会いたくて






レンスター城の人々は人目も憚らず抱き合う二人を見ながら
今は亡き王太子夫妻に想いを馳せた。
ある者はすすり泣き、ある者はさらにトラキアへの憎しみを強くするのだった。

「フィン、ここでは王女の治療もできない城に行こう」

グレイドが声を掛ける。

「ああ、そうだな。ラケシス立てますか?」

「ええ、フィン」

ラケシスを気遣うフィンを横目で見ながらグレイドはべオウルフに声を掛けた。

「手をかすか?」

「ああ、悪いが何か気が抜けちまった」

グレイドはべオウルフに肩を貸してフィン達を促すと王宮に歩き始めた。


王宮ではシグルド軍の生き残りが来たという報告に、カルフ王自らが出迎えに出ていた。

「陛下!!」

「グレイド、その者達がシグルド公子の軍の生き残りか?」

「はっべオウルフ殿とノディオンのラケシス王女でございます」

「ラケシス殿、よく生きていらした。いろいろ話したい事もあるがまずは体を治す事が第一じゃ。
部屋を用意したのでお休みなされ」

「陛下・・・・有難うこざいます。お言葉に甘えて休ませて頂きます」

ラケシスはカルフ王にそう挨拶してフィンに伴われ部屋に向かった。

「べオウルフ殿・・・・」

「陛下・・・・自分はただの傭兵です。呼び捨てでかまいません」

「だが貴公は・・・・・」

「昔の事です。それに俺はキュアン王子に雇われてシグルド軍で戦っていた。
王子との契約も果たせず部様なものです」

「契約?キュアンは何と言っていたのだ?」

「自分が援軍を連れてくるまでシグルド公子を守って欲しいと」

「そうか・・・・貴公はバーハラまで付き従ったのか?」

「ええ、フィノーラでキュアン王子とエスリン様が亡くなったと報告が入りシグルド公子に
レンスターへ行って欲しいと頼まれましたが、王子との契約が切れた訳ではなかったので」

「そうか・・・・もっと詳しい話も聞きたいが貴公も疲れているだろう。話は改めて明日聴こう」

「有難うこざいます。唯一つシグルド公子から陛下へ言伝があります」

「公子から?」

「はい、巻き込んでしまい申し訳なかったと」

「・・・・・」

カルフ王はべオウルフの言葉を聞きやり切れなくなっていた。
シグルドとキュアンは士官学校時代からの親友であり、また義兄弟でもある。
彼のその言葉には親友とたった一人の妹を失った悲しみがこもっていた。


一方ラケシスは深い眠りについていた。
そんな彼女をフィンは片時も離れずに付き添っていた。

(ラケシス・・・・無事でよかった)

彼女の頬をそっと撫でてフィンはベットの側にある椅子に腰掛けた。
日が傾きかけた頃、部屋の扉がノックされた。

「フィン様?よろしいですか」

「ああ、どうしたんだい?」

「はい、グラーニェ様が明日こちらに着くそうです」

エルトシャン王の妻であるグラーニェはレンスターの出身でアグストリア動乱の時
エルトシャンの勧めで実家に帰っていたのだ。
ただあの動乱でエルトシャンは命を落とし
ラケシス達は彼女がレンスターに疎開している事を知らずにいた。
フィンもシレジアから戻って来て、彼女の生存を知ったのだった。

「そうか・・・・」


二人の話し声にラケシスが目を覚ました。

「フィン?」

「目が覚めましたか?ラケシス」

「夢じゃないのね・・・・本当に貴方なのね?」

「ええ、夢ではありません!ですが私も夢を見ているようです。生きて貴方に会えるなんて」

フィンはそう言って彼女の差し伸べた手を握り締めた。
そんな二人をセルフィナは微笑みながら見つめながらラケシスに話しかけた。

「ラケシス様、お食事の用意が出来ていますがお食べになりますか?」

「有難う。でも食欲がないから・・・・」

「ですが一口でも何か食べたほうがよろしいですわ。今運ばせますので」

セルフィナはそう言って部屋を出た。



ラケシスはスープを少しだけ飲んだがそれ以上は口を付けようとしなかった。

「ラケシス、もう少し食べて下さい。
明日はグラーニェ様がいらっしゃいます。きっとご心配なさいますよ」

「ええ・・・・」

彼女はフィンに促されもう一口、スープを飲んだ。

「美味しいわ」

彼女はそう言ったが言葉とは裏腹に表情は曇っていき、頬に涙が伝った。

「ラケシス!?」

「フィン・・・・ごめんなさい」

「何を謝るのですか!私の方こそ命を懸けてお守りするとお約束しながら
危険な目に合わせてしまいました」

「違う!違うの!私・・・・私は大事な貴方との子をイード砂漠で失ってしまったの」

「私との子!?ラケシスそれは・・・・」

「貴方がレンスターに旅立って直ぐだったわ。妊娠していたのがわかったの。
シグルド様はとっても喜んで下さって、生まれる頃には戦いも終わってるだろうから
貴方に連絡して来てもらうようにするからって」

