#03 : 4TH DAY 13:00~
(ちょっとそこまで行ってみませんか?)
司令室の中央に設置された折りたたみ式テーブルと対になるように置かれたパイプ椅子。はそこに静かに腰を下ろすと、人差し指を1本だけ立てた右腕を頭上の高さまで持ち上げ、そのまま静止する姿勢をとった。メグレズという4体目のセプテントリオンが現れた今日、その対応に追われざわめく司令室の中、の周りだけが異様に静かだ。ときたま、通りすがりのジプス局員が怪訝そうに視線を向けるのみで、誰もに近寄ろうとしない。
司令室の中央に設置された巨大な円を成す文字盤を見上げる。秒針は1秒ごとに時を刻み、分針も秒針に合わせてゆるやかに動く。
「……何してんの、お前」
秒針が円をぐるりと5週したころで、の後方から声がかかった。振り返りもせずにただ黙って変な格好で座っているの指を、誰かがむんずと掴む。
振り返る。の幼馴染である、志島大地だった。
「ハイ、1人目~。引っかかった人は俺の隣に座ってな」
「えっ、意味がわからないんですケド!?」
「いいから座れって」
「お、おう……」
大地は不満そうでありながらも、何の疑いもせずの隣の椅子に腰を下ろした。再度人差し指を頭上に掲げる隣のをじっと見つめ、彼に習うかのように大地もまた同じポーズを取る。そうして納得したように「ああ」とぼやいて。
「この指止まれ?」
「そうそう。それそれ」
「そうそう、それそれ……じゃないよ!? こんな大変な時に何しちゃってんのさ」
「まあ後でわかるって。あともう一人欲しいなあー……」
ニカイアのアプリが仲間を認識するのは最大4人までだ。その制約を満たすまでには、地下にいる彼女を含めあと一人足りないのである。別に、はそこらにはびこる悪魔より遥かに強いし、近場を探索する程度であれば一人で事足りる。別に二人っきりでも構わないのだが、しかし自分や大和以外にも誰か、親しめる人物を作ったほうがいいのでは、というのがの考えだった。
「……ええと。二人とも、何してるの?」
控えめな、おずおずと伺うような声が、後方から聞こえてきた。維緒である。の隣に座っている大地が維緒に気付き声をかけたが、は微動だにせずじっとしたままだ。維緒は不思議そうに小首を傾げ、やや距離を保ったままを観察し――そうしていきなり、何かに納得したかのようにぽんと手を叩いて、の指を掴んだのだった。
そこで初めて、がふっと表情をかえた。にやりと笑って手を下ろし――下ろそうとした動きに合わせて、指を掴んだままの維緒も引っ張られる形になる。よろめいた維緒が、そのままにぶつかった。額を押さえる維緒と、いたく申し訳無さそうにしているの二人がお互いにへこへこと頭を下げるのを、傍らの大地が真顔で見つめる。
謝罪もひと段落ついたところで、がテーブルをばんっと叩くようにして立ち上がった。
「よし。メンバー決まったな!」
「いきなり立つなよ! びっくりするだろ!」
「な、何をするのかな……」
突っ込みをかかさない大地と、不安そうに苦笑する維緒を交互に見つめ、は一度だけ頷いた。歳は近いし、大地のやかましさを維緒のおっとりが中和して、なんともバランスが取れているとは思う。これなら大丈夫だろう。大地はともかく、維緒なら同姓ではあるし、親しみやすいはずだ。
「ではとりあえず、俺についてきてください」
二人を引き連れ、の部屋へ向かう。司令室を出て、見慣れた通路を歩く。それにあわせるかのように和やかに談笑していた大地と維緒だったが、さすがにエレベーターの中に入ると、見慣れない場所にぎくしゃくし、口数も少なくなった。そして、目的の階に到着したエレベーターの扉が開き、目前に暗い通路が広がるのを前にして「えっ?」といった表情になる。
「……暗い、ね」
まず初めに反応したのが、維緒だった。率直な感想を、ぽつりと呟く。
