしれないなぁ、亜美ちゃんと一緒に……。

陽平は苦笑いを浮かべる。

「あぁ! 陽平さん、今あきれていたでしょ? 陽平さんがレパートリーあるかっていうから説明したのに」

助手席で雪音が膨れた顔を浮かべる。

「はは、あきれてなんていないよ、雪音ちゃんは観光ガイドさんか何かやったほうがよかったかもしれないなって思ってね」

陽平はそういいながら車をスタートさせた。

「もう、陽平さんの意地悪!」

 雪音はベェッと舌を陽平に向けるが、陽平にはそれがまた可愛らしく感じるだけであった。

「それでここからは?」

 陽平の声に雪音も我に返ったように手元に合った地図に視線を向ける。

「ここからだとこの国道五号線で函館に帰るしかないのかなぁ……あっ、そういえば大沼公園といえば……」

 信号待ちをする車の外に雪音は視線を向けると、その目的の場所を発見したのかその顔をほころばせる。

「何かあったの?」

 信号は今まさに変わろうと、歩行者用の信号が点滅を始める。

「大沼というと『大沼だんご』が有名なの、駅でも売っているんだけれど、そこにある『沼の家』のお団子はお店でしか買えない『ゴマ』があったなって」

 ハハ、やっぱり女の子なんだ、よくデザートは別腹って言っていたけれど、雪音ちゃんも同じなんだなぁ。

 そんな意味の笑みを浮かべる陽平に対して雪音は照れ臭そうに顔を赤らめる。

「エッと、言っておくけれども、別に食べたいわけじゃないですよ? ただ有名ということを言いたかっただけですから、誤解のないように」

「はいはい、雪音ちゃんも他の女の子ということが良くわかりましたよ」

 陽平がそういうのと同時に目の前の信号が変わり、車をスタートさせる、それは大沼公園駅の駅前にあると言うそのお団子屋さんに行くため。

「もぉ、陽平さんの意地悪!」

 雪音の力のこもっていない拳が陽平の胸に当たるが、当然痛みなどは感じず、むしろそこから身体全身がぽわぁっと温かくなるような気になる。



「ここ?」

 大沼駅の駅前は、まるで高原の小さな駅、そう関東で言えば高原で有名な『清里駅』』のような雰囲気が流れており、陽平は少しその雰囲気に毒気を抜かれたような顔をしている。

「そう、ここ『沼の家』は、大沼だんごの発祥といわれているの。駅で売り始めたのが最初らしいけれど、最近ではこのお店だけで売られている『ゴマ』が人気で、これはお店にこなければ買えないのよ……お母さんはここの『しょうゆ』が大好きね」

 雪音はそう言いながらお店の中に入り、迷う事ない様子でその折を指差し店員に注文している、それを脇目にしながら陽平は駅前に合ったレンタサイクルに視線を向けると、そこには家族連れであろうが何台かの三輪車に乗り込み走り出そうとしているところだった。

