★ 黒い肌の生き物

 合言葉を違えた者の記憶を抹消する第二のスローベンドア。このドアを主人公の目の前で通過していく存在がある。第四巻パラグラフ397に登場するこの生き物は、大柄でクマほどの体躯と黒く固い肌を持っている。のろのろと歩いてドアに口を近づけ(おそらく合言葉を囁いている)、扉をくぐりぬけていくのである。この正体不明の存在は一体何者であろうか。

 ゲーム的な観点から見れば、その役割は一目瞭然である。すなわち、この両びらきの扉が第二のスローベンドアであることの説明役だ。ドアのある中庭セクションでは、この扉こそがスローベンドアで、通過するには合言葉が必要なことが情報として提示されている。得た情報とこの生き物の行動を照らし合わせ、読者にこの扉が確かにスローベンドアであることをわからせるのだ。そのうえで、この生き物と同じように試してみるか? と持ちかける罠の役目も持っている。

 だが視点を移して物語の観点からみると、その瞬間にこの生き物は謎の中にどっぷりと漬かってしまう。その描写からは、似たようなモンスターを連想するのが難しい。だが、そもそもスローベンドアを通過するという行動そのものが、マンパン砦の住民の中でも群を抜いて特異と言える。手掛かりはありそうだ。

 まずはこの生き物の前に、第二のスローベンドアに関して考えてみる必要があるだろう。ここは中庭と天守閣を隔てる要所である。中庭へ直接降りることは鳥人たちの守りを突破する必要があるとはいえ、可能である。第一のスローベンドアは機械仕掛けで、鍵さえ手に入れれば、だれでも難なく開けることができる。つまり、この第二のドアこそがマンパンの守りとしては本番ということだ。本文中の描写を、記憶を消されながらもドアをくぐった様子と見ることには無理がある。ゲーム中で得られる情報に限ると、第二のドアの合言葉を知るのはヴァリーニャだと強調されている。誰でも彼でも秘密を知っているわけではない。守りとしての機能を考えると、当然と言えるだろう。
 この黒い肌のクマっぽい大きさの生き物は、明らかに合言葉を知っているのだ。二足歩行で歩き、ドアを手で開け合言葉を口にする。こいつは単なるモンスターではなく知的生物である。この先はこいつのことを「彼」と呼ぶことにしよう。

 次に彼の行動を見てみよう。奴は右手の方からやってきて、ドアをくぐっている。ではこの右手には何があるか。そこにはヴァリーニャの部屋へとつながる扉がある。この先にいるのはノームのリッド、粘液獣、”とげとげしたやつら”、そしてヴァリーニャと、その召使いたちだ。
 彼が天守閣の中から出てきて、用を成したあとにもどっていたとするならば、その用向き先はヴァリーニャもしくはリッドへの伝言や命令伝達だと思われる。逆に彼が中庭セクションの誰かからの使いであるとするならば、これはもうヴァリーニャしか考えられない。リッドは間違いなく合言葉を知らないし、ヴァリーニャであればよほどの大事態でなければ自ら動こうとはしないと思われるからだ。だが、彼をヴァリーニャの使いと考えるのは無理がある。秘密を使用人に簡単に漏らすような男に、大魔法使いがドアの秘密を託すとは思えない。つまり、彼は天守閣からの使いで、ヴァリーニャかリッドに用があったのだと考えることができるだろう。

 天守閣の中にいる人物で、ドアを通ることができるような使者を持ち、なおかつ自分ではそうそう動けないような人物となると、これはもう限られてくる。衛兵隊長カルトゥームか、あるいは大魔法使いとしてのファレンその人しかいない。ゲーム中は登場しないが、鳥人の長なども候補に入るかとは思うが、その存在は自分の考察中のみなので、今回ははずしておこう。
 彼の姿は正直目立つので、これはお忍びとかいうレベルではない。となると、ファレンのように正体を隠している人物の使いという可能性は低くなる。つまり、隊長の使いの者ではないだろうか。
 衛兵隊長の使いが、このような特異な姿をしているというのは変な話に見える。普通に衛兵を派遣すればいいではないかと思えるのだが、カルトゥームとヴァリーニャの間の環境を見てみることにしよう。まずは刃突き立つ「夜の間」、燃え立つ第三のスローベンドア、そして猛毒の粘液獣の部屋が難所として存在する。

 彼の外見は「固そうな黒っぽい肌」「クマ並みの体躯」である。創元訳では「黒いゴムの溶けたような肌」とある。原文では「dark, rubbery skin」だ。意味としては「黒くゴムのように弾力のある肌」といったところだろうか。毛が生えているでもなく、普通の生き物の肌とは様子が異なっているということらしい。
 そこへクマ並みの体躯で、のそのそと歩く。である。実はこれは、生き物ではなくて、中に衛兵が入っている着ぐるみではないだろうか? 夜の間の刃に強いゴム質、粘液獣の毒も通さぬフルフェイスマスク。一見不気味な生き物に見える特殊スーツだというのが自分の結論であるが、いかがだろうか?