「おい、ここ絶対あれだろ! 来ちゃ駄目な場所でしょ! 来てもいいの!?」
次いで大地が、慌てた様子でまくし立てた。
「大丈夫大丈夫。大和の許可はあるし」
許可をもらった覚えは一度もないが、しかし先日、相手をしてやってくれと直々に頼まれたのだから大体似たようなものだろう。が通路へ足を踏み出すと、二人もそれに習うかのように足を踏み出し、の後ろを怯えた様子でついてくるのだった。
の部屋のドア前まで来ると、維緒はもちろん、大地もさすがに何かを察したようで、少し引き締まったような表情になる。右手を掲げ、尖らせた中指の関節を二回軽く叩きつけると、物音ひとつない通路にそれが反響した。無意識のうちだろうか、大地がごくりと唾を飲んだその音すら聞こえる。
どうやら後ろの二人は緊張しているようで、にもそれが伝播した。扉の向こうで、トタトタと足音が近づいてくる。ドアの向こうに誰かがいる気配がする。
「どちらさまですか?」
「です」
畏まった感じで名乗ると、扉の向こうの物音がぴたりと止まった。
「今開けますね」
柔らかな声を合図に開け放たれたドアから差し込む明かりは相変わらず眩しくて、は思わず目を細める。何度か瞬きをして明かりに目が慣れると、きょとんとした顔のが出迎えてくれていた。視線はを捉えておらず、後ろの二人に注がれている。
やや間をはさんでから、最初に動いたのがだった。ドアをさらに開けはなち、それを背中で押さえた。薄暗い蛍光灯のみの通路が、一気に明るくなる。
「ええと、……中に、入りますか?」
と後ろの二人の顔を伺うように見比べながら、がおずおずと申し出た。
「ううん。今日はと外に行こうと思って」
「……外、ですか?」
の表情が、不安そうに陰った。
「大和から許可は取ってあるよ。だから大丈夫」
言い終わるなり、脇を小突かれた。首だけで横を見れば、大地の肘が当たっている。大地の顔を見れば、やや不満げでありながらも、見知らぬ少女に対する期待により瞳は輝いていた。
「……ちょ、ちょっと。紹介、紹介」
「今するって。これ、志島大地。俺の幼馴染み」
「よろしく!」
大地の勢いに驚いたのか、が僅かに肩を震わせる。しかし次の瞬間には、大地に微笑み返していた。とくに怖がっている様子は見られない。不安がよぎったのは、の余計な気遣いだったようだ。
「大地の横にいるのが、新田維緒。同じ学校の同級生」
「……、よろしくね」
少し緊張した様子の維緒だったが、それでも言い終わる頃にはずいぶんと可愛らしい微笑を湛えている。歓迎するようなその微笑に、が纏う空気が和らいだ。そこで初めて、彼女が緊張していたのだとは察する。
「で、こっちは、。俺たちの1個下で、えーっと、……大和の、……何?」
「……何でしょう?」
尋ね返すと、も不思議そうに尋ね返してきた。大地と維緒も、ぽかんとしている。
「んーと……友達? みたいなもんかなぁ?」
「……そう、でしょうか?」
「うん。友達にしとこう。ともだちともだち。大和の友達」
「はあ、くんが、そう仰るなら……」
「な、何か随分とアバウトなのね君たち……」
呆れるような大地の声には笑い返し、一息ついてからあらためて三者の顔を見た。大地は珍しく思案めいた様子ではあったが、恐らくどう声をかけるか悩んでいるのだろう。維緒もどこかしら表情はぎこちなく静かにしている。といえば――視線を向けると、目が合った。
「それで、外に行くとのことでしたが……」
「……ああ、うん。一緒にどうかな?」
「断る理由がありません。この部屋で過ごすよりはきっと、いいと思いますから」
快く承諾してもらえた事に内心ほっと胸をなでおろす。しかし間近にいるにはそれがお見通しだったようで、はくすっと小さく笑ってから、
「申し訳ありませんが、ちょっと待っていてください。支度をしてきます」
