そして陽はまた昇り。
とある晴れた日の街角にて
子供たちと
あくる朝は見事に晴れていた。
昨日聞いた物語の後味の悪さもさっぱりと晴れている。
今日もあの携帯劇場師は広場にいるのだろうか?
だが、広場にオルゴールの音は響いていなかった。
子供たちが私のところへ来た。
彼らは手にした絵本を私に見せ、読んでくれとせがむ。
私でいいのかいと尋ねると、
携帯劇場のお姉さんが、私に読んでもらうと良いと言っていたという。
なんでも――読み手として優れているのだと。
聞けば彼女は、今朝早く子供たちに最後のあめだまを配り、
次の街へと旅立っていったらしい。
子供たちが差し出したあめだまを口の中で転がしながら、
私はその絵本を開いた。
村の牧場に
村人たちと羊の群れと狼、そしてピッカリンガル
♪エピロパパテルマ エピロパパテルマ エピロパパテルマルリア!
大事な大事な羊の群れ
村にとっては全財産
ところが狼やってきて
羊の群れを狙っているよ!
羊を護れ 羊を護れ
羊を狼から護らにゃならん
何かいい知恵ないものぞ?
そこへ やってきたのはピッカリンガル!
ちょっぴり賢いピッカリンガル!
我らの我らのピッカリンガル!
ピッカリンガル閃いた
ステキなおでこが閃いた
たしかにそうすりゃ 狼にゃぁ食われない
羊は狼にゃ食われない
さあさ みんなで叫ぼじゃないか
村人に羊、狼も。みんな総出でとっちめろ!
♪エピロパパテルマ エピロパパテルマ
どんがら騒ぎが収まった!
どんがら騒ぎが収まった!
ピッカリンガル逃げてくよ!
少ない残り毛散らして行くよ!
我らの我らのピッカリンガル!
ちょっぴり賢いピッカリンガル!
ピッカ・リン・ガル・もう・来ん・な!
お城の大食堂にて
王さまと兵隊たち、そしてお月さまとピッカリンガル
♪エピロパパテルマ エピロパパテルマ エピロパパテルマルリア!
あるとき王様こう言った
あの お月さん 食べたいと
ところが だあれも知らないのさ
お月さんの捕まえ方
誰かいい知恵ないものぞ?
そこを 通りかかるはピッカリンガル!
ちょっぴり賢いピッカリンガル!
我らの我らのピッカリンガル!
ピッカリンガル閃いた
ステキなおでこが閃いた
たしかにお月さん テーブルの上
晩餐の お皿に乗っかった
そこで王様 ナイフを入れた
お月さんぼやけて 皿から消えた
さあさ みんなで叫ぼじゃないか
王様怒って 兵隊よんだ
「そいつをつかまえろ!」
♪エピロパパテルマ エピロパパテルマ
どんがら騒ぎは収まらない!
どんがら騒ぎは収まらない!
ピッカリンガルとんずらだ!
少ない髪の毛とんずらだ!
我らの我らのピッカリンガル!
ちょっぴり賢いピッカリンガル!
ピッカ・リン・ガル・もう・来ん・な!
いずことも知れぬ場所に
私は一人
次のページをめくった私は、
自分が見たこともない場所にいることに気が付いた。
目の前にテーブルがあり、私は備え付けの椅子に腰を下ろしていたのだ。
周りには書架が何層にもわたって並ぶ空間が重なって広がっており、
私は巨大な吹き抜けの底からそれらの書架を見上げているのだった。
そして、テーブルの上には絵本が開かれていた。
題名は 『ちょっぴり賢いピッカリンガル』。見覚えのある挿絵。
そう、たった今まで私が読んでいた絵本だ。
だが、ここはどこだ?
住み慣れた街の広場にいたはずだが? 一緒にいた子供たちはどこにいる?
背後から声をかけられて振り返ってみれば、そこには一切の気配を感じさせることのない老人が一人。
杖を突き、片眼鏡をしている。
相位? 書架抗?
老人はテーブルの前へとやってきた。
彼は 『ちょっぴり賢いピッカリンガル』 を手に取ると、次のページをめくった。
そのページは真っ黒だった。
その次のページも、その次も真っ黒だった。
炭で塗りつぶされたのとは違う。焼かれて焦げているのも違う。
ただ、ただ真っ黒だった。
幸いここにはあらゆる本が集められている。
世界は広く、深淵だ。物語は無限に存在する」
老人は、私が理解しているかどうかはさして重要ではないとでも言う口調で続けた。
だが今回の来訪は、半ば物語に引きずられての旅だったようだな……」
不意に意識が揺らぎ始めた……
歪む景色の中で、老人の声が頭に響く。
お前さんの――読み手の力を見込んで一つ頼みがある。
これは書きかけの断章だ。
是非お前さんに読んでもらいたいが……まあ嫌なら読まんでもいい。
物語を選べるのが読み手の特権だ……」
なおも老人の言葉は続いているようだが、
今やその声も歪んでいて聞き取ることはできなかった……。
よく晴れた日の街角にて
子供たちと
……私は見慣れた広場に戻っていることに気が付いた。
子供たちが驚いて私の手元をみている。
「この紙の束はなあに?」
私の手の中に、紙の束があった。
直筆の原稿らしく、かすかにインクの香りがする。例の絵本は消えていた。
どうやら、夢だったというわけではないらしい。
老人の言葉を信じるなら、”相位”とやらが異なる場所を訪れた……ということらしいが……
① 原稿の束は広げない
② 原稿の束を広げる
レストランに
姉と妹、そしてお客様方
……そして、お客様の一人は同席されている別のお客様に封筒を手渡しました。
「……ほれ。今後やるべき手順をしたためておいたぞ。
いいか、くれぐれも頼むぞ。
お前らが失敗したら、全て御仕舞なんだからな」
何やら難しい話をしていたようですが、いい感じに落ち着いたようです。
大事な話の御供に、姉の料理がお役に立てたみたいで、私も嬉しくなってきます。
お代金は……ええと、結構でございます。
こうこともたまにあるのです。ええ、何も問題はありません。
お客様方は入口から出ていかれました。
私は黙ってお見送りするのみ。
――全てが終わりましたら、また是非お越しください。
私たちは、せせらぎレストランはいつまでもあなた方をお待ちしております。
今日もよく働きました。
閉店のお時間です。
それはそうと、最近のお客は疲れ切った者が多いようです。やせ細り、息も弱い。
せめてしっかりと食べて元気になっていただき、幸せに包まれて先へ踏み出していただきたいものです。
そのために、明日も頑張りましょう。
それでは、おやすみなさい。
強き読み手は物語に力を与える。物語から影響を受けることもまたしかり。
彼らは他の物語にも影響を与えていくだろう。
物語の安定は、世界の安定ということだ……」
埃が渦巻く書架抗で、老人は一人呟いた。
テーブルの上の絵本が滑る。
風も無いのにページがめくれあがり、霊的な何者かが姿を現そうとしている!
物語は…… 読み綴じられなければならぬ……
綴じることなく終わることは…… 許されぬ……!
耳障りなオルゴールの不協和音と、
歯車の軋る音が響き渡った。
エピロパパテルマ エピロパパテルマルリア!エピロパパテルマ エピロパパテルマ……!