#7TH DAY 07:00~
(腹が減ってはなんとやら)
何をするにもまずは朝食から、というのが緋那子のモットーらしかった。残ったメンバー皆がの部屋に押しかけ、話を済ませた数分後、皆で食堂に来ていた。理由は簡単、全員朝食を済ませていなかったからである。7日目ともなるとさすがに食料は減ってきているようで、厨房にあった業務用冷蔵庫の中を覗いてみても、朝軽く食べれるような食材は残っていなかった。とりあえず見つけた食材は台の上に並べてみようという事になり、6人はそれぞれ目ぼしい場所を探し始めた。
が覗きこんだ棚の中には、カボチャやら玉ねぎやらじゃがいもやら、調理するのが面倒そうな根菜は入っていた。その近くに缶詰が残っていて、とりあえずツナ缶と桃缶を手に取った。
見つけた食材を台の上に並べる。皆が皆、いろんなものを見つけては乗せるものだから、なかなかカオスな光景だった。
「大地、アンタこんにゃくて。どうやって食う気や?」
「さっ、刺身こんにゃく馬鹿にすんなよ!? うめーんだぞ」
「そりゃウマイけど、朝食うもんやないやろ!」
ぎゃーぎゃー騒がしく言い合う二人をよそに、は維緒が気まずそうにそっと置いた食パンの袋を手に取った。大きい。切り分けなければいけないが、けれども朝食べるのには申し分ないだろう。
と、肩をつつかれた。維緒がぎこちなく微笑んでいる。
「あの、くん、それ……賞味期限、きれてて……」
確かに賞味期限は、8日前だった。
「……カビが生えてなければ、いける。カビがはえていたら、その部分だけ引きちぎってしまえばいい」
「そうですね。たとえカビがはえたパンを食べても、これでもかというほどカビがモサモサしていなければ、お腹は壊さないはずです」
「ジュンゴも別に平気。大丈夫」
「き、君たちって結構ワイルドな食生活送ってるのね……」
大地がちょっと呆れたような、引き気味な感じで言う。
「お前は本当に現代っ子だなあ……」
「俺、と同い歳なんですけど!? お前だって現代っ子だろ!?」
「そろそろ一緒に野生に戻ろうぜ」
「動物みたいに言うなよっ!?」
無茶振りしても律儀に反応してくれる、いい奴だった。
「まあ、こんな状況でワガママ言っとられへんなー」
「……うん、そうだね……」
純吾がテーブルの上にそっとジャムを置いたので、朝食が決まった。適当に切り分けたパンを皿に盛り、冷蔵庫に一個一個包装されたバターがあったので一緒に盛り付けた。ちなみに、パンにカビのたぐいは生えてはいなかった。ジャムは瓶のまま持っていくことになり、しょっぱいものが食べたい人向けにツナとマヨネーズを適当に混ぜた物も作って器に盛り付けた。
果物の缶詰を緋那子が適当に切り分け、フルーツの盛り合わせのようなものを作った。「こういうのってぬるいとあんま美味しくないんやけどな~」という緋那子にが力強く頷けば、額に軽く手刀を叩き込まれた。
近くのテーブルに食事を運び、それを囲むようにして座る。純吾の隣に緋那子、緋那子の隣に、その向かい側に、維緒、大地の順で座る。けっこう大人数での朝食だった。
ふいに、緋那子がに視線を向ける。そのまま維緒、大地、に視線を向け、嬉しそうにふふふと笑い出した。
「こういう状況で言うのもあれやけど、なんか学生時代に戻ったみたいで楽しいわあ」
「うん。修学旅行とか、林間学校みたい」
純吾が静かに同調した。この二人はもう学生という歳ではないし、制服姿の高校生と朝食を共にしたら、そういう感慨にふけるのかもしれない。
それじゃあ、それらしく学生の食事みたいな事をしよう、という大地の提案により、皆でいただきますをした。純吾だけ挨拶がゆっくりでずれていて、それがおかしくて皆で笑った。