そう言って、部屋の奥へと引っ込んでしまった。取り残される形になった3人だったが、大地と言えば興味津々と言った様子で部屋の中を覗き込み、へらっと頬を緩めている。維緒の表情は相変わらずぎこちがなく、はいささか不安になってきた。
「……維緒さん、維緒さん」
維緒に近寄り、小声でわざとらしく声をかけた途端、「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げられてしまった。驚かせてしまったらしい。
「あ、えっと……何?」
「……仲良くできそうですかね」
「ええと、ちゃんと、だよね? うん、多分……」
維緒が曖昧に頷きながら、気まずそうに頬をかいた。なんとも不安になる返事に、流石のも瞳に戸惑いの色を浮かべた。確かに、誰だって好きなタイプと苦手なタイプがある。は維緒にとって苦手なタイプなのだろうか。
「……まあ、新田さんのそういう感じ、俺はわからなくもないかな」
唐突に、大地が小声でそう漏らした。聞いていたのかとは驚いたが、その直後に大地の言葉の意味を理解し、口を引き結ぶ。
「ちょっと、表情硬いしさ、大和の友達? ……なんだよな? なんかもう大和の友達ってだけで、小心者の俺は身構えちまうんだけど」
「そうか? 別に普通だと思うけど」
「お前にとってはそりゃそうだろうよ……」
はーっと盛大に溜息を吐く大地を見て、はむうと口を尖らせた。昨日のやり取りを思い返せばすごく良くしてくれたし、恐らくはこの二人にだって自分と同じように接してくれるはずだろう。二人が何ゆえに引け目を感じるのかを考え、そうしてふと気付いた。
今でこそと普通に話せるではあるが、を初めて見たときは、冷たそうだなと言う印象を抱いたのだ。
「そういや俺も、初対面の時はちょっと身構えたかな」
正直に告げると、3人の間に沈黙がおりた。
「……いや、ほんのちょっとだけよ? クールに見えたの最初だけで、喋ってみたら全然そんな事なかったし」
「ウーン。……お前の言葉で、不安半分、期待半分って感じになった」
「……フフ。私も、ちょっと安心した、かも」
「あ、そう? それはよかった」
二人が穏やかに笑うものだから、も釣られて笑みを作った。あとはが来るのをまつのみだが、しかし幸いにもはすぐに部屋から出てきた。支度をするといった割りに、見た目はあまり変わっていない。部屋の片付けでもしたのだろうか。聞こうか迷ったが、デリカシーが無さ過ぎるなと思い、やめておいた。
「――で? 今日は何をするご予定で?」
通路を歩く最中、大地が声をかけてきた。
「正直なところ、あんまり考えてない。皆で決めようと思ってた」
「……いや、アバウトすぎでしょ。悪魔とかわんさかいるのよ? さんに何かあったらどうすんの」
「何かあったら、皆で大和に怒られればいいじゃん」
「よくないじゃん!? それ最悪の結末じゃん!?」
「人は道連れ世は情けって言うじゃん。怒られちゃおうぜ」
「なんか違うぞ!? 旅! 旅だから!!」
怒られないような行動をしてくれ、と大地に頼み込まれてしまい、はむうと考え込む。いたって真面目なつもりなのだが、それが大地にすら伝わらないのがもどかしかった。
「悪魔狩りしようかな、と思ってたんだけど。どう?」
「果物狩りみたいな気軽さで言っちゃってくれますねぇ……」
「駄目かなあ? 率直に言えば金が欲しいんだわ」
金とは勿論、魔貨のことである。悪魔を使役するに当たって必要不可欠な代物だ。の魔貨はハンマープライスで落札する事が叶わなかったオークションに注ぎ込まれ、今や雀の涙ほどしかない。
「男女4人揃ってやることがお前……悪魔狩って小遣い稼ぎって……色気なさすぎだろ……」
ひどくがっかりしている大地に笑い返し、は後方に耳をそばだてた。4歩後ろくらいの距離を置いて維緒とがついてきているのだが、二人がどういう話をしているか気になってしょうがなかった。
