誓い
3
エーディン達がアサド達と出会って一年が過ぎた。
残党狩りから逃れるためにエーディン達は一定の場所に落ち着く事がなかった。
それでもアサド達イザークの人々に助けられ、一人も欠ける事なく過ごしていた。
今はガネーシャ城近くの村で、アサドの息子ラシードの助けを借りて
貧しいながらも、穏やかな時を過ごしていた。
「エーディン、お外にあそびに行っても良い?」
セリスがヨチヨチ歩きのデルムットの手を引いてやって来た。
「まあ困ったわ。今はシャナンもオイフェもいないし。
セリス、フリッツが帰って来てからでも良いかしら?」
「えー!うん・・・判った」
セリスは少し俯くとすぐに笑顔で返事をした。
「そう良い子ね。もう少ししたら美味しいケーキが焼けるから待っていてね」
「わーい!デルム、ケーキだって良かったね」
デルムットはセリスの問いかけにニコッと笑った。
しばらくしてセリス達にケーキを与えているとフリッツが帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「アー」
デルムットはヨチヨチとフリッツの元に向かった。
「デルムット様、お出迎え有難うこざいます」
「フリッツたら・・・・それより収穫は?」
「はい、今日は大収穫です。ジャムカ様の矢が面白いように当たりました」
「まあそうなの、これで食べ盛りの子供達に恨まれなくてすむわ」
エーディンが笑いながらセリスに微笑むと
「うん!ぼく、シチューがいいな」
「はいはい」
そこにジャムカが戻って来た。
「ただいま」
「ジャムカ、お帰りなさい」
エーディンはジャムカの姿を見てホッとした表情をした。
それを見ていたフリッツが気を効かせて子供達を連れて表に出て行った。
「エーディン・・・・そんな顔をするな。子供達が心配するだろ?」
「ええ・・・・でも貴方が帰って来るまで心配なの」
そんな彼女をジャムカはそっと抱きしめた。
ジャムカはバーハラの悲劇を生き抜いていた。
あの時ジャムカは死を覚悟した。そこにミデェールの声が掛かった。
「ジャムカ王子!!貴方は諦めてはなりません。エーディン様やレスター様の為に」
「ミデェール・・・・だがどうする?
囲まれているんたぞ。剣を使えるならまだしも弓では退路は作れない」
「私が囮になります。その間に!」
「馬鹿を言うな!お前一人を犠牲にできるか」
「エーディン様をお一人にする事は許しません!」
「ミデェール・・・・」
「生きてください。そしていつか・・・・」
ミデェールはそう言って敵陣に向かって行った。
ジャムカは彼のお陰で傷を負いながらも何とか脱出しイザークに向かった。
「俺は大丈夫だ。此処にいるから。そんなに気に掛けるとお腹の子に障るぞ」
エーディンはジャムカと再会し二人目の子を身ごもっていた。
「そうよね、貴方は幻では無いんだもの。消えたりしないもの」
そう言ってエーディンは彼に微笑んだ。
それはかつてジャムカと出会った頃の女神ののような微笑だった。
「ちちうえー」
そこに片言で話せるようになったレスターが現れた。
「レスターどうした?」
「あそんでー」
「セリス達はどうした?」
「フリッツがお馬にのせてってた。ちちうえのとこ行ってー」
フリッツは殆ど家族だけになれないジャムカ達に気を使ったのだろう。
セリス達を連れて出かけたようだった。
「フリッツったら」
「せっかくの好意だ遠慮なく味はおう。レスター何がしたい」
「あのねーぼくユミがしたいの」
レスターはジャムカの姿にとても憧れていた。
ジャムカに一生懸命に弓の持ち方を習うレスターを見ながら
エーディンはこのままの平和が続けば良いと思うのだった。
****
イザークの短い夏が終わり収穫の秋を迎えた頃、数人のの騎士がアサドに連れられて
エーディン達の許を訪れた。
アサドの息子ラシードは緊張するオイフェに
「大丈夫だオイフェ、身元は確かだ。シレジア王家からの使者だ」
「はい・・・・」
だがオイフェは心配だった。シグルドの傍近くにいたオイフェは王家の騎士達に
何度も会った事があったが、今回の使者の名前は聞いた事がなかったのだ。
「オイフェ、心配しないで。ジャムカや私もいるのだから」
「はいエーディン様」
使者はセリスに会いにきたのだ。
けれどセリスはまだ幼かったので必然的に守役であり側近のオイフェが応対しなければならなくなる。
エーディンもジャムかもまだ外交経験のないオイフェの相談役にはなっても
主だった事は彼にさせていた。
それは自分達に何か遭っても大丈夫なようにとの配慮だった。
アサドの側近が間もなく使者が到着すると知らせて来たので
オイフェ達は村の入り口まで出迎えた。
