国境を越える子どもたち(3)

「家族と子ども」

 マイナンの家族は、お父さんとお母さん、お兄さんのボー。妹のザウの五人家族。モンの家族にしては少ない。ある時、お父さんが私に尋ねた。「清子の兄弟は何人?」「兄が一人。二人兄妹だよ」「えーっ!それだけ?もし死んでしまったらどうするんだい?ぼくには七人子どもがいたんだよ。一人は嫁に行ったけど、三人死んでしまった」。病院もない山の生活は、乳幼児の死亡率が高い。また、山の畑での自給自足の暮らしでは、子どもは立派な働き手。モンの人にとっては、子どもは多ければ多いほどよいのである。


左から、近所の子をだっこするマイナン。
オビアン、マイナンの妹ザウ。

 お兄ちゃんとは泣きわめいてけんかするマイナンも、妹のザウにはやさしい。実の妹だけでなく、近所の赤ちゃんの面倒もよく見る。モンの大人も子どもも、小さい赤ちゃんのことは実にめちゃくちゃ可愛がる。どの赤ちゃんもぷくぷくと幸せそうだ。赤ちゃんは少し大きくなって三歳くらいになると、同じように下の子を可愛がり、自分の大きさと大して変わらない赤ちゃんをおんぶしたがる。どんなきかん気でわがままな子でも、下の子の面倒を見ている時には、辛抱強く背中を揺らしてあやしているのには感心する。こうして、兄姉の小さな背中に揺られ、子ども社会の出来事を見聞きして育つ赤ん坊は、いつのまにか、やんちゃ小僧になっていくようである。いったん自分の足でよちよち歩き回れるようになって、お兄ちゃんお姉ちゃんの後をついて回れるようになると、親はもうたいして気にしていないようで、子どもは親の目を離れて泥だらけで走り回っている。


どっちがキューピーちゃん?

 子ども小屋に、親たちが覗きに来ては「清子は、よく、こんなやんちゃな子どもたちの相手をしているわよね。言うこと聞かない時は、ぶっていいのよ」と言った。たまに、棒をもって追っかけ回しているおかあさんがいたりしたが、子どももすばっしこいもので、大人に負けていない。小さくてもいつのまにか、一人前の存在感を持っている。

 マイナンの隣に住む男の子、トゥーは実はもらい子であった。気がついてみると、結構たくさんそうした境遇の子がいた。でも、本人たちは「知ってるよ」と、あっけらかんと何を気にする様子もなく、元気にはね回っている。「子どもは一族の宝」とばかりに、みんなに可愛がられて育ち、少し大きくなると、子どもの力が家族の役割としても必要とされているからなのか。モンの家族は、戸口も屋根も広いのである。 


ガキ大将のトゥーと、子どもたち。
チビたちはトゥーの後をついて回る。何か面白いことがあるから

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