「……ええっ、先輩って呼び方、使う事ないの?」
「はい。うちの学校は――で……ですから、さん付けが殆どで……」
「ふわぁ……、女子高の生活とか――で、……想像できない世界だなぁ……」
「……で、……ですから、うちが特殊なだけ……他はどうなんでしょう……」
どうやら、学校の話で盛り上がっているらしかった。仲よさそうな空気に、内心胸をなでおろす。
「まずよ、悪魔狩りするっても、さんは戦えちゃったりするワケ?」
大地の声に、意識が引き戻された。
「ああ、そうか。それを考えていなかった」
「まずそこを考えようぜ? 不安になってくるぞ、おい」
「聞いてみよう」
が振り返れば、後ろの二人はすぐそれに気付いた様子だった。きょとんとしたまま、それでもに何か言葉をかける事無く、不思議そうに動向を見守っている。
「、召喚アプリの使い方は……」
「わかります」
「それなら安心だ。大地、大丈夫っぽいぞ」
「ほ、ほんとに大丈夫?」
「はい。お役に立てるかどうかは、わかりませんが……」
「大丈夫大丈夫。危なくなったら俺と大地でなんとかするからさ。なあ大地?」
「卑怯でしょお前! この流れで拒否したら俺、完璧かっこ悪いヤツじゃん!」
話をしているうちに、エレベータ前まできてしまった。エレベーターはこの階で止まったままだ。どうやら誰も使っていなかったらしい。ボタンを押すと、すぐに扉が開いた。まず先に後ろの3人を中に入れ、最後にが入る形となった。ボタンを操作し、扉が閉まるとすぐにエレベーターが動き出す。
「とりあえず……、連れてる悪魔を見せてもらってもいいかな」
「はい、構いません」
つまるところ、携帯を見せてくれと言う申し出だったが、は快く承諾してくれた。はポケットから二つ折りの白い携帯を取り出すと、そのままに差し出してきた。
「……あれ。勝手に操作しちゃってもいいの?」
「はい。見られて困るようなデータはありませんから」
さらりと言われる。後ろめたさを微塵も感じさせない言い方だった。がそう言っているのだ、本当に見られて困るようなデータは一つもないのだろう。携帯を開き、ボタンを押す。の携帯と比べれば使い勝手が違うものではあったが、それでもすぐに召喚アプリを開くことが出来た。
「ただ、くんの期待するような悪魔は居ないかもしれません」
「どうして?」
「その、興味本位で、全て合体してしまったんです。今は手元に1体しかいません」
の言う通り、リストに表示されている悪魔は、1体しかいなかった。種族は魔獣。名称はフェンリル。覚えている技の一つが千列突き。――はじっと画面を見つめ、無言のまま携帯を閉じた。そのまま、に携帯を返す。不思議そうに首を傾げるをよそに、はこくりと確実に頷き、右手でぐっと拳を作った。
「よし。悪魔狩りに行こう!」
「だーかーらー、気軽に決めるのやめろって」
チーンという音を立てて、エレベーターが止まった。維緒とを先に下ろし、それから大地、という順で通路に出る。地下の通路と比べればやはり明るく、局員の話し声がそこかしこから聞こえてきて、騒がしく感じられた。人の気配に溢れていることが、妙にほっとさせる。
「大地、お前否定ばっかしてるけどさ、なんかいい案ないわけ?」
「はっ? ……えーと、そうだなあ。遊ぶにしても、今そういう状況じゃないし……」
「うん、そうだね……。ジョーさんなら、問答無用で遊ぶって言いそうだけど」
大地と維緒がうんうん悩み始めるのを後ろから眺めていただったが、不思議そうに小首をかしげた。そしての横にすすすっと移動すると、袖を軽く引っ張ってきた。内緒話をするかのように口元に手を当てるので、はのほうへ僅かに体を傾けると、がごく自然に身体を寄せてきた。その動きに合わせてふわりと、ほのかな芳香が立ち上って、消える。