 ちなみにこの伝令役は、第二のドアの合言葉を知っているように、第三のドアを抜ける方法をも知っているに違いない。(もちろん、炎の幻影からわずかでも心を守る役目もスーツにはあるだろう。)その正体は重要機密に属すると思われる。「彼」の持つ異様な外見は、その秘密をも包んでいるというわけだ。おそらく赤目の視線にも耐えるだろう。


 余談だが、以前は自分は「とげとげした奴ら」がこの生き物の候補だと考えていた。リッドの部屋の向こうに連中もいるので、立地的には問題ない。しかも連中との遭遇は暗闇の中なので、その姿は不明であった。棘は見えなくてもうまく肌の中に隠しているタイプの生き物の可能性が高いと思っていたのだ。しかし先日入手したAFF2キャンペーンシナリオにて、とげとげした奴らが大山嵐だと明言されたため、この説は崩れた。    

(9/16/12)

【追記】  
 これほどの機密を持つ人物が、カルトゥーム配下と考えるには無理があるという意見もあろう。たしかに隊長は隊長で微妙なオーラを放っている人物であるが、彼はそれでも砦においてはトップクラスだという証拠がある。ゲーム中で、彼が変異ゴブリンたちの鎮圧に向かうシーンがあるが、それはカルトゥームが第四のドアだけでなく第三のドアの秘密も知っているということを示しているのだ。隊長の部屋と変異ゴブリンのいるセクションの間に、第三のドアは位置している。鎮圧に向かうだけ向かって、帰ってこれないということはありえまい。衛兵隊長として、カルトゥームはいざというときには砦のどこへでも出かけていける必要がある。つまり、彼は第二~第四のドアの秘密をすべて知っていると考えても不自然ではないということだ。カルトゥームから秘密が漏れることを恐れたからこそ、大魔法使いは最後の守りとしてファレンの中に隠れているのではないか?

 もしもこの「使者」を衛兵隊長付き伝令兵よりもさらに重要人物に、そしてミステリアスな存在へと高めるならば、これを大魔法使いその人の伝令にランクアップする妄想も可能だ。先には「可能性は低い」と書いておきながらなんだが、正体不明であることをアピールする方向で演出すれば、いけるかもしれないと思い至った。
 普段姿を見せない大魔法使いに代わり、どことも無く現れてただ「指令」を伝える謎の人物。その姿は奇怪千万にして、絶対防御を誇る。攻撃力もあるかもしれない。誰もがその背後の大魔法使いを恐れるだけでなく、使者その人をも畏怖の対象とする……。結構悪くない想像である。間違いなく中ボスに抜擢できるな。

(9/18/12)

【追追記】  
 この使者の中身であるが、大魔法使いであるところのファレン・ワイドその人しかありえまいと考えるようになった。秘密を知る者が増えることを、大魔法使いは好むはずがないからだ。

(7/13/14)

★ 開かずの扉

 マンパンは中庭セクション付属の部屋に、開かずの扉がある。この扉、試してみることこそ可能だが、鍵がかかっていて入ることができないのである。
 それがどこかと言えば、粘液獣マカリティックの部屋の壁についているのだ。ゲーム中、扉を試してみないことには、それに鍵がかかっているとはわからない。向こう側から鍵をかけられている可能性が高い。少なくとも、こちら側から見ただけでは鍵の有無は不明ということである。(粘液まみれで判別できなかった、ということはあるかもしれない)

 さて、この扉であるがどこに続いているのだろうか。少なくとも治安上、スローベンドアの向こう側ということはあるまい。となると、恐ろしい可能性が浮かび上がってくる。この先は、袋小路かもしれないのだ。そんな逃げ場のないところに、「内側」から鍵がかかっている……。粘液獣の毒気から必死で逃れた誰かが、扉の向こうで進退窮まる絶体絶命の状態にあるかもしれないのだ。これは充分、マンパン砦における怪奇足りえるのではないだろうか。「あの開かずの扉の向こう側からは、数年前に閉じこもって餓死したという男のうめき声が……」

……マンパンの中庭で、夏の夜などにしたり顔で語られるお話である。    

(9/17/12)

【追記】  
 AFF2『ソーサリー・キャンペーン』になると、この扉がきれいさっぱり消えてしまっている。新たな夏のミステリーである。マンパン砦七不思議とか都市伝説なのか。

(9/18/12)

★ 七魍魎

 創元訳では七つの精霊として登場した超自然的な存在。それが第三巻で遭遇する七魍魎である。原文では Seven Spirits で、オーガを鬼とするある種東洋チックな浅羽訳ならではの訳だと言えるだろう。魍魎とは中国における自然界の精霊や鬼のことで、日本に入って自然の精霊、物の怪を指す言葉となった。まさに Spirits である。

