魔法使いの塔の最上階でアナランダーを待ち構えているのは大魔導と思しき男だが、残念ながら大魔導その人ではない。当サイトでは影武者と解釈しているこの人物、『ソーサリー・キャンペーン』においては「マンパンの大魔王に使える妖術師の一人」とされている。だが、マンパンで最も魔術師らしい部屋の主であることは間違いがない。その挿絵からは、書類仕事に精を出しているだけでなく、天体観測を行っているであろうことが読み取れる。机の上には小悪魔が乗っているが、英語元本の表紙イラストを見るに悪魔型の文鎮などではあるまい。砦から少し離れたこの塔で彼は使い魔を飛ばし、指令書を流しているものと思われる。
もう一つ興味深いのが、天井から吊り下げられた鉢だ。中には食虫植物らしき姿が見える。『タイタン植物図鑑』に載っている緑ハサミ草であろう。『タイタン植物図鑑』の図版は第三巻のラストのイラストだが、備考に第四巻の書名も並べられている。二枚のイラストを並べてみると、どう考えても同種だとしか思えないし、きっとそういうことなのだろう。
ところで、緑ハサミ草は特に魔術的な効能はないらしい。その代わり、ネズミや虫などの小動物を捕えて食うとある。部屋をキレイに保つには悪くないようだ。たしかにこの執務室は砦の他の区画とは違って清潔に感じる。緑ハサミ草が一役買っていると考えれば納得だ。おそらくだが、出来の悪い使い魔の処分にも使われているに違いない。「敵」を収縮の術で縮め、緑ハサミ草に食わせてやる魔術師もいるなどと『タイタン植物図鑑』に書かれているのだ……。魔法合戦に負けたアナランダーが食われなかったのは幸いだった。ジャンといい、アナランダーといい、躊躇なく捕虜を餌にしなかったのは大魔導陣営からすれば致命的なミスであったな。
『アナランドの魔法書』を開いてみれば、収められた術の一つ一つにイラストが添えられているのがわかる。実に趣のあるイラスト群で、ついつい眺めてしまうこともしばしばなのだが……ここでRESの魔法のイラストにふと目が留まった。RESという魔法はいわゆる蘇生の術で、説明にも「死体に聖水を振りかけながらこの術を使うと、生き返らせることができる」とある。一時的な復活ではなく、時間はかかるものの命を取り戻す術だ。
さて、RESがどんな魔法かご理解していただいたところで、再びイラストを見てみよう。魔術師が死体に聖水をふりかけ、今まさに生き返らそうとしているのがわかる。だが、死体にはなんと剣が突き立ったままではないか! この呪文で生き返るには多少時間がかかるはずなので、その間に剣を抜けば問題はないのかもしれないが、普通に考えれば剣を抜いてから魔法の行使に入りそうなものだ。つまり、この術師は死の苦しみを再び与えるべくRESを使っているのではあるまいか。RESの説明には、わざわざこうも書かれている――「そして、元死体は普通にまた殺されもする」と。
つまり、これは一種の拷問であると考えることができる……死んだ男から何か聞き出そうとしているのか、あるいは単に二倍、もしかしたらそれ以上に相当する死刑執行なのか。魔法大国であるアナランドなればこその活用法があってもおかしくはないのだ。
『ソーサリー!』を遊んでいると、時折敵の命を助けてやるといった類の選択肢が出てくることがある。個人的に印象に残っているのは第一巻のフランカー戦と、第四巻のカルトゥーム戦の二つだ。後者はスローベンドアの秘密を握っているので、殺してしまうとアウトとなっているところが特殊な点といえるだろう。フランカーのほうはといえばこれは逆の意味でよく覚えている。ようするに唐突なのだ。フランカーの襲撃自体、いきなり始まるイベントなので余計にそんな印象になる。ギミックとしては彼の命を助けてやることで、第二巻、つまり巻をまたいだ先での手助けフラグが立つというもので、これは連作構成ならではのなかなかに面白い仕掛けだとは思う。
さて、ここでちょっと気になったので他の”相手を許してやる選択肢”の有無を調べてみた。すると第三巻に登場する幻術士レンフレンと戦った際に、この手の選択肢がある。見落としがなければ、この三件だけのようだ。
この三人に共通しているのは、おそらくは主人公と同じ人間だということだ。つまりアナランド人が慈悲の心を示すのは、人間相手のみということになる。これが個人の主義によるものなのか、アナランドという国が持つ傾向なのかはわからないが、亜人の命は彼にとって軽いらしい。マンパン砦では哀れに命乞いしたノームのリッドは殺されている。選択肢はない。確かにリッドは主人公を殺すつもりでいたし、許してやる理由はないが、それを言ったらフランカーたちも同じだ。やはり種族による差があるものと思われる。
【追記】
ちなみに、殺人鬼ヴァルンゴルンと蛇使いのマナタは許されていなかった。彼らも人間だとは思うのだが……もしかしたら、この二人は一見人間に見えない風貌をしていたということかもしれない。マナタはバクランドで蛇たちと穴ぐら生活をしているぐらいだから、土埃にまみれていただろう。亜人に見えていたとしてもしかたあるまい。だが、殺人鬼のほうはカレーというシティ暮らしだ。外見の描写も特に人離れしているなんてことはない。毒を盛られて、よほど怒り心頭だったのだろうか……?