「ジョーさんとは、お知り合いの方ですか?」
優しげな小声が耳にくすぐったかった。間近にあるの顔を見つめれば、きょとんとした不思議そうな顔をしていた。幼い印象を抱かせる無防備なその表情に、一瞬、どきりさせられてしまう。
「……うん。俺たちの知り合い。機会があったら、連れてくるから」
小声で返すと、はそれで納得したのか、静かにから離れた。の視線も自然とから離れ、前を歩く二人の後頭部をとらえる。和やかに談笑している二人を眺めているうちに、どうにか平静を取り戻すことができた。維緒も維緒で特別な可愛さを持ち合わせているが、のほうも特別であるとは再度実感した。なんといえばいいのか、非常識とも呼べるその極めて特殊なそれに、どうにも抗いがたいところがある。
「、なんかいい案ねーの?」
「そうだねぇ……風が冷たいせいか懐は寒いし、悪魔狩りの季節になってきたのでは……」
「だからもうそれはいいっての!」
「それじゃあ、維緒はどう?」
「うーん……私、散策くらしか思いつかない……」
「なるほど。じゃあ、維緒の意見を取り入れて、散策がてらの悪魔狩りじゃない?」
「悪魔狩りに固執しすぎだよ!?」
くだらない雑談に投じながら歩いているうちに、司令室に辿り着いてしまった。
天井の曇りガラスから差し込むおだやかな照明。は手でひさしを作ると、天井を見上げてまぶしそうに見つめた。それにならっても天井を見上げる。どのくらいの大きさの電球が、どういう仕組みでこの部屋に明かりを届けているのかはわからない。それでも真上の曇りガラスにぼんやりと映り込む白い丸が、まばゆい光を放っているのがわかる。
そういえば、肝心のに意見を聞いていなかった。
「はどう? どこか行きたいところとかある?」
「特にそういった場所は思いつきません。ただ、その……」
「その?」
「……外の空気が吸いたいです」
手を下ろしながら、ぽつりとが言う。
は所在なさげに大地と維緒に顔を見たのち、と二人の間で何度か視線を往復させる。大地が顎に手を当ててむうと唸るその横で、維緒だけがくすっと小さく笑ってみせた。
「とりあえず、ここにいてもしょうがないし……外に出よう? ね?」
「新田しゃんの言う通りだな。ほら、局員の人忙しなくしてるし、ここに俺らが突っ立って話してんのもかえって邪魔になるからさ」
「そうだな。まず外行くか」
「うんうん」
「そして悪魔狩りへ」
「しつけーよ!? どんだけ推すんだよ!」
そんなたちのやり取りを呆けたように見つめていただったが、
「フフ……それじゃ、行こう? ちゃんも」
維緒に名前を呼ばれ、ほんの一瞬だけ目を見開いた。それとほぼ同時にぴくりと体を震わせてから、、維緒、大地と順番に視線をくばり、微笑んで頷いた。
4人でぞろぞろとエントランスに出て、地上とをつなぐエレベーターに乗り込む。
「そういや、さんはいつからここにいるの? 俺たちがここに来たときは、見なかったケド」
大地の問いかけに、がぱちくりと瞬きをする。そして思案めいたような表情になったのち、口をひらいた。
「……月曜日、ですね」
「月曜ってーと、……あー、俺ら大阪にいたっけ?」
「ん、そうだね……」
維緒が相槌を打つ。が「大阪、ですか?」と聞き返してくるものだから、三人はほぼ同じタイミングで頷いた。
「地下の特殊車両……だっけ? 新幹線みたいなので行ったんだ」
「……私、その特殊車両でこちらに来ましたよ?」
あれ、とは思った。どうやら維緒と大地も同じように思ったらしく、不思議そうな顔をしている。三人で顔を見合わせたのち、最初に口を開いたのは維緒だった。
「もしかして……私たちが戻ってくるとき、一緒に乗ってたのかな?」
「えっ、じゃあニアミスかよ」
「でも、皆さんの姿は、見ていませんが……」