「あは、なんだか楽しそう」

 店から大切そうに折を持ちながら雪音が出てきて陽平の視線の先を覗き込む。

「本当に……いいなぁ、俺も家族を持ったらあんな事をしてみたいな?」

 陽平が思わずそう呟くと、隣にいた雪音も目を細めながらその光景を見つめている。

「そうね? お父さんとお母さん……子供は男の子と女の子の二人で一緒にああやって歓声を上げる……」

 雪音の一言に陽平は思わず雪音の顔を覗き込むと、その雪音は我に返ったようになり真っ赤な顔をしたかと思うとうつむいてしまう。

「あ、あくまでも一般論よ……」

 一般論でしたか……ちょっと考えてしまった俺は一体……。

 苦笑いを浮かべながら駐車場に向かう陽平の後姿を、まるで隠れみるように上目遣いでみる雪音、それには陽平はまったく気がついていなかった。

「一般論じゃなくしたいかな?」

 運転席に座る陽平の一言に助手席に座った雪音は首をかしげると、陽平は意地悪い顔をしながらウィンクする。

「へ?」

「ハハ、気にしない気にしない……さてとお姫様、これから俺はどのように動けばいいのでしょうか?」

「ゴメン、エとこのまま国道五号線に向かって……ねぇどういう意味なの?」

 ナビをしながら陽平の一言が気になるのだろう、雪音はしきりにその顔を覗き込ませているが、陽平は笑顔を浮かべたまま車をスタートさせる。

「気にしない気にしない……」

 陽平のそんな言い草に苛立った様子を見せながら雪音はその肩をポンと叩く。

「もぉ〜、意地悪!」



「昆布館?」

国道を走らせていると洒落た建物が見えてくる、そこには昆布館と書かれており、陽平でなくとも首を傾げたくなるものだ。

「うん、昆布を題材にしたミュージアムらしいわね、わたしも行った事無いなぁ」

雪音ちゃんが行った事が無いのなら、行ってみる価値があるでしょ。

陽平はハンドルを切り、駐車場に車を寄せる。

「へぇー、本当に昆布ばかりだぁ、昆布ができるまでとか、昔の昆布のとり方とか……好きな人にはたまらないかもしれないけれど……ハハ」

 昆布フリークという人はあまり聞いたことがないけれどもね?

二人は、ただぶらつくだけで気が付けば、あっという間におみやげ物売り場に来た。

「昆布茶の試飲?」

お茶器にそう書かれている。昆布茶というと梅昆布茶とかの類は知っているものの、純粋な昆布茶というのは一体どんな味がするのだろう。

あまりにもその味を知りたいがために陽平はそのお茶器に手を伸ばす。

「陽平さん、飲むの?」

そういいながらも、雪音の顔は好奇心旺盛な顔をしている。

ぐびっ……うっ……この味は……。

「どう?」

雪音が顔を覗き込む。

「はは、この味は、昆布だし……かな?」

うん、煮物とかに使うとちょうどいいかもしれないなぁ……そんな味がした。

「じゃあ、わたしもチャレンジしてみようかな? これ、昆布ソフトクリーム」

雪音は、そういいながらそれを注文する。

「どう?」

見た目は普通のソフトクリームを一口すると、一気に雪音の眉間にしわがよる。

「はは、これはわたしの持つソフトクリーム感を否定するわねぇ、陽平さんもどう?」

それを受け取り、陽平も口に含む。

うぁ、これは……なんの捻りも利いていない、まるっきり昆布だぁ……。

二人は、そのソフトクリームを交互になめながら、昆布館を出るころには口の中がこぶ味になっていた。

「やっと昆布臭いのが取れたかも……そうだ、せっかくだから新道に行かないで旧道を通って帰りましょうよ、ウンそうしよう、そうしたら、そこの信号を右折して」

車を走り出させると同時に自己完結した雪音から指示が出され、そのままに車を操る。そろそろこの車にも慣れてきたな、走行距離もだいぶ伸びてきたし。うん、いい感じだ。

「へぇ、綺麗な松並木だね?」

ハンドルを握りながら陽平は感嘆の声を上げる。国道の両脇に、綺麗に並ぶ松並木、日光や、箱根とはまた違った風情だ。

「この道はね、別名『赤松街道』とも呼ばれていて、日本の道百選にも選ばれているのよ、函館市内から続いているこの道だけれど、排気ガスとかで枯れちゃって、今ではこの大中山付近の二キロぐらいが一番綺麗みたいね」

なるほど、こんなところでも車の弊害が生まれているんだな。

少し反省しながら運転する陽平に対して雪音は再び質問を投げかけてくる。

「ねぇ、陽平さんは『とうきび』とか『とうきみ』って知っている?」

 雪音ちゃんって、たまぁ〜に話がいきなり飛んだりするんだよね?