めいめいがパンを手に取り、好きなジャムを塗る。はとりあえずツナマヨを薄く塗ってみた。かじりつく。うまい。ただのツナマヨを塗っただけなのに、どうしてか美味い。おそらく、場の空気が影響しているせいかもしれない。そんな事を考えているうちに、ぺろりと平らげてしまった。2枚目を手に取る。
「アカン。今気付いたんやけどこれ、ツナマヨとジャムでどこまでも行けるコースや……」
「ジャムも3種類ありますから、飽きがきませんね」
「交互に食うとなると最低6枚か。きついな」
「ジュンゴはいけそう」
「鳥居くん、体大きいもんね……」
「あ~怖いわ~。次はマーマレードで食べてみよ」
「朝から食い意地張ってんなあ~……」
「大地も食べなアカンで? 成長期なんやし……あっ、過ぎてもうた?」
「身長平均値ですみませんねぇ!」
大地の声には拗ねたようなものが含まれていたが、けれども次の瞬間には何も無かったような顔をして食べ始めた。その切り替えの早さには感服せざるを得ない。
「そういや、ちゃんの学校って、寮やろ?」
「はい。よくご存知ですね」
「ウチも進学の時なー、ちゃんの学校、選択肢の一つに入っとったんや。でも家から遠いし、基督系やから親から駄目だし喰らってもうて……。ご飯とかどうしてたん?」
「寮母さんが作ってくれていました。美味しかったです」
「美味しいご飯か~。ええなぁ~寮生活。おもろそうやけど、騒がしそうやな」
「そこまで騒がしくないですよ。家から通ってる生徒が殆どですから寮生もそんなに……私が入っている寮は40人もいなかったと思います」
「あれ? ……私が入ってる、って、他にも寮があるの?」
「3つあるんです。そのうちの1つは老朽化が進み、改築が決まって、今は立ち入り禁止ですが」
女性陣の会話を、も大地も純吾も口を挟まずに黙って聞いていた。むしろ、純吾にいたっては、朝食のほうを優先している。
「そういえば、九条さんにお聞きしたいことがありました。もしかして、日舞で有名な九条の家の方では……」
「よく知っとるなあ」
は会話を聞きながら、パンに手を伸ばした。緋那子に対しては物怖じしていない。普通に話している。
「あと、鳥居さんにも聞きたかった事が」
「ん……。何?」
「ええと、何をしてらっしゃる方なのかなと」
「ジュンゴは、板前見習いをしてる。茶碗蒸しが得意」
「わあ。茶碗蒸し、私好きなんです」
「……じゃあ、ジュンゴ、後で作って持ってくね」
もくもくとパンを口に運んでいただが、会話に耳をそばだていた。結構仲良くやっていけそうなことにほっとする。
パンがなくなると、デザートである缶詰の果物を半ば争奪戦のように奪い合い、そして朝食はお開きとなった。その後みんなで食器を洗い、片付け、とりあえず解散となった。
そして、食堂を出た時ふと、純吾が思い出したようにぽつりと呟いた。
「……そういえば、の連絡先、知らない」
が、あっという顔になった。
「ジュンゴに教えて?」
「はい。九条さんも教えて頂けると嬉しいです」
「ええで~」
三人がたむろして、連絡先を交換し合う。
「……うん、ありがとう。これで連絡取り合える」
「はい、こちらこそ。……九条さんも、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる純吾に対しは頭を下げ、その後緋那子に向き合って礼を述べた。緋那子はうん、と頷いた後に、しばしを見下ろして何か考え込むような素振りをし、そしてにかっと笑ってこう言った。
「緋那子でええよ?」
「へっ」
「あんま家の名前で呼ばれるの、こう、なんていったらええんやろ。苦手というか……だったら名前で呼んでもらえるほうが嬉しいわ」
きょとんと緋那子を見上げるだったが、その直後には微笑み返していた。
「でしたら、緋那子さんで」
「うん。ちゃん、がんばろな!」
「はい」
しっかりとした返事だった。それに満足したのか、緋那子がニッと笑ってみせた。