05.組み分け帽子2 リーマスはそろそろと壇上へ上がると1度だけジェームズを振り返えった。 ニッコリと笑顔を返すジェームズには答えず、正面へ向き直ると、意を決して帽子を手に取る。 そして帽子をかぶると頭の中に声が響いた。 おや、これは面白い子が入ってきたね。 面白い子というのはどういうことだろう。 他とは違うということだろうか。 それは確かに間違いがない。 きっと、歴史の長いホグワーツの中でも自分は異端だ。 これから何を言われるのかが怖くなったリーマスは 両手で帽子のツバをつかみ、同時に自分の目をギュッとつぶった。 そんなに怖がらなくていい。 君は確かに他の子と変わっている所があるが、それは大きな問題ではない。 そう言われても、リーマスは安心などできなかった。 君はここで、考え、思いを巡らし、そして自らの意思で選ぶことを覚える。 そして、今がまさにその最初の場面だ。 リーマスには帽子の言うことがいまいちよくわからなかった。 私は君たちの寮を選ぶ帽子だが、 君は、ここで選ばなくてはいけない。 自分の意志で。 勇猛果敢グリフィンドール 温厚柔和ハッフルパフ 賢明公正レイブンクロー 俊敏狡猾スリザリン どの寮に入っても、君は試練に出くわすだろう。 その、他の子と変わっている部分故に。 それは避けては通れない道だ。 しかし、君はそれを乗り越えることができる。 それにはまず、君自身が選ぶ力を身につけることが必要だ。 選ぶ? 僕が? さぁ。 君はどの寮に入ることを望む? なんてことを言うんだろうと思った。 自分に選べだなんて、そんなことできるわけがなかった。 自分は許されてここにいるのだ。 ダンブルドアが許してくれたから入学することができる。 組み分け帽子が許してくれるから入寮することができる。 なのに、僕が。 『問題は帽子がどこに振り分けるかじゃない。 君、そして僕がどう望むかさ』 ついさっき、自分を引きとめたジェームズの言葉が頭に蘇った。 君はどの寮に入ってもやっていく力を持っている。 それはこの組み分け帽子が保証しよう。 後押しをするような組み分け帽子の言葉に、閉じていた目をそっと開けてみた。 組み分けを待つ新入生の一団、その一番前に彼方此方へ跳ねた黒髪が見えた。 目があうと、彼はニッコリと笑ってリーマスに小さく手を振った。 眼鏡の奥の瞳は穏やかで優しくて、とても安心する。 彼と同じ寮にと望んでもいいのだろうか、とそこまで考えて、彼がどこの寮になるかもわからないのに どう願えばいいのだろう、ということに気付いた。 もし、帽子が言っていることが本当ならば。 彼の寮が決まっていれば、同じ寮にして欲しいと言えるのに。と思う。 思ってみたところでどうにもならないことに落胆し、今度は各寮のテーブルをひとつずつ見渡してみた。 レイブンクロー、ハッフルパフ、と来て次にグリフィンドールのテーブルに目をやると、 その中に座っているシリウスと目があった。 彼は驚いたように目を見開きそれから悠然と笑った。 ホグワーツ特急の中でも、組み分け儀式の時にも見れなかった笑みだ。 初めて見るその微笑みに思わず見入っていたら、彼はとてもソフトにCome here. と唇を動かした。 もちろん、声が聞こえるような距離ではない。 もしかしたら全然違う言葉だったかもしれない。 けれど、リーマスには確かに彼の唇がそう動いたように見えた。 リーマスは慌ててもう一度ギュッと目をつぶった。 強くつぶりすぎて、瞼の裏がチカチカしたが気にならなかった。 「ここに来い」と。 そう言ってくれた。 他でもない、先程まで別世界の人間だと思っていたあのシリウスが。 この自分に。 だけれど。 自分は。 「僕が、君と同じ寮がいい!って思ってるから」 そう言ってくれたジェームズのニコニコした笑顔と。 「ここへ来い」 そう言ってくれたシリウスの初めて見た笑顔と。 そのふたつがグルグルと頭を回って。 君が入寮するのに、条件があるとすればひとつだけだ。 それは自らの意志で選ぶこと。 本当に・・・。 