 ゲームに登場する七魍魎は、いかにも七大蛇と呼応するかのような存在だ。七人という人数、フードの奥に隠された蛇の顔、そして何よりも主人公の敵である点。すべてが七大蛇との関連を匂わせる演出となっている。彼らは一体何者なのだろうか? 作中リブラの言葉によると、彼らはマンパンの大魔法使いが送り込んできた刺客だということだけは間違いが無いようだ。

『ソーサリー!』本編や『タイタン』などの資料を見ていても、七大蛇と対になるような存在を見出すことはできない。となると、彼らは大蛇の化身なのだろうか。だがこれは正直難しい。なぜならば、七魍魎と出会う前に月大蛇を倒してしまうことが可能であるからだ。月大蛇が死んだのちも七魍魎の数が減っていないことを踏まえて、魍魎が大蛇の霊体に該当するものと考えると、今度は逆に他の大蛇たちが問題となる。七魍魎の罠から逃れた後、大蛇たちと遭遇しても彼らの反応はなんら変わらないからだ。やはり魍魎と大蛇は別々の存在と考えたほうがいい。
 すると、今度はなぜ魍魎たちが大蛇を連想させる要素を持っているのかが問題となる。作中で魍魎たちは主人公を罠にはめようとして登場している。正直これらの要素は逆効果だろう。かえって主人公を警戒させる結果しか生まないはずだ。

 少々手詰まり感が出てきたので、一旦別視点から見てみることにしよう。七魍魎の罠によって主人公は宙吊り状態の余生を余儀なくされるかもしれないとある。この宙吊りというのは、旧訳ではリンボーと訳されているが、原文ではまんま limbo である。これはキリスト教の用語で、キリスト以前に存在した正しい人や洗礼を受けずに死んだ子供たちの霊魂がすむ場所のことである。いわゆる辺獄というやつだ。彼らは悪人ではないので、地獄へ落とされるわけではないのだが、キリスト教徒でもないので天国へも行けない。そのような宗教観から生まれた場所なのだ。もちろんタイタン世界にはキリスト教はないので、この世界の住人、たとえばアナランド人は死んだら辺獄へ行くことになるのだが、これはひねくれた解釈というものだろう。
 ところで新訳に見るように、 limbo には別の意味もある。忘却状態、無視された状態というのがそれで、これをもって新訳では宙ぶらりんと表現しているのだろう。
 本文中の描写を見る限り、ここで主人公はカーカバードとは切り離され、どこか異次元空間に隔離されてしまっているかのように見える。そう、異次元である。『ソーサリー!』で異次元といえば、大魔法使いがつながりを持つ魔神たちだ。『タイタン』における大魔法使いの記述を見てもわかるとおり、彼がコンタクトを持つ魔神たちは異次元に馴染み深い。実は七魍魎の正体とは、これらの魔神による加勢ではないだろうか。

 そう考えて再び七魍魎に目を戻すと、連中が直接の危害を加えることができずに脅しに徹していることや主人公と女神リブラとのつながりを絶つという目論見など、明らかに他のモンスターやマンパンの手先たちとは違う点が目立ってくる。特に信仰そのものへの攻撃という戦術は、七魍魎の精神的階位を際立たせている。大魔法使いですらはるかに引き離し、それこそ神々や魔王子クラスの視点、発想ではないだろうか。やはり魔神たちが裏にいると考えるべきである。

 残る問題は、七大蛇を連想させる要素の必要性のみとなる。主人公に疑惑を抱かせる不利益をかぶってまでここにこだわる理由は何か。もはや手がかりは見当たらないので、妄想を奔らせるのみである。
 主人公が七大蛇による報告を恐れ、これを無視できないことを敵が知っていたならどうだろうか。大蛇を思わせる怪しい容貌は、アナランド人の興味を引くに充分と思われる。だが先にも述べたとおり、だまし討ちを狙っているのにこれはダメだろう。無視されるよりはましかもしれないが、計画の成就はかえって遠のいてしまうのではないだろうか。やはり別の理由が必要である。

 魔神が送り出した存在に、明確な姿が無いとしたらどうだろうか。この恐るべき使者は、対峙する者がもっとも恐れる姿をおぼろげに写しとるというのはどうだ? これならば主人公の前に、七人組で現れ、かの者が疑いを持って正体を見せろと詰め寄ったとき、あるいは罠に落ちたと悟ったときに蛇の特徴がもっともはっきりと現れるという本文中の描写に則していると考えられないだろうか。罠にはめるには適した特性とは言えないが、忌まわしき魔神の眷属としては、中々にふさわしい。

(9/18/12)

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