道の両側には雪音が言ったその台詞と同じ文句の旗がいたるところに立っている。よく見ればそれは、『とうもろこし』の事らしいが、『とうきび』と書いてあるのもあれば『とうきみ』と書いてあるものとある。

「うん、よくテレビとかでは『とうきび』は聞いたことあるけれど『とうきみ』というのは初めて聞いたなぁ」

「やっぱりなぁ……『とうきみ』って言うのは、道南とかで言われているらしいの、よく『浜言葉』なんって言うわ、だから同じ北海道の訛りでもちょっとニアンスが違ったりすることがあるのよねぇ」

「いいじゃないか、訛りなんて俺からすれば羨ましく思えるよ『お国言葉』って言うのかな、自慢してもいいと思うぐらいだよ」

陽平のその一言に雪音は頬を赤らめる。

「そうかぁ、恥ずかしくないんだなぁ」

 どことなく嬉しそうに言う雪音のその微笑に陽平の顔も思わずにやけるような気になる。



「はい、お疲れ様でしたぁ」

サイドブレーキをひき、車のエンジンを止める。今日はお疲れ様、そんな気持ちで車のボンネットをぽんと叩く。

「思ったより早く帰って来られたわね?」

助手席から降りてきた雪音が空を見上げながら陽平に言う。その空は、まだ明るく暗くなるまでには、まだ少し時間がかかりそうだった。

「本当だ、結構距離走った割には早かったね?」

本日の走行距離は、約百六十キロ、所要時間は約九時間の計算になる。

「うーん、でもよかったぁ、ちょっと気分転換できたみたい」

雪音は、にっこりと微笑み陽平の手をとる。

「陽平さん、今日は運転してくれてありがとう、うれしかった」

雪音の手の温もりを感じた時、陽平の胸の中で何かがはじけた。

「もう少し……もう少し一緒に歩かないか?」

なっ、なに言っているんだ、俺は?

対する雪音も戸惑った表情を浮かべている。

「……うん、お店もお母さんがやってくれているだろうし、もうちょっといいかな?」

ちょっと考えた末、雪音はにっこりと微笑み陽平を見る。

「さてと、それじゃあ陽平さんはどこに行きたい」

さてと、どこに行きたいといわれても、どこに行けばいいのだろう? ベイエリアはこの間亜美ちゃんに案内してもらったし、既に俺が行きたいような所というのは回り尽くしてしまっているし、ただ俺は彼女と一緒に歩いているだけでいい気もするが。

陽平は、ふと思案顔になる。

「といっても、陽平さんは観光に来たんだものね? そうねぇ、だったら山の方に行ってみましょうか?」

「山?」

「うん、函館山の事、地元ではみんなそんな呼び方をするの、あっちは結構名所が多いから楽しめると思うわよ」

うん、雪音ちゃんとの観光地巡りもいいかもしれないな。


「ここは?」

道路端に小さな公園がある。特にベンチがあったり遊具があったりするわけではない、本当に小さな公園だ。

「えーっとここは、あぁ、亀井勝一郎の碑がある所だわ」

 雪音はそう言いながら花に囲まれたその歌碑に近づいてゆく。

「亀井……?」

「亀井勝一郎、たしか函館に生まれた文学者の一人なの、えーっと『人生邂逅し開眼し瞑目す』ですって、なんだか深いなぁ」

なぜか雪音はその碑を眺めながら得もいえない表情を浮かべている。

「どういう意味なの?」

陽平は、雪音の横に立ちその碑を眺める。その碑はかなり風化しており、その文字を読むにはかなり困難を極める。

「うん『人生は出会いがあり、その出会いで気づくことがあり、そして最後には死んでいく』といわれている、ようは出会いを大切にしろということなのかしらね?」

「じゃあ、俺たちの出会いも大切にしないといけないよね?」

陽平は雪音を見るが、雪音の表情は硬いままだった。

「……うん」

雪音ちゃん?

「ごめん、やっぱり……わたしだめ……」

雪音はそういうと、その碑から離れていく。そこに陽平がいることを忘れたかのようにまるで逃げるように小走りにそこから離れてゆくが、陽平はその後を追うことができなかった。

「ゴメンって……わたしダメって……」

 陽平は今雪音が言った台詞を反芻するように呟き、徐々に暮れ始めるその街並みを見つめて、大きなため息をひとつつく。

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第八話へ続く……。