本当に、そんなことが許されるならば。 それならば、自分は・・・ 「グリフィンドール!」 帽子が高らかに叫ぶと、グリフィンドールのテーブルから拍手が起きた。 フラフラと覚束ない足取りでグリフィンドールのテーブルまでたどり着くとシリウスが隣の席に呼んでくれた。 そこに腰掛けると、体から一気に力が抜ける。 今まで、自分が望んだことが叶ったことなんてなかった。 果たして、いいんだろうか。よかったのだろうか。 自分は本当に、このグリフィンドールに入ることを許されたんだろうか。 胸に手を当て、こっそりと深呼吸しようとしたところで、バシンと背中を叩かれた。 痛みへの耐性は人よりあるつもりのリーマスでさえ、じんじんとするほどの力で叩かれ 犯人の顔を目に涙を浮かべながら見上げるとシリウスは満面の笑みで 「同じ寮だな」と、言った。 ジェームズが側にいれば、そんな判りきったことをリーマスに伝える為に お前のバカ力でリーマスの背中を叩いたのか、くらい言われたかもしれない。 しかし、未だ、自分がこの寮に組み分けわれたのだということが信じられずにいたリーマスには その笑顔も同じ寮だという言葉も、背中の痛さを忘れるくらいに嬉しかった。 本当に、自分の望んだ寮になったんだ。 そう実感すると痛みからくるのではない、他の涙が目の端に滲みそうだったが リーマスはそれを隠すようにちょっと顔をしかめ、 「シリウスは乱暴だね」と、嘯いた。 「なんだよ、そんなに強く叩いてないだろ?」 「シリウスは軽くのつもりでも、僕は痛かったよ。まだ背中がじんじんするもの」 「それはお前が弱すぎるんだ。 そんなに細きゃ、当たり前だ」 だから俺は悪くない、と言わんばかりの物言いにリーマスはクスリと笑いを漏らす。 そして「これから、よろしくね」と小さな小さな声で付け足した。 「ポッター・ジェームズ」 マクゴナガルの声にリーマスはハッと壇上に目をやると、 ジェームズがヒョイと雛壇に飛び乗るところだった。 組み分け帽子に自分の行きたい寮を選べと言われた時、 リーマスはできるならば彼と同じ寮になりたいと思った。 組み分けが逆順だったらよかったのに、と思う程。 手のひらを膝の上でキュと結び、誰の組み分けのときよりも真剣な目でジェームズの様子を見つめる。 落ち着いていたはずの胸がドキドキした。 壇上のジェームズは相変わらず飄々とした表情で帽子を頭に乗せる。 そして、程なく「グリフィンドール!」という組み分け帽子の声が響き渡った。 リーマスの心配をよそにジェームズはさも当然という顔で寮テーブルに歩み寄る。 あまりにあっさりと決まったので、リーマスは拍子抜けした。 ジェームズは上級生に歓迎の拍手を受けながら二人の座る場所まで来ると、 グイとシリウスを押しのけ二人の間に腰掛けた。 「腐れ縁か・・・」 「不服そうじゃないか、シリウス。 頼りになる親友と同寮で心強いだろう?」 シリウスとジェームズの会話をリーマスはぼぉっと聞いていた。 すると、ジェームズは今度はリーマスに向き直る。 「ほらね、同じ寮になれただろう?」 「・・・・どうして」 こんなに簡単に。 「もちろん僕がリーマスと・・・一応シリウスもね、 同じ寮になりたいと、強く強ーーく思っていたからさ。 強く願うということはね、それだけですごい力を持ってるってことだよ」 それは不思議な力を持った言葉だった。 リーマスは、願っても叶わないことは世の中に存在すると嫌というほど知っていた。 なのに、ジェームズが自信の満ちた顔で言うと、彼の言うことは全て正しいのだという気がしてくる。 「リーマスは?ちゃんと僕と同じ寮に入りたいって思ってた?」 そう言ってにんまりと笑うジェームズにリーマスは泣き笑いの顔で返した。 「うん。僕も・・・そう思ってたよ」 ジェームズの肩ごしにシリウスの不機嫌そうな顔が見える。 さっきまでは案外と機嫌がよさそうだったのに・・・実はジェームズと仲が悪いのだろうか? そうは見えないけれど、と、リーマスは首をかしげた。 >> 06.ルームメイト |