第一巻と第四巻で登場するジャンのように、カーカバードの冒険では主人公の他にも旅をしている人物と稀に出会うことがある。このフランカーもそうした数少ない一人で、最初の遭遇はシャムタンティ丘陵のビリタンティ近郊、そしてカレーの酒場あるいはお祭り会場での再会が待っている。出会いは一方的に襲われるという形で、勝利後命を助けてやると協力者になるというキャラクターだ。襲ってきた理由が「殺しの練習」という、どうにも理不尽な輩ではあるが、本人の気前は良く、カレーでは大いに助けになってくれる。
彼は黒装束に身を包み、シミターを獲物としている。戦闘シーンは彼がフランカーと名乗る前なこともあり、「殺し屋(Assassin)」となっていてファンタジーナイズされた忍者的存在を彷彿とさせる。が、タイタン世界には八幡国もあるし、そうでなくともアランシアのファングが舞台となっている『死の罠の地下迷宮』にそのものずばりな忍者が登場していることもあるので、フランカーの場合は忍者色はむしろ薄いと言えるかもしれない。Assassin の語源は「ハシュシュを飲む人」であるが、これはかつてアラビアでは十字軍の戦士を暗殺する前にハシュシュ(大麻)を飲んだというところからきている。挿絵を見た感じ、黒装束のヘッドの部分はフェイスヴェールのようでもあり、なんとなくアラビアっぽい。Assassin らしい装束と言えるのではないだろうか。
彼が名乗るフランカー(Flanker)という名だが、こいつは英語で「のっぽ」を表す。他にも「側面に立つもの」「側衛」という意味もあって、そこからアメフトやラグビーにおけるサイドライン際に位置取るポジション名にもなっている。FPSなどでは遊撃型のアタッカーを指すこともある言葉だ。MtGのキーワード能力にも「側面攻撃」というのがあり、これの原文は Flanking である。つまり Flanker というのは Flank 行為をする者ということになる。本文中で彼は文字どおり街道の脇から現れるし、さらには長身と描写されている。Flank という言葉は敵の不意を突いて強襲するニュアンスで使われることが多く、多くの面でこのキャラにぴったりな命名なのは間違いがない。
さて、ここまで見てきて思うのは、実はこれ名前ではなくて殺し屋としての通り名なのではということだ。何しろ「Flankingしてくる人」あるいは「のっぽ」なので、こいつはいかにも好みの戦法や見た目からくる通称くさいではないか。そこで改めて、命を助けてやった後、彼が主人公に名乗るシーン(第一巻 パラグラフ187)を見てみた。原文には「name」という単語は出てこない。新訳も同じくで、奴は単に「自分はフランカーという殺し屋兼泥棒(he tells you he is Flanker, an assassin and thief. )」と言っただけだ。
『ソーサリー!』の他の登場人物たちの名前を見てみると、アリアンナ、ヴァンカス、ジャン、グランドラゴル、ガザ・ムーン、プロセウス、ヴァンゴルン、ロルタグ、サレン、アンバー、ケグー、正直ハンナ、シンヴァ卿、サンサス、シャドラク、セスター、ウールー、マナタ、ディンティンタ、シャラ、フェネストラ、テク・クラミン、シフーリ、シハーザ、シハウナ、シヒンブリ、ヴァラック、ハヤンギ、カニュ、ブリンディ、ジャヴィンヌ、リッド、ヴァリーニャ、スログ、ピーウィット・クルー、ナッガマンテ、ナイロック、カートゥーム、ファレン・ワイドと、どいつもこいつも名前然としている。ぱっと見では通り名らしい者はいない。通り名と思わしいのは、賢者ビックフットこと「大足」と、ディンティンタの異名「シャム(偽物)」ぐらいだ。
……これはどうやら、彼の秘密の一端をつかんだ気がするではないか?
