03.クッキーアソート



ホグワーツ特急の旅は短く、長い。
半日を狭い空間で過ごすうち3人はゆるやかに打ち解けていった。

リーマスは勢いでご馳走になってしまったパイを食べながら、そっと目の前の二人を見る。

リーマスの世界はとても小さく、狭い。
村から離れた場所に建つ、家族3人で暮らすレンガ造りの家。
あまり手のかからない野菜が植わり、派手ではないけれどきちんとガーデニングが施してある庭。
愛されている自覚はあるけれど、どう接したらよいのかはわからない両親。
愛犬のブライアン。
家よりも更に村から離れた森の中にある小さな小屋。
これが彼の全てだった。
そんなリーマスに同年代の子供の様子など知りようもない。

リーマスはこの二人とどのように接すればいいのか、わからず戸惑っていた。
ここに来るまでに何十回とシュミレートした、「級友と初めて会った時の挨拶」というものも、実際の所、何の役にも立たなかった。
だけど、自分が思い描いていたその場面より、実際は何倍も楽しく、色鮮やかにリーマスの心に残った。



ジェームズは短めの黒い髪(くせっ毛なのだろうか。毛先があちこちに飛び跳ねている)が特徴的で、眼鏡の奥の瞳はとても優しい。
彼の話はとても面白く、初めて聞くことばかりで、リーマスが世間知らずであることを差し引いても博識であることが窺えた。
また、上手く会話を続けられないリーマスを責めるでもなく、やさしくフォローしてくれる。
こんな風に優しく笑いかけてもらったことなど、自分が覚えている限り遠い昔のことで、 リーマスは彼が笑いかけてくれるだけで、泣きたくなるような幸せな気持ちになった。


もう一人の少年シリウスはジェームズと同じ黒髪だが、こちらは綺麗なストレートで襟足のところで上品にカットしてある。
終始笑顔のジェームズに対して、彼は時々不機嫌そうな顔をしてみせたが、そもそも自分と対峙して笑顔を振り撒いているジェームズの方が特異なのであって シリウスの態度はまったく気にならなかった。
日が落ちてきて、窓から入ってくる風が冷たくなってきた頃、彼は何も言わずに立ち上がると少し乱暴に窓を閉め、 「入学早々風邪を引いたりはしたくないだろう」と言った。
その声音も寄せられた眉もやはり不機嫌そうだったけれど、自分を覗き込む眼はいつもリーマスを心配してくれる母のそれにとても似ているように見えて、乱暴な物言いよりもそちらの方が驚いた。








リーマスはそれなりの心構えを持ってここに来た。
自分は許されてここにいる。
それを忘れたわけではない。
だけど、自分には一体どこまでが許されているのだろう。
学校で友人を得ることは許されているのだろうか。
今まで一人だったリーマスには、誰かと机を並べて勉強することは、それだけですごいことだった。
それ以上を望むなど、許されないことではないのか。
しかも友人を作れば、自分と親しくなればなるだけその友人は危険に晒される。
そんなこと許されていいわけがなかった。


だけど、一方でバレなければ大丈夫だと、そう思う自分もいる。


同じ年頃の子供達のように、自分も友人を作りたいという気持ちと、それが壊れるときの恐怖と。


今日まで繰り返し、繰り返し考えてきたけれど。





強引なのに、全く嫌な印象を抱かせないジェームズと、
不機嫌を絵にしたような顔で、細やかに気を使ってくれるシリウス。





彼らと一緒に過ごす学園生活は、どんなにか楽しいだろう。









ひとしきり話をしたところで、パイのお礼にと家を出るときに母が持たせてくれた彼女お手製のクッキーを3人で分けた。
リーマスのオススメは市販のものよりもいくらか甘くしてあるショートブレッドだったが、 ジェームズは個性的な味だといい、シリウスは甘すぎると顔を顰めた。
しかし、オレンジピールの入ったフルーツクッキーをジェームズは絶賛したし、 シリウスはジンジャークッキーを口に入れると驚いたように「うまいな」と言ってくれた。
リーマスは二人があまり手を出さない為に減りの少ないショートブレッドを少しずつかじりながら、今日1番のすごい発見をした。

いつだって美味しい母のクッキーは、誰かと分け合って一緒に食べるといつもの10倍美味しいのだ。

学校に着いたら飛ばす約束になっているふくろう便に、このことを書いたら、母は喜んでくれるだろうか。



リーマスは考えることを先送りにして、すぐに決断を下せない自分を情けなく思いながら、せめて学校に着くまではこうして3人でクッキーをつまんでいたいと思った。









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