壁の向こうのねずみ 2005年1月12日
我が家は、昭和4年に建てられた家だそうだ。うちの先祖が建てたわけではなく、両親は売りに出ていた古いオンボロやを、3番目の住人として買った。この家を建築した1番目の住人の夫婦はとても家を大切にしていて、毎日、檜の柱をおからで磨くくらいだったそうだ。その頃、家はピカピカだったらしい。でも2番目の住人はとても怠け者でぐーたらだったので、家はあれ放題になり、そして売りに出た。というわけで、3番目の住人となった両親は、オンボロ家だったので土地代だけで買ったそうだ。でも元々の造りはしっかりしていたので、「後からすると、とてもお買い得だった」と言う。兄が生まれた年のことだ。だから、私自身は生まれてこの方、この家にいる。
元々純日本の木造平屋建ての家屋だが、にわか日曜大工が好きで科学者であった父は、日本家屋に、自分の実験室用にセメントの部屋を作り足したりした。父が病気で倒れた後は、車椅子でも動けるようにと、元々は五右衛門風呂(私の子どもの頃、東京で五右衛門風呂なんてすごく珍しかった)だったのを、段差のない風呂場に変え、兄が結婚する時に二階にして・・・と、あれこれ改造はしているけれど、元は古い日本家屋なのである。さて、問題はネズミだ。
元々風通しのよい、隙間だらけの家なのに、幼い頃からこの方、家でネズミに出会ったことも、天井裏の運動会の音を聞いたこともなかった。それがである。ここ2年ほど前に出没した。何か変だ。おかしい。これは、もしかしたらネズミの糞じゃないんだろうか?それに、この野菜はかじられているんじゃないか?でも・・信じたくなかった。でも、夜遅くふすまを開けたりすると、何かがサササ・・・とよぎったような気がするようになった。何かが自分の家にいる・・・うーん、目の錯覚だろうか?
ある日、寝ている私の頭の上を何かがよぎった。ん?と思ったがそのまま寝てしまった。朝起きたら、枕元になんと、大きなネズミの糞があるではないか!まるで「我参上したり、キキキ!」と、あざ笑っているようだった。私は逆上して、血眼になって、家の穴、隙間を探しはじめた。
するとあーるのだ。古い家なので、壁は塗り直してあるので、一見は違うのだが、実は土壁なのだ。よく見ると、ぼこ!ぼこと穴が空いている。ネズミは、縁の下から土壁の中を伝って、壁の穴から部屋の中に侵入しているのであった。なんと鴨居の奥で見えなかった壁には大穴。そして穴の中からは、小豆がころころとたくさん出てきた。ねずみは台所からせっせと小豆を運んでためていたらしい・・・もし他人事だったら、「日本昔話みたい。ネズミが穴の中では餅つきして小豆炊いてぼた餅を作っていたりしてね・・・」なんて言えるけれど、いざ自分の家の小豆が盗まれて、ネズミ穴に貯められているとなったら、そんな空想している余裕はない。私は壁の隙間、穴をこれでもか、これでもか・・・粘土のような壁材でふさぎまくったのである。おかげで、ネズミは出なくなった。ざまあみろ。
さて、それがまた、昨年の秋から、音がする。壁の中をササササ・・・と走る音がし、天上がカタカタ・・・いわせる。さすがに穴は塞いだから、今のところ、部屋の中には出てきていないが、壁の中、天井裏は、我が物顔に動き回っているらしい。まったく、日々、音を聞いていると、家に異次元の世界があって、知らない住人が住んでいるような、奇妙な気持ちがする。壁の中、天井裏、縁の下・・・は、ヤツらがマイホームになっているのだろうか?
先週、テレビで「都会の高齢者宅にネズミ被害」という番組をやっていて、一人暮らしのおばあさんの納屋に、ネズミが引きちぎった段ボールのくずで巣を作っていて、そして親ネズミと子ネズミを捕獲した番組をやっていた。赤裸みたいな子ネズミの気持ち悪いこと・・・目を半分つぶりながら母とその番組を見たが、その直後、その真上の天井裏で、チューチューチューチュー・・といきなり大騒ぎが聞こえた。えー、もしかして、この居間の上の天井裏にネズミが、断熱材を引きちぎって巣にして、子ネズミもいるんじゃないの?私と母は顔を見合わせて、戦々恐々としてしまった。
断固として、ネズミと戦うべし!でも、自分たちでは恐いので、知り合いの人に来てもらい、天井裏に上ってもらった。押入の上の天井板がはずれるのである。予想に反して、ネズミは巣を作っていなかったそうで、うちの天井は通り道か、遊び場になっているらしい。私も、その時、天井裏に首を突っ込んで、見回した。薄暗い中に、70年前の世界が息づいているようだった。土壁の裏、竹のこまい、荒削りの太い丸太の梁・・・第一番目の住人の方が建てた頃のこの家がそのまま残っていた。ネズミが見ている世界は、この古い家なんだ・・・やっぱり家に異次元の世界があるようで、不思議な気がした。
私と母は、少なくとも、ネズミがこの天井裏に巣を作って住んでいるのではないらしい・・とホッとした。「よかったね」と話していると、また天井がカタカタ・・という。すると、いつも穏やかで声を荒げない母が、「おい、今度来たら、殺すぞー」と天井に向かって大声で叫んだのであった。近所の人が聞いたら、さぞびっくりしただろう。でも、それ以来、ネズミはどうも、静かになっている。いなくなったわけではないが、コソコソと遠慮がちにしている。母は「ネズミは察しがいいわね。おどしが効いたわね」と言う。きっと、このくらいのおどしが痛くもかゆくもあるはずはなく、壁の向こうでネズミはひげでもなでて、フフンとせせら笑っているのだろうけど。
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