たがそれは果たされなかった。
シレジアの内乱、そしてシグルドはラケシスに生まれた子とシレジアで待つように言い聞かせ
バーハラに向かい亡くなってしまった。

「私・・・・キュアン様達の訃報を聞いてきっと貴方も死んでしまった思った。
だけどやっぱり信じたくなくてデルムットとを連れてイード砂漠に」

「デルムットというのですか?その子は・・・・」

「ええ 髪の色は私と同じだけど瞳は貴方と同じ、とっても綺麗な青なの。
皆が貴方にそっくりだって言って、デルムを貴方に会わせたかった。
そんな考えなしの我侭であの子を危険な砂漠に・・・・わたし・・・・わたし」

ラケシスは声を殺して泣いていた。
そんな彼女をフィンはギュッと抱きしめた。

「貴方が悪いんじゃない。
私が自分の身分を気にして貴方をレンスターに連れて行かなかったから。
もし一緒にいたら貴方をこんな目には・・・・」

「フィン・・・ごめんなさい、ごめんなさい」

ラケシスはフィンの腕の中でいなくなってしまった我が子を想い涙を流すのだった。


泣き疲れて眠ってしまったラケシスをセルフィナに見てもらい彼は部屋を出た。
部屋の外にはグレイドとべオウルフがいた。

「フィン・・・・姫さんから聞いたのか?」

「ああ・・・・」

「怒られろって言ったんだ」

「えっ!?」

「俺が彼女を見つけとき、彼女は必死に子供の所に行こうとしていた。
だが話を聞いた限りでは無理だと思ったから、ここまで無理やり連れて来た。
彼女を癒せるのはお前だけだ。支えてやれ」

「もちろんだ!彼女は自分を責めている。どうすれば・・・・」

「時が解決するだろう」

「グレイド?」

「忘れろと言っても無理だろう。だが王女にはお前が付いているんだ、大丈夫だ」

「そうだぞフィン。お前まで暗くなるな。あいつらが見守ってくれてるんだ」

「そうだな・・・」

フィンはべオウルフの言葉に三年近く共に過ごした人達を思った。


次の日、グラーニェがエルトシャンの忘れ形見であるアレス王子を連れて
レンスター城にやってきた。

「ラケシス!」

「お姉様、ご無事でいらしたのですね。よかった・・・・」

「貴方もよくここに・・・・」

グラーニェはそっとラケシスを抱きしめた。

世間ではエルトシャンはラケシスを溺愛していて
二人は犬猿の仲という噂があったが事実は全く違っていた。
エルトシャンはグラーニェを心底愛していたし
ラケシスもブラコン気味ではあったが噂のような事はなかった。

「アレス おば様にお顔を見せて」

ラケシスははにかんでいるアレスにそう言って微笑んだ。

「アレス、ご挨拶は?」

「こんにちは・・・・」

ちょこんと頭を下げたアレスを見てラケシスは可愛い我が子を思い出していた。

「ラケシス大丈夫?」

「お姉様・・・・わたし・・・・」

「フィンから話は聞いたわ。辛いでしょう泣きたいだけ泣きなさい。
直ぐには無理かもしれないけどフィンを手助けしてあげてね。
彼・・・・リーフ様の守役に任命されたのよ」

「はい・・・・」


****


ラケシス達がレンスター城に辿り着いてから一年近く経った。
ラケシスは少しずつだが元気を取り戻していった。
それにはフィンとリーフの存在が大きかった。
母を失くしていたリーフはラケシスにとても懐いた。
ラケシスもリーフを可愛がりフィンに見守られながら傷を癒していった。
そんな三人をカルフ王夫妻は優しく見守っていた。

「ようこざいましたね陛下。ラケシス様もリーフも失くしたものが大きすぎましたわ」

「うむ・・・・フィンの死相もとれたな」

「ええ」


グランベルの使者が何度目かの交渉にやって来て、アルヴィス卿が王位に付く事を伝えた。
カルフ王は使者に改めて挨拶の使者を送ると伝え謁見を終わらせた。
夕刻、王夫妻はフィンとラケシスを食事に誘った。