アサドの連れて来たシレジアの使者は、20代後半の騎士風の男と数人の若い魔道士だった。
オイフェ達は王家の使者と聞いて天馬騎士を想像していたので少し驚いた。
「オイフェ殿、こちらはシレジア王の使者ルッツ殿です」
とアサドが使者を紹介した。
「っ!!」
オイフェ達は驚いた。
何故ならシレジアにはラーナ王妃しかいない筈だった。
王になるはずのレヴィンはバーハラの虐殺で死んでいるはずだし
レヴィンの子を身ごもっていたティルテュが男の子を産んだとしてもまだ赤ん坊だ。
「ここでは話も出来ない。邸に戻りましょう」
驚くオイフェ達と無言のルッッ達を、アサドはニコニコしながら邸へと即するだった。
中に入るとルッツがオイフェの前に進み出て
「レヴィン王からの親書です」
「レヴィン!?生きていたのか?」
ジャムカが驚きの声を上げた。
「貴方は・・・ヴェルダンのジャムカ王子ですね
」
「何故!?俺の事を・・・・」
「アグストリアも貴方の事は知れ渡っていました。
三人の兄弟の中でもっとも王にふさわしい方と」
「お前は・・・アグストリアの者か?」
「はい、故あってシャガール王の下を出奔してシレジア王家に拾われました」
「あのレヴィンもティルテュも元気なの?ラーナ様は・・・」
エーディンは目に涙を浮かべ聞いてきた。
「はい、皆様は御無事でいらっしゃいます」
「そう・・・・よかった」
安堵から涙ぐむエーディンの肩をジャムカはそっと引き寄せた。
「色々お話したい事はあるのですが、まずセリス様の無事なお姿を確認したいのですが」
ルッツが表情を変えずオイフェに言った。
「えっ・・・・」
「警戒するのも尤もですが、レヴィン様は仰っていました。
セリス様は希望だと、英雄シグルドの子であるセリス様が未来の光だと」
「セリス様が光・・・・」
オイフェは少し考えていたが
「分かりました。セリス様をこちらに」
アサドの部下が心得たようにセリスの部屋へと向かった。
少したって幼い子供の片言の話し声とともにドアが開いた。
「セリス様をお連れしました」
その声はセリス達の子守りをしていたフリッツの声だった。
「オイフェー、どこにいたの?」
セリスは嬉しそうにオイフェに駆け寄った。
「セリス様、お客様の前で失礼ですよ。さあご挨拶を」
「はい・・・セリスです。よくいらっしいました」
セリスはオイフェに教えらたように挨拶した。
そんなセリスを硬い表情で最初見ていたルッツはすぐに穏やかな表情になり
「ルッツと申します。お父上によく似ていらっしゃる」
「えっ!?ちちうえの事知ってるの?後でちちうえのお話してくれますか」
「はい、喜んで」
「有難う」
喜ぶセリスをフリッツは抱き上げ一礼すると部屋を出て行った。
「あの・・・・フリッツはいつからここに?」
事務的な話し合いも終わり、これまでの経緯を話していたオイフェ達に
ルッツが何か考えるように聞いて来た。
「やはり彼とは知り合いだったのね」
「同じ村の出身で私も少しの間、ノディオンのクロスナイツにいましたので」
「まあ、そうなの。ではラケシス王女とも面識はあるのね」
「シレジアに逃れて来た時、名乗り出ようとも思ったのですが・・・・」
「そうですか。では話は子供部屋でしましょう」
エーディンは微笑むとルッツを案内しようとした。
「いいのかエーディン?フリッツの了解を得なくて」
ジャムカが心配そうに囁いた。
「ええ 改まって話すよりフリッツも覚悟が出来るでしょう」
「君は時々、大胆になる」
ジャムカは少し笑いながらそう言った。
エーディンはその言葉には答えずルッツに
「フリッツの他に会わせたい人がいるの」
「どなたですか?」
「それは貴方自身で確かめて」
エーディンに連れられやって来た部屋には子供達の笑い声が聞こえていた。
「フリッツ、シャナン入るわよ」
「エーディン様!」
その声は小さな男の子の物で中から開いたドアの前には、
少し緊張した顔のトリスタンがいた。
「トリスタン、そんなに緊張しないで。この人はルッツさんよ。
貴方と同じアグストリアの人なの」
エーディンの言葉でルッツはトリスタンと呼ばれた子を見つめた。
懐かしい人物の面影があった。
「エーディン様、会わせたいと言うのはこの子だったのですか?」
「ええ、でももう一人」
彼女はそう言って彼を部屋の中に案内した。
そこにはセリスを中心にシャナンに纏わり付いている子供達がいた。
その中にルッツが目を離せなくなった金色の髪の子供がいた。
その子は彼の視線を感じて振り向いた。
その子の瞳の色は青空を思わせる青だった。
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