【追記】
ちなみに考察対象を創元訳にのみ絞ると、「名はフランカーといい、刺客であり盗賊」と明記されているためこの考察は成り立たない。
『ソーサリー!』ではないが、以前縁あってゲームブックの翻訳をさせていただいたことがある。その時の経験で知ったことは、編集者の手厚いサポートの存在だ……校正やデバッグなどあらゆる面で大いに助けていただきました。もっとも、編集者としては当たり前のお仕事なのかもしれませんが。
さて、本題。ずいぶん前に「一か月に一冊のスピードで世に出た創元版は、おそらくは四人の翻訳者による同時翻訳で、それ故に各巻の間に微妙にかみ合ってない部分がある」と書いたことがある。ジャンの一人称(『魔法使いの丘』では僕、『王たちの冠』では俺)や、「一へ戻って、最初から出直しなさい!」(第三巻で特定の条件を満たした際、第四巻の冒険を始める前にパラグラフ〇〇を参照せよとあるのだが、第四巻の該当パラグラフではなぜか怒られてしまう)などであったが……。しかし実際に翻訳にかかわってみて思うのは、これは編集者のチェックが足りていなかったという面もあるだろうということだ。もちろん担当された編集者さんもそんなに人数いたかどうかわからないし、もしかしたら一人でシリーズ四冊を引き受けていたのかもしれない。もしもお一人で担当されたのであれば、第二巻以降は各巻一か月しか作業時間がなかったことになる……考えるだに恐ろしい。
ゲームブックの編集って本当に滅茶苦茶大変な作業なのですよ。誤字脱字はもちろん、パラグラフ連結のバグチェックや複数ルートが合流するために発生する矛盾となりうる記述表現の排除など、これは恐るべき労力である。最初から日本語で自筆される作家さんのケースなら、作家自身もそこらへん気を遣うことができるだろうが、翻訳となると「他人が書いた文章、しかもパラグラフごとにバラバラになった数百もの断章から、そのへんの思考を読み解く」必要もでてくるわけで、しかもそれが日本におけるゲームブック黎明期となればおそらくは何もかもが初体験であったろう……。いや、創元版の刊行は尋常ではない強行軍だったのではと推測できる。まだ業界の経験が浅かったが故に実行できた計画にちがいない。実際、今同じ計画が出されたらその場で「無理!」となるだろう。
多少の食い違いは残る結果になったとはいえ、この偉業に関わられた皆様には読者の立場からではあるが本当にお疲れさまでしたと言いたい。
【追記】
余談となりますが、自分が翻訳させていただいたのはこちら。
2021年1月に幻想迷宮書店よりKindleで刊行されました『悪夢の国のアリス』(Jonathan Green著、原題『Alice's Nightmare in Wonderland』)です。
この機会に、ちと宣伝させてくださいませ。
リンク:
幻想迷宮書店『悪夢の国のアリス』
Kindleストア
アナランドは魔術には長けている国であるが、いまいち薬草学は得意ではないようだ。ブリム苺については DOC の触媒にしていることからも熟知していると思われるが、そこどまりだ。ブリム苺は獣たちもその効能を知るとされるぐらいなので、特に自慢できるものでもあるまい。さて、『タイタン植物図鑑』には「かすめ草」なども載っており、これを利用して調合できる薬についても書かれている。しかしアナランド人の勇者たる主人公が第一巻でかすめ草の群生地に入った際には、それを知っている様子はまったくない。決定的なのはスナタ森で入手できる「先が六つ又になった緑の葉一つかみ」というやつだ。これは『ソーサリー!』本編ではまったく用途のないアイテムとなっている。入手時に「持っていくのであれば何か置いていかなければならない」という形になっているため、ハズレなのは意図的に組まれたゲーム性であろう。しかし、実はこれもまた『タイタン植物図鑑』に収められている薬草の一つである。レザ―リーフ草といって、効能はなんと体力回復。気になる入手難易度は「よくある」であり、一株あたりの価格も設定されている。どう考えても世界的によく知られているとしか思えないが……もしもこれを主人公が知っていたなのなら、せっかくの薬効を活用しないなんてことがあるだろうか。
まあ『タイタン植物図鑑』の編纂は『ソーサリー!』が書かれたずっと後、しかも色んなところからネタをかき集めてきた感じが否めないので、これもまた仕方あるまい。AFF2における世界情報の充実のために、アナランドは犠牲になったということだ……。もっとも、個人的にはアナランドならさもありなんと思えてしまうところがある。ゴメンナサイ。