は月曜の、地下車両を使った時を思い返す。行きは緊張から黙って座っていたが、帰りは疲れてへとへとの状態だったため、気付いたら眠っていた。車両内部の光景はまばらにがらんとしていて、同行した大地、ジョー、維緒との会話がよく耳に通り、普通の新幹線ではありえない光景だなと思った記憶がある。
そういえば、大和はその間、どこにいたのだろうか。一緒に車両に乗ったはずだったが、席に座るように促されて席についてから、大和の姿を見た記憶がない。通路を歩く後姿を見たのが最後だ。
「あの新幹線、車両編成ってどんくらいだったっけ?」
「さあ? 暗かったし覚えてないわ」
「……少なくとも、一両編成じゃ、なかったと思う。……トンネルの奥まで続いてるなって、思ったから」
そうして、ようやっと腑に落ちた。
「そっか。さんと乗ってた車両、違ったんだな。そりゃー、記憶にないわけだわ」
「ちゃんは、一人で乗ってたの?」
「いいえ、他には局員の方々が何名か」
「大和はいた?」
の問いかけに、はふるふると首を振る事で応えた。
そうこうしているうちにエレベーターが上のフロアに到着した。鉄のような質感の床に、オレンジ色の明かりが反射して、物々しい空気をかもし出すエレベーターホール。そこには、エレベーターが来るのを待っていたらしいジプスの局員が三人立っていた。彼らはたちにじろじろと不躾な視線を向ける。寝床の世話をしてもらっている手前無視するわけにもいかず、全員で挨拶を返したが、特に反応は帰ってこなかった。彼らはたちがエレベーターから降りるのとすれ違うようにして乗り込むと、すぐに扉を閉めてしまう。
「……なんかああいう目で見られると、ちょっと怖いよなあ」
通路を道なりに歩く途中、肩をすぼめた大地がぼやいた。
「まあ、俺ら部外者みたいなもんだし」
「でもよ、もうちょい友好的な態度取ってくれてもいいんじゃね?」
「んー、それは人によるんじゃないかな? 真琴さんはすごく優しいよね」
「うん、そうね。真琴さんはいい人だわ」
会話が続く中、はふと気になってを見れば、やはり不思議そうな顔をしていた。目が合うと、が困ったように笑ってみせる。
「俺たちが世話になった人で、迫真琴っていう名前なんだけど……見たこと無い?」
「ごめんなさい、わかりません。顔を見れば、もしかしたら……ですけれど」
「大和と一緒に行動してるのよく見るよ。……わかんないかな?」
「……すみません」
別に謝る必要はないだろうに、は申し訳無さそうにしゅんとしてしまう。そのうち会えるさ、と返すと、申し訳なさそうな表情が、困ったような、安心したような、そんな曖昧な笑みに変わった。
およそ普段では通ることの出来ないような議事堂内部の通路を抜け、赤いじゅうたんが敷かれた階段を降り、とうとう議事堂入り口までやってきた。コンクリートの階段をぴょんぴょん駆け下りていく大地の後姿を眺めつつ、はうんと背伸びをひとつしてみせた。昼過ぎの太陽はやや傾いてはいるものの、それでも真上と呼べる位置に浮かんでいる。は明るい日差しに目を細めた。いたる所で火災があったせいか、やや焦げ臭さのする空気をはゆっくり吸い込み、そして名残惜しそうに吐き出す。
「……たった一日、外に出ていないだけなのに、久しぶりに感じます」
「そりゃあ、あんな窮屈な部屋に居たら、そうなるよ」
の言葉に、維緒がうんうんと頷いた。どうやら維緒も、あの暗い通路が居心地悪いと思っていたらしい。維緒がコンクリートの階段を降りながら振り返り、
「ちゃん、行こう? 大地くんに置いてかれちゃうよ」
「えっ、俺は?」
「フフ、くんも」
にこにことする維緒と、嬉しそうな。そんな二人の間に挟まれる形となったといえば、両手に花とはこの事かと内心喜びつつも、表面では平静を取り繕った。
ちなみにその後、の希望通り、町を徘徊していた悪魔と戦うことになった。