「えっリーフ様にご縁談ですか?」

「そうなのだ。ティアドラ様がお産みになった姫君をと・・・・」

「陛下はどうするおつもりなのですか?」

ドリアス将軍が苦虫を潰したような表情で王に尋ねた。

「断るつもりだ。友好関係が無い今は余りにも危険な婚姻だ」

「私もそう思います」

「フィン、ラケシス。貴方達はどう思いますか?」

王妃がリーフをあやしながら二人に聞いた。

「私にとってティアドラ様はシグルド様の奥方様です。
今でも信じられないのです。行方不明だったあの方がグランベルの王女だったとは」

フィンはそう言って口を噤んだ。

一方ラケシスは

「アルヴィス卿はシグルド公子の仇です。
それにあの戦い事態がアルヴィス卿の仕組んだ事と噂が流れています。
それはキュアン様達が亡くなったのも彼の企みと言うことですわ」

「ですがラケシス王女、手を下したのはトラバント王ですよ」

「ドリアス将軍・・・・確かにそうですが、あの戦いがなかったらキュアン様もエスリン様も
イード砂漠に向かう事はなかったと思いませんか?」

「そうかもしれぬが・・」

キュアン王子はシグルドを助けるために兵を連れイード砂漠を渡りそこでトラキア軍に
皆殺しにされた。もし戦いが無ければそんな危ない行動はしなかった筈である。

「ラケシス王女、そんなに興奮しては駄目ですよ。
お腹の子がびっくりしてしまいますよ」

「王妃様、この子は大丈夫です。いっつもハラハラさせるリーフ王子のお陰で
滅多な事では驚きません」

ラケシスは二人目の子供を身篭っていた。
その事が彼女を随分と明るくさせていた。

「リーフの良い遊び相手になりますね」

王妃はそう言って笑った。



一月後、ラケシスは女の子を産み、フィンはその子をナンナと名付けた。
レンスターは久しぶりに明るい話題に湧いた。

「フィン、ナンナはラケシスにそっくりだ。きっと将来、求婚者が大勢来るぞ」

「おお、そうだぞフィン。悪い虫が付かない様に気をつけろ」

グレイドとベオウルフは笑いながらフィンをからうと

「大丈夫だ。俺の槍に勝てる者でなければ、この子側のには近づかせん」

「「なっ!!」」

二人はフィンの親馬鹿ぶりに呆れてしまった。


「どうしたのですか?お二人とも」

セルフィナがナンナを抱いたラケシスと共にリーフの手を引いて近寄ってきた。

「二人とも聞いてくれ。フィンの奴、自分に勝てない男はナンナは近づけさせないそうだ」

「まあ!それではナンナには恋人が出来ないわ」

ラケシスがクスクスと笑った。

「そんなことないですわ。リーフ王子なら勝てます」

「「「えっ」」」

三人はセルフィナの言葉に幼いリーフを見た。

「ねっリーフ様はナンナをお嫁さんにするのですよね」

「うん!ナンナは僕のオヨメシャンになるの」

リーフは意味があまり解っていなかったがラケシスが抱いているナンナを
うれしそうに見ていた。

「なるほど、主君想いのフィンならリーフ王子には本気になれぬか・・・・」

グレイドとべオウルフはからかうネタが出来たとカルフ王夫妻と談笑している
フィンの元に行ってしまった。



けれどもそんな穏やかな平和も長くは続かなかった。
グランベルから臣下の礼をとれとの降伏の使者が何度もやって来た。
けれどもカルフ王はその使者を断固として追い返した。

「ドリアス将軍・・・・」

「はっ陛下」

「軍をいつでも動かせるようにしていて欲しい。グランベルももう限界だろう。
いつ兵を出してくるか分からぬ」

「承知しました。国境近くに兵を配備します」

「うむ、それからフィンとラケシスを呼んでくれ」

「はい・・・・」

ドリアスは一礼すると部屋を後にしてフィン達が居るであろう
リーフに与えられた一室に向かった。

「フィン 陛下がお呼びだ。ラケシス殿と共に来て欲しいとの事だ」

「はい 分かりました」

フィンはラケシスを促すと部屋を後にした。

「じい!どうしたの?」

リーフが無邪気に話しかけてきた。

「リーフ様 フィンの側を離れてはなりませぬぞ」

「ウン、ワカッタ」

リーフはいつも優しいドリアスの真剣な表情に何かを感じ